第79話 3×1213
「文化祭?」
コーラを飲みながら、津々実は聞き返した。
「なんで文化祭が重要な課題なんですか?」
「今日の表彰式のことを思い出して」
伊緒菜は三人の顔を見渡す。
「誰も、ほとんど真面目に聞いてかったでしょ」
「そうでしたね」
津々実が答える。慧も頷いて同意を示した。
「我が部は人数が少ないうえに、QKそのものの知名度も低いせいで、学校内ですら全然知られていないわ。でも、文化祭はそれを覆す数少ないチャンスなのよ!」
「あの」
アイスティーを混ぜていた慧が、遠慮がちに聞いた。
「知られる必要、あるんでしょうか。無理に目立たなくったって、活動はできると思うんですけど……」
「いいえ、そうとも限らないわ」
「どうしてですか?」
「新入部員が来ないからよ」
ハッと、三人は気が付いた。今年の四月、伊緒菜は新入部員の獲得に四苦八苦していた。来年はまだいいが、再来年になって伊緒菜が卒業すると、部員が三人に減ってしまう。そしたらまたしても廃部の危機だ。
「その状況を回避するために、私たちは、なんとしても部の知名度を上げる必要がある。特に、学外からの知名度を、ね。文化祭に来る人間の中には、来年受験予定の中三生もいるわ。彼女たちに私たちの存在を知らしめるのが、二学期の目標よ!」
そのときちょうど、お待たせしました、と店員が料理を運んできた。二人並んで、四人分の料理を持っている。
四人の前に料理が並んだ。
「同時に来るなんて珍しいわね」と伊緒菜が食器を取りながら言った。「ま、ちょうどいいわ」
いただきます、と言って、四人は料理を食べ始めた。
「文化祭はいつなんですか?」
パスタを食べながら、津々実が聞く。
「十一月二日と三日よ」
伊緒菜はパエリアを一口食べると答えた。スプーンですくったドリアに息を吹きかけていたみぞれは、
「あ、だいぶ先なんですね」
と安心したように言った。
「ええ、だからまだ、そんなに慌てる必要はないわ。でも、そういう心づもりだけはしておいてね」
「心づもりはいいですけど」
カルボナーラを混ぜながら、慧は一番重要な質問をした。
「何をするんですか?」
QK部は文化部に該当する。文化部の文化祭といえば、普段の活動内容の展示をするものだと、慧もみぞれも思っていた。しかしQK部の活動内容はQKだけだ。展示できるものがない。
「そこが問題なのよね……」
伊緒菜は、はぁ、とため息をついた。
「去年はQKの体験会をやったわ。だけど……」
態度からそのときの様子は察せられた。
「盛り上がらなかったんですね」
と津々実は単刀直入に言った。
「ええ。まずほとんど人が来なかったし、来ても面白そうにしてた人はほんの一握りだったし」
QKの説明の難しさは、みぞれも嫌というほど実感していた。ルールは複雑だし、素数の説明もしなきゃいけない。数学が苦手な人には、そこで拒絶されることもある。
「だから今年は、違うことをやりたいと思っているわ。それで、一つ提案なんだけど」
伊緒菜は津々実を指差した。
「今年は運のいいことに、津々実がいる」
「あたし?」
「この絶好の状況を利用しない手はないわ」
「はぁ。別にいいですけど、あたしQKはできませんよ?」
「あなたがQKをやる必要はないわ」伊緒菜はにやりと笑った。「津々実は家庭科部でもある。このコネを使って、家庭科部とコラボ開催したいのよ」
「コラボ……」
みぞれはそう呟き、コラボする自分を想像した。家庭科部は、毎年コンセプト喫茶をやっていると聞いた。有名な物語などをイメージした衣装と料理で、お客さんを持て成すのだ。今年なにをやるのかは知らないが、いつも津々実が作っているような、手の込んだ衣装で接客するのは確かである。
それは少し、楽しそうだ。
「問題は、どうやってコラボしてもらうか、だけど……」
「『両方につーちゃんがいるから、せっかくだから仲良くしましょう』って言えばいいんじゃないですか?」
「先方はそれで納得する人達かしら?」
伊緒菜に聞かれ、津々実はちょっと首を傾げた。
「部長なんかはそれで喜びそうですけど、ほかの人たちは微妙ですね。副部長は前例とか規則とかにうるさいですし」
ほらね、と伊緒菜はみぞれを見た。
「もちろん、最初は『津々実がいるから』って切り出すわ。でも、それだけじゃ弱い。それに、家庭科部は毎年、コンセプト喫茶をやってるのよ。つまり、部員全員分の衣装を作ってるってこと。私たちが加わると、その分作る衣装が増える。それだけ作業量を増やしてもいいと思えるメリットを、向こうに提供しないといけないわ」
みぞれはこういう考え方には慣れていなかったが、お礼という意味でも何かを提供すべきだな、と納得した。
「それで、どんなメリットが出せるのかが、問題なのだけど……」
伊緒菜は黙って三人を見る。三人も黙って考え込んだ。
「……ま、これは宿題ね。私もまだ何も思いついていないし」
「ひとつ、気になるんですが」
口の中のイカスミパスタをコーラで流し、津々実が小さく手を挙げる。
「家庭科部とコラボしたとして、QK部の知名度向上につながるんでしょうか。全部ひっくるめて『家庭科部』って思われるのがオチでは?」
「そこも課題ね。家庭科部のコンセプト喫茶内で、私たちがゲームか何かをお客さんに出せば、ちょっとは印象に残るかもしれないけど」
みぞれは、家庭科室の隅でQKを紹介する自分を想像した。きらびやかな衣装で料理を提供している傍らで、テーブルを挟んでトランプゲームに興じる人たち……。それはちょっと、楽しそうではない。
「ええと、ちょっとの印象では、ダメなんじゃ……?」
「そうなのよねぇ……」
ムール貝の身をほじりながら、伊緒菜がため息を吐く。
「でも、お客さん達に正しく『家庭科部×QK部』と認識させられれば、私たちの知名度向上は間違いないはずなのよ。あそこは去年、第三位だったし」
「第三位??」
後輩三人は同時に首を傾げた。
三人の様子に伊緒菜も首を傾げてから、「あっ」と言った。
「そっか、言ってなかったわね。うちの文化祭、毎年人気投票をするのよ」
え、と三人の声が重なる。
「生徒も一般客も全員、気に入った出し物に合計三票まで投票できるの。それで、家庭科部は去年三位だった。あとで先輩たちに聞いたら、家庭科部はだいたい毎年三位前後らしいわ」
だから津々実の存在がありがたいのよ、と伊緒菜は強調した。家庭科部と兼部していることではなく、第三位の部活と兼部していることが重要なのだ。
「だから家庭科部とうまくコラボできれば、QK部の知名度は確実に上がるわ。第三位に『家庭科部とQK部』って並ぶわけだからね」
「そっちの表彰は、みんなちゃんと見るんですか?」
「ええ、おそらく。電光掲示板にしばらく表示されるからね。それに、そもそも三位になれた時点で、もう知名度は上がってるのよ。だって、人気投票だからね」
「ああ、なるほど」
と津々実は納得した。人気投票で上位を取るための工夫は、知名度を上げる工夫に他ならない。目的を達成すれば、自動的に結果がついてくるのだ。
みぞれは食べやすい温度になったドリアを口に運びながら、どんなコラボがいいのか考えていた。どうせやるなら全員で同じことをやりたい。でもそれだと、絶対に「家庭科部の展示」だと思われる。どうやって区別をつけるべきか……。
カルボナーラを黙々と食べていた慧が、フォークを持つ手を止めて聞いた。
「人気投票の一位と二位は、どこだったんですか?」
「二位は、IT研究会だったわ」
「IT研究会?」
「パソコンとかの部ですか?」
そうよ、と伊緒菜は頷いた。
「あそこは、メイクシミュレーションをやったのよ」
「なんですか、それ」
「言葉の通りよ。お客さんの顔の立体画像をスマホで撮って、それをパソコン画面上でメイクしたの。で、どんなメイクをすればどんな印象になるかを細かく説明したってわけ。私もやってもらったけど、かなり面白かったわ」
「伊緒菜先輩、化粧に興味あるんですか」
津々実が目を輝かせた。ファッションにあまり頓着しないようだし、普段から化粧っ気がないので、興味ないのだと思い込んでいた。
「友達に連れられて行ったのよ。結局活用はしてないけど、話は面白かったわ」
と、すっぴんの頬を掻いた。
「興味ない私でも面白かったんだから、興味ある人は大興奮だったでしょうね。これが女性客の圧倒的支持を得て、見事二位になったの。回転率が悪かったせいで一位に引き離されちゃったけど、そうじゃなかったらぶっちぎりで一位だったでしょうね」
中学の文化祭では考えられないような展示だ、とみぞれは思った。やることのレベルが高すぎる。
「それで、一位は?」
「一位は、ボランティア部よ」
「ボランティア部?」
名前は聞いたことがあった。しかし、そんな地味そうな部活がどうやって一位を取れたのか、全くわからない。
「なんの展示をしてたんですか?」
「展示はしてなかったの。それどころか、部屋もなかったわ」
「はい?」
後輩たちが混乱するのを、伊緒菜は楽しそうに見やった。それから悔しそうに話を続ける。
「あれは上手かったわ。あの人たちは、『ボランティア部』って書いた
その先は、聞くまでもなかった。
献身的に校内の清掃や人助けをする生徒たちの姿。それが、外部から来た一般客の目にどのように映るか?
「あと、場所を限定しなかったのも賢いわね。そうやって多くの人に目撃されることで、そもそもの認知度を上げていた。どんなに良い展示も、見られなければ評価されないものね」
一位になることを狙ってやったのか、純粋な奉仕精神でやったのか。話だけではどちらかわからないが、とにかくそうして、ボランティア部は去年、一位になったのだ。
「それなら、ボランティア部とコラボすればいいんじゃないですか?」
慧が当然の疑問を聞いた。
「そうしたいんだけど、コネがないのよね」
「コネ……ですか」
向こうは有名な部で、こちらは弱小部。コネもなくいきなりコラボさせてくれと言っても、いい顔はされないだろう。
だから津々実がいてくれて助かったのよ、と伊緒菜はまた強調した。
「ボランティア部と同じことをしちゃ、ダメなんですか?」
とみぞれが聞く。
「ダメってことはないけど……企画が被ると生徒会に突き返されるから、どうかしらね。それに、ボランティア部は大人数だから可能だったけど、私たち四人で同じことをやるのは難しいと思うわ」
「あ……そうですよね」
四人で校内を掃除して回るのも大変だし、目撃者も増えない。同じ作戦は使えないのだ。
「ちなみに聞くけど、三人とも、プログラミングは……」
「いや、できないです」
津々実が答えた。ほかの二人も目を逸らす。
「私もできないわ。ってことで、現状の最善策は家庭科部とコラボすることなのよ」
「で、そのためにはメリットが必要、ですか……」
そういうこと、と肯定しながら、伊緒菜はパエリアを口に運んだ。ずっと喋っていたので、全然減っていない。
「でも」とみぞれは眉尻を下げた。「わたし達に出せるものなんて、何かあるかなぁ……」
「大したもの、持ってないわよね」
慧もフォークをくわえて言う。
「あるとしたら、素数表くらいしか……」
「素数表を使う料理があるなら食べてみたいわね」
伊緒菜は肩をすくめた。
「ひとつアドバイスすると、メリットというのは、何も私たちにとって良い物である必要はないのよ」
「どういう意味ですか?」
「相手にとって良い物でさえあれば、それでいいの。私たちにとってはガラクタでも、家庭科部の人たちにとっては宝物足りえるものが、何かあるかもしれないわ」
しかし、それすら思いつかない。みぞれと慧は、二人そろって困った顔をした。
「ま、急に言われても、そんなもの思いつかないでしょうね。私も思いつかないわけだし……。そこで」
一呼吸を置いて、伊緒菜は津々実を見た。
「あなたの出番よ」
「またあたしですか」
「家庭科部は来週にも活動を始めるでしょう? そしたら、彼女たちが何を欲しがっているか、それとなく調べておいて。どんな些細なものでも構わないから。その中に、私たちが提供できるものがあるかもしれない」
「わかりました、スパイですね」
「そうよ、諜報員よ」
盛り上がる二人を横目に、みぞれはドリアを食べながら頭をひねっていた。
果たして自分たちに、どんなメリットが出せるだろうか。それに、ただコラボするだけではダメで、「家庭科部とQK部がコラボしている」と誰の目にも明らかな形にしなくてはいけない。
いったいそれは、どんな方法なのだろうか。
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