第3話 休む隊員、残るゴール
「あのいけすかない騎士の人に手伝わせるとはさすが隊長ですね」
「そうか?」
立ち去った騎士たちを見送ったゴールは隊員に言われ、きょとんとした表情で首を傾げた。
「えぇ、俺たちじゃケンカになるか一方的に文句つけられて終わりですよ」
「いや、そうじゃねぇ。いけすかないか? 結構がんばって手伝ってくれたし、いいやつだったじゃないか」
ゴールは純粋に疑問に思っていたことを口にしただけだったが、隊員たちは苦笑いをする。彼らからすれば、あの騎士は着任した頃から高圧的で、一方的に命令する嫌なやつという認識だった。
しかし、ゴールは事情を説明したら手伝ってくれたいい人だったという認識だった。
「まあ、世の中嫌なやつも確かにいるだろうがな。あいつは、根っからの嫌なやつってことはないと思うぞ」
当たり前のように言うゴールを見た隊員たちは一瞬呆気にとられるが、こんな隊長だからこそ彼らはついていこうと決めていた。
「あの人がいい人かどうかは置いておくとして、もうこんな時間ですから我々も戻りましょう。隊員のほとんどが出てきてますから、夜間警備にも影響が出てしまいます」
フランは現在の状況を判断し、戻ることを提案する。彼女の言うように既に空は赤く染まってきており、そろそろ夕食の時間だった。
「おおう、もうこんな時間か。お前ら夜間勤務がないやつらは家に帰っていいぞ! 夜間勤務のやつらは一緒に戻って食堂でメシを食うぞ!」
ゴールは作業に集中して時間の経過を今の今まで忘れていたため、焦って隊員たちに大声で指示を出した。
「隊長、少し声を抑えて下さい。夜間勤務がない方たちは私のほうで先に帰しました。残っているのは、それでも手伝いと申し出た者と夜勤の者だけです」
冷静に副長がゴールの大声を咎める。隊員たちは聞きなれているが、住民たちの一部は大柄なゴールの周囲に響き渡るほどの大声に驚き、萎縮してしまっていた。
「おう、すまんな。とりあえず戻るぞ」
ゴールの声に隊員たちは静かに頷くと警備隊の詰所へと戻って行こうとする。
住民たちは巨漢のゴールに話しかけるのは怖かったのか、他の隊員に礼を言うとそれぞれの家へと戻って行った。家を失った者も近所の住民の厚意で部屋を用意してもらえることになっていた。これ以上の家の問題などは領主の管轄であるため、ゴールたち警備隊の仕事はここまでだった。
各自が家へと戻っていく中で一人の少女がぱたぱたとゴールの前にやって来る。他の住民はそれを止めようとしたが少女は精一杯背伸びをして手に持った花をゴールへと差し出した。
「オークさん、助けてくれてありがとうね。お礼にお花あげるー」
純真無垢な笑顔でゴールのことをオークと言った彼女の恐れを知らない発言に、場が凍りついた。
「……ありがとうな。綺麗な花だな、嬉しいぞ」
だがモンスターであるオークと間違えられたゴールはにかっと笑顔を見せて少女の花を優しく受け取った。
彼自身、オークと呼ばれたことは微塵ほど気にしておらず、恐れずに礼を言いに来てくれたことをゴールは喜んでいた。その反応を見て空気が弛緩するが、少女の母親は慌てて飛び出し、何度も頭を下げるとそのまま彼女を連れて逃げ去った。
「何か、悲鳴をあげながら逃げていったようだな……」
可憐な花を手にしたゴールは、親子の背中を見送りながらそう呟いた。
「え、えっと……隊長、戻りましょうか」
副長はフォローしようとしたが、いい言葉が思い浮かばなかったため、それだけ言うのが精一杯だった。
「……おう」
少し間があったため、落ち込んでいるのかと副長はゴールの顔をそっと覗いたが、そこには花を見ながら嬉しそうに微笑んでいるゴールがいた。
「なんだ、大丈夫そうですね」
ゴールに聞こえないくらいの声でそう呟くと、歩き出した彼を追いかけるべく副長も詰所へと歩を進めた。
詰所に戻ると、隊員たちは手近な椅子に座り、背もたれへともたれかかる。
「あー、疲れたー」
「きっついな」
隊員たちは街中では言わずにいた言葉を次々に口にしていく。ゴールが示す指針として住民の前で弱さを見せないというものがあり、隊員はそれを守っていた。しかし、詰め所内では来客がいなければ許可されているため、彼らは気を抜くことができた。
しかし、ずっとここで休んでいるわけにもいかず、疲れた身体に鞭を打って何とか食堂へと向かっていった。
食事を終えた一同は疲れた身体を引きずって詰め所へと集合する。
「みんなご苦労だったな。一応夜間勤務時間だからここに来てもらったが、みんな休んでもらっていいぞ。勤務時間帯だから、休むのはここの宿舎のほうになるがな」
疲れきった隊員たちは、隊長のゴールの言葉に驚いてぴんと背筋を伸ばす。
「そんな、隊長だってモンスターと戦ったり片付けも率先してやったり、一番疲れてるはずじゃないですか!」
そう言って思わず立ち上がるフランだったが、ゴールはその動きを手で制して座らせる。
「大丈夫だ、俺の体力はお前たちの何十倍もある。ちなみにだが、俺は全く疲れていないぞ。なんなら今からでも街を一周走ってきてもいいくらいだ」
実際にゴールの体力はまだまだ有り余っており、その場でスクワットを始めたのにはさすがの隊員たちも呆れていた。
「……はぁ、それじゃあ遠慮なく休ませてもらいます。みんないきましょう」
何を言ってもこの体力モンスターの前には無駄だとわかっているフランは他の隊員を引き連れて宿舎へと向かった。
「ふむ、みんな鍛え方が足りんな……だが、よくやってくれた」
みんなの背中が見えなくなったところで、ゴールは笑みを浮かべながら労いの言葉をかけた。
一人になったゴールは椅子に座り、今日あったことを思い出す。
「あのゴーレムたちは一体どこから来たんだろうか……」
本来、野生のゴーレムというものは存在せず、誰かに使役されているのが常識であったため、戦いが落ち着いた今、それが気になっていた。
「今考えても仕方ないことだが、必要とあれば調査をしないといけないな。騎士団のほうでも動いてくれるといいんだが」
ゴールのその言葉に応えるように詰所を尋ねる者がいた。
扉を叩くノック音が部屋に響き渡ったため、その相手にゴールは声をかける。
「開いてるぞ、入ってくれ」
ゴールは椅子に座ったまま扉の向こうの相手へと声をかける。扉を開けて入って来た相手は見知った騎士だった。
「失礼する……一人か?」
彼はゴールがこの街に赴任する以前、まだ子供だった頃に近所に住んでおり、そしてたまたまこの街の騎士団に所属して騎士隊長にまでなっていた。名前をゼンタスと言う。ゴールが警備隊に所属する際にも領主へと色々口利きしてくれていた。
「あぁ、お前か。適当に座ってくれ」
「急にきて悪いな」
昼間にあった小隊長であれば、言葉遣いを責められるところだが二人はある程度気心が知れた中だったため、自然と慣れたいつもの話し方になる。
「それで、わざわざ領主様のとこの騎士隊長殿がなんの用事で来たんだ?」
その呼び方に引っかかったゼンタスは嫌そうに顔を歪める。
「その言い方は止めてくれると助かる。主に俺の精神がな……俺が来た理由は昼間の一件だ」
昼間の一件と言われ、ゴールは小隊長カルンの顔を思い浮かべる。
「あぁ、あの男の件か? 復旧を手伝わせてしまったのが問題にでもなったか?」
「そんなことをさせていたのか……いや、それは問題ない。この街のことだから騎士であろうと手伝ってしかるべきだからな。俺が来たのは別件だ。昼間のモンスターだが、お前はどう思う?」
彼が疑問に思っていたのは、期せずもゴールが先ほどまで考えていたことと同じであった。
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