第71話 +1

「なるほど、たしかに伊緒菜の後輩だ」

 判定員が場のカードを回収するのを見ながら、肇が言った。

 一本目は、肇の勝利に終わった。絵札の多かったみぞれはなんとか連続して親を取り続けたが、ここぞという場面で肇に親を取られ、そこから一気に切り崩された。

 この人は流れを読む力が強い、とみぞれは感じた。流れを読み、流れを作るのに慣れている。きっと普段から、場の空気を読んだり作ったりしているのだろう。

 肇はみぞれの顔を見ると、伊緒菜によく似た笑顔を作った。

「戦い方が伊緒菜に似ているね。あの子にこんな素直な後輩ができるとは思わなかったよ」

「そんなに似てますか」

「似てる」

 くくく、と笑った。それからちょっと寂しそうに、

「でも君は、伊緒菜ほど勝利に貪欲じゃないね。相手を倒すことを楽しめてない」

 と付け加えた。

「古井丸さんは、どうしてここまで勝ち残ったんだ? たまたま勝利を重ねただけか? それとも、優勝したいって思ってるのか?」

 みぞれは自分の気持ちを素直に話した。

「わたしは、一番になりたいと思ってます」

「一番。どうして?」

「つーちゃん……大好きな友達に、少しでも近付くためです」

 肇は間を空けてから、口を開いた。

「なるほどね」

 何か気になるんですか、と聞こうとしたが、時間切れだった。判定員が準備を終えた。二人に十一枚ずつ、カードを配る。

「ではこれより、二本目を始めます。先攻は古井丸選手です。では、一分間のシンキングタイムを始めます」

 みぞれはすぐに手札を確認した。3、4、5、7、8、9、J、J、Q、K、K。今度も絵札が多い。うまく立ち回れば勝てそうな手札だ。

 みぞれは考えた。肇は、みぞれの戦い方が伊緒菜に似ていると言った。肇の中で、みぞれはそういう戦術の選手だと認識しているはず。だから、次は伊緒菜とは違う戦い方を――慧に似た戦い方をすれば、裏をかけるのではないか。

「シンキングタイム終了です。これより古井丸選手の持ち時間となります」

 みぞれは一枚ドローした。3だった。それを手札に加えて、考える。

 肇は流れを読むのが得意だ。なら、流れを読ませる前に短期決戦で終わらせれば勝てるはず。そのためには。

 みぞれの手札は、絵札が多い。たしか何度か、慧が絵札を大量に使う合成数出しをしていた。それが出せるのでは……。

 記憶に浮かんだのは、三枚六桁の合成数出しだ。J、Q、Kの三枚や、T、J、Qの三枚を出せる合成数出しを、慧はいくつか使っていた。単純に強いし、しかも案外覚えやすいものが多かった。みぞれはそれらを思い出していく。

 今の手札に近いのは、これだ。

 QJK=3^2×K457

 手札と比較する。必要な九枚のうち、八枚はある。あとは2があれば……。

 いや、既にある、とみぞれは気が付いた。3^2は3×3だ。3が二枚あれば、これは作れる。さっき3をドローしたから、いまの手札でこの合成数出しは作れるのだ。

 これを手札から除くと、残るのは8、9、Jの三枚。これは98Jとすれば素数になる。

 これは、いけるのではないか。まず98Jを出し、肇が四、五桁の素数を返して来たら、QJKでみぞれの上がり。肇が「伊緒菜みたいな戦い方」を想定していれば、QJKは予想しないだろう。

 みぞれは意を決して、三枚場に出した。

「9811!」

「9811は素数です」

 みぞれがカードを出すと、肇はまず一枚ドローした。それからじっくりと、場とみぞれの顔を眺める。

「98J……? ふぅん……?」

 首を傾げ、テーブルを指で叩く。みぞれはドキドキしながら、肇の表情を見ていた。彼女の顔には、疑問符が浮かんでいる。

「伊緒菜が初手で出すような素数じゃないな。あの子なら、初手の三枚はだいたい三桁だ。どういうつもりだ?」

「さ、さぁ……」

 肇と目が合ったみぞれは、思わず目を逸らした。肇が腕を組んで、椅子の背にもたれる。

「伊緒菜の後輩だと思って舐めていたよ。必ずしも伊緒菜と全く同じ方法で戦うわけじゃないのか」

「え、ええ」

「でも、こういう初手のパターンも、知らないわけじゃない。問題は、どのパターンなのかってことだけど……」

 目を逸らしていても、肇の視線を感じる。

「そういえば……個人戦に来なかったから気にしないでいたけど、伊緒菜の後輩はもう一人いるんだったな。団体戦で見た。剣持さんだ」

 みぞれは思わず肇を見た。肇はまだ、こっちを見ている。

「噂には聞いている。合成数出しが好きな子だって。古井丸さんがその子の真似をしているんだとしたら……」

 肇はみぞれの残り手札を数えて、首をひねった。

「たしか、KKQを出すには、十枚必要だったはず。いまの古井丸さんの手札は九枚だから、少なくともKKQは揃っていない。まさか、次のドローに賭けてるわけでもないだろう。だから、古井丸さんの作戦はわからないけど、とりあえずこれを出しておけばいいかな」

 肇はみぞれに聞かせるように、独り言を言った。そして、カードを三枚、場に出した。

「KKJ」

「131311は素数です」

「っ!」

 三枚出し最強素数を出してきた! 肇は経験による勘で、みぞれが九枚全部使う合成数出しをしようとしていることを、読んだのだ。

 もしみぞれにKKQ=2^4×29×283が出せれば、肇のKKJにカウンターできた。だが、みぞれの手札では一枚ドローしたところで、これは出せない。

「パスします」

 と、みぞれはすぐに言った。

 場が流されると、肇はまた、聞こえるように独り言を言った。

「KKQではなかったけれど、たぶん、合成数出しをするって読みは合ってるだろう。それも九枚全部使うやつで、少なくとも98Jよりは大きい。まぁたぶん、三枚六桁の合成数出しなんだろうな。だから、絵札を三枚は持ってると考えていい。もしかしたら、もう一枚くらいあるかも……」

 さすがの肇も、三枚六桁の合成数出しには詳しくないようだった。「詳しければ手札が読めたのに」と悔しがりながら、一枚ドローした。これで肇の手札は十枚だ。

「三枚六桁の合成数出しの中で、絵札を四枚使うやつがあるというのは、知ってる。でも、五枚はなかったと思うんだよね……どうだっけ?」

「さ、さぁ」

「もし古井丸さんが絵札四枚持ってたら、かなり危険だな。どうしよう……」

 実際に、みぞれは絵札を四枚持っている。J、Q、K、Kの四枚だ。しかもこれは、QKJKと並べれば素数になる。これは四枚八桁の中では四番目に大きい素数だが、これより大きな素数にはすべてKが必要になる。既に肇はKを二枚使っているので、ジョーカーを使わなければQKJKより大きな素数は出せない。実質いま、みぞれの持つQKJKが、四枚出し最強の素数となっていた。

 当然、肇もその可能性に気付いていた。運よくジョーカーをドローできたが、一枚だけだ。手持ちの絵札は10、T、Qの三枚。みぞれが四枚八桁の素数を持っていたら、肇はどうあがいても勝てない。

 かと言って、三枚出しも自殺行為だ。みぞれは絵札を少なくとも三枚持っている。合成数出しするつもりだったようだが、並べ替えて素数にならないとも限らない。もしそうだったら、やはり肇に打つ手はない。

 消去法で、肇は自分の出す手を決めた。

「仕方がない、古井丸さんが絵札を三枚か四枚しか持っていないと信じて、これを出そう。672AA」

「67211は素数です」

「五枚出し……!」

 普段の部活では、あまり見ることのない枚数。それでもみぞれは、大会に向けて覚えてきていた。札幌しとらす高校への対策だったが、ここでも役に立つとは。今の手札なら、出せる五枚出しはいくつかある。

 ここが勝負どころだと、みぞれもわかっていた。肇の残り手札は五枚、間違いなくあれは素数だ。ここで肇の持つ五枚より大きい素数を出せれば、みぞれにも勝機がある。もし出せなければ、確実に負ける。肇が二本先取し、全国一位への道は断たれてしまう。

 みぞれは手札の中から、大きい五枚を取った。K、K、Q、J、7。これらを並べ替えて素数は……作れる。7QJKKだ。すると残る手札は、3、3、4、5の四枚。これはどう並べ替えても三の倍数になってしまう。

 みぞれは少し迷ったが、山札から一枚引いた。絵札を期待したが、出てきたのは7だった。

 絵札ではなかったが、絵札以外の中では一番マシな手だ。これで手札を、7QJKK、57、433と分けられる。もし肇が7QJKKに返せなかったら、57で場を流し、433を出してみぞれの勝ちだ。

「7QJKK12111313!」

「712111313は素数です」

 みぞれの出した素数を見て、肇は長いため息を吐いた。

「助かった。あたしの勝ちだ」

「え」

「ジョーカーをJとして、9TQTJ」

 五枚九桁。みぞれの知らない数だ。これは素数なのか?

 もしこれが素数なら、みぞれの負けだ。肇の二本先取となり、みぞれはここで敗退する。

 みぞれは判定を待った。素数判定員が肇の数を確認しながら、タブレットに入力する。手慣れた動きだった。十秒もかけずに入力を終えると、入力内容と場のカードを照らし合わせる。

 そして、判定ボタンを押す。

「910121011は素数です! よってこの試合、馬場選手の勝利となります!」

 みぞれは手札をテーブルに伏せた。

 判定員が定形句を続ける。

「また、これにより馬場選手の二本先取となるため、この勝負、馬場選手の勝利です!」

 ワッと、周りで見ている選手たちが湧いた。肇が大きなため息を吐いた。安堵のため息だった。

「危なかった。あと一枚何かが違ったら、負けてた」

 肇が手を伸ばしてきた。みぞれは茫然としながら、それを握り返す。

「残念ながら、君はここで負けだ。ベスト4までは残れたが、そこまでだ」

「わたしの、負け……」

 やはり肇は強かった。みぞれは柔軟に戦ったつもりだったが、肇はそれに対応してきた。彼女の方が、一枚上手だった。

「筋は悪くなかった。伊緒菜の戦法が通じないとわかったら即座に別の戦法に切り替える柔軟性は、評価する。でも……」

「でも?」

「君の戦い方は、結局、人真似だ」

「人真似……?」

 言われるまでもなく、その通りだ。みぞれは、伊緒菜や慧の真似をしている。でも、尊敬する人たちの真似だ。それで負けるなんて。

「君はたしか、あそこと戦ってたろ。えーと、茨黄高校。あの赤毛の子がいるところ」

「え? あ、はい」

 たしかに団体戦で戦った。リーダーが髪を赤く染めた不良っぽい人で、怖かった記憶がある。自分達の戦術を「コピー戦術」と命名し、伊緒菜や肇の戦い方を真似ていたのだ。

「茨黄高校と戦ってみて、どう思った?」

「どうって……」

 茨黄高校は、そこまで強くなかった。伊緒菜の真似をしていたが、伊緒菜の劣化コピーに過ぎなかったからだ。他の選手になら通用しても、普段から伊緒菜と戦っているみぞれ達の相手ではなかった。

「あんまり強くなかったでしょ?」

「ええっと……はい」

 みぞれは後ろめたく思いながら答えた。肇はくくく、と笑う。

「彼女らが弱いのは、人真似だからだ。真似をするのは悪くない。上達の一番の近道だからね。でも、それだけでは頂点に立てない。君はもう十分、伊緒菜や剣持さんの力を受け継いでいる。ここから先へ進むためには、真似を止めなきゃいけない。自分の力で、君の戦い方を身につけていかないと、先へは行けないよ」

「わたしの戦い方……?」

「そうだ。憧れの友達に近付こうとするのは良い。でもそれじゃあ、相手の隣に立つことすらままならない。だから、君自身の戦い方を身に付けないといけない。……ま、それが何かは、あたしにはわからないけどね」

 頑張ってね、と言って肇は席を立った。

 あとにはみぞれが残された。

 古井丸みぞれは、全国大会準決勝で、敗退した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る