営業電話の達人への道

ハクション中西

第1話

【伝説のはじまり】



「営業電話の成績が悪い。死のう。」

まさおは、思いつめていた。勤め先のビルの屋上から地面を見つめ、今まさに飛び降りようとしたその時、まさおの背後から声がした。


「そこで何をしてるんや!?」




「だ、誰だ?とめるな!俺はもう死ぬんだ。」

「とめへんがな。何をしてるのかと聞いたんや。君は、“あなたは何をしてるのですか?”という疑問文に対して、“私は飛び降りようとしているところです”と答えればいいだけなのに、とめるな!って言ったやろ。恥ずかしいやろ?」

「は?何を言ってるねん。ジジイ!」

「恥ずかしいやろ?とめないのに、とめるな!って、恥ずかしいやろ(笑)?」

「は、恥ずかしくない!と、とめないなら、ちょうどいい!じゃあ飛び降りるからな!」

「恥ずかしいから飛び降りるんですね。さよなら。」

「いや、何を言ってるんだ!恥ずかしいから飛び降りる?そんなわけないやろ!俺はな、テレアポの成績が悪いから死ぬんだ。」

「いや、恥ずかしいからですよ。だって、とめてないのに、とめるな!って、めちゃくちゃかっこ悪いもん。とめられたいなあと、勝手に想像してるわけやからね。とめないのに。聞いただけやのに。『あなたは何をしているのですか?』『私は飛び降りようとしています。』『お元気で。さようなら。』

『さようなら』これですむがな!それを、とめられたいなあと、思ってるもんやから、とめるな!やって(笑)。あっひゃっひゃっひゃっ(笑)」

「ふ、普通とめるから、そ、そう思っただけだ。と、飛び降りるからな。」

「どうぞ。恥ずかしいやろうからね。僕も君の立場やったら、飛び降りるからね。それぐらい恥ずかしいからな。あっひゃっひゃっひゃっ(笑)」

「何を言ってるんや!違う!俺は、恥ずかしいから死ぬんやない!テレアポで数字とられへんから死ぬんや!」

「いーや、違う!お前は、とめられてないのに、とめるな!って言ってしもて、とめられたいの丸出しみたいで恥ずかしいから死ぬんや。かわいそうに。俺がその内容の遺書書いといたるわ(笑)」

「や、やめろ!アホか!俺は、テレアポで数字とられへんから死ぬんや!」

「いや、違う!お前は、とめられてないのに、とめるな!って言ったんや!それは、たとえて言うたら、横の女がガム噛みはじめただけで、『キスせえへんからな!キスせえへんからな!そんなつもりじゃないぞ!見損なうな!』って言い出してるのといっしょや。恥ずかしい!俺やったら死ぬもん。そんな恥ずかしいことしたら!」

まさおは泣き出した。


「ちーがーうしぃー。俺はテレアポで数字とられへんから死ぬんやしー。あはーはーん。」

「恥ずかしいやろ?『キスせえへんからな!』やってさ(笑)。いーっひっひっひっ!死ぬべき恥ずかしさや。なあ?」

「キスせえへんからな!って言ってないがな!それはお前のたとえのほうやがな!」

「しかも、このビルの一階のオープンカフェで美女がコーヒー飲んでるから、お前、落ちる時、ドサクサにまぎれて、乳触りながら落ちるつもりやろ!恥ずかしいやつや(笑)」

「そんなことせえへんしー。意味わからんしぃー。うえーん。」

「死ぬべき恥ずかしさや。とめられてないのに、とめるな!やって(笑)。死ぬべき恥ずかしさやな?な?」

「べ、別に死ぬほどの恥ずかしさちゃうやろ!それぐらいで!」

「死ぬべき恥ずかしさちゃうのか?」

「そりゃ、そうやろ。」

「じゃあ、生きろ。」

「うん。」





まさおは自分の言葉に驚いた。



「じゃあ、生きろ。」

「うん。」



なんなんだ、このやりとりは!


いつの間にか、このジジイによって、“死なない”という商品をつかまされている!!なんてスムーズなんだ!



ジジイが去ろうとした。



「ま、待ってください!あ!あなたは、ひょっとして、伝説の!テレアポの達人!スティーブンスピルバーグさんではないですか?」


スピルバーグ(以下、ジジイ)は答えた。


「そうや。まあ、映画監督としてのほうが有名やけどな。」

「ぼ、ぼ、僕を、弟子にしてください。テレアポ、得意になりたいんです!」





この日から、テレアポの達人への道が始まったのだ。

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