第65話 3×2
「さあ、いよいよ始まりました! 第22回全国高校素数大富豪大会、個人戦の開始です!」
体育ホールの隣室で、
「さて、第一試合は烏羽高校の
成田はモニタを挟んで座っている小西に話を振った。派手な色のタンクトップを着た成田に対し、小西は地味な灰色のカジュアルスーツ姿だった。
「いま話されたように、この二人はともに三年でともに部長です。また、ともに各地区予選の準優勝者でもあります。これだけ共通点が揃っているので、取り上げないわけにはいきませんでした」
「なるほど、それで」
成田は会場に集まった選手たちの顔ぶれを見た。瑠奈と同じ黒ポロシャツの選手たちはいるが、花純と同じピンクのブラウスの選手はいない。阿波紅高校の選手たちは体育ホールで観戦しているようだ。
「さあ、試合は一分間のシンキングタイムがちょうど終わるところ。先攻の大月選手の手番から始まります」
『ドロー』
「おっといきなりドローしました。出たカードは……ハートのAだ! お、これは」成田はホワイトボードのメモを見た。瑠奈と花純の手札が一覧にしてある。「これで大月選手は、ラマヌジャン革命に必要なカードが揃いましたね」
「大月選手は革命をよく使いますからね。早速使ってくるかもしれません」
二人の予想通り、瑠奈はA729を場に出した。
『1729はラマヌジャン革命です』
「革命だ!」判定に被るように、成田が叫んだ。「ここからはカードの強弱が逆転しますが、寺山選手は……」
「Aを持っていないので、ここは出せませんね」
『ドローします』
花純も山札からカードを引いた。だが、出たカードは2。
「残念! Aはまだ山札に三枚眠っているはずですが、引けませんでした。寺山選手、ここはパスするしかありません」
判定員が場を流した。再び瑠奈の手番になる。
「さて、大月選手はどうすべきでしょうか、小西さん?」
「残り八枚ですから、手札で作れる最大の素数と最小の素数に分けて、順番に出すのがベストでしょう。この手札ですと……」
小西が言い終わる前に、瑠奈がカードを出した。
『8
「おおっと、これは大きい! そして判定は」
『811511は素数です』
「しっかり素数だ! 大月選手、当然と言わんばかりのすまし顔です」
「完全に知ってて出してますね。四枚出しくらいなら全部覚えているんでしょう」
「さぁこれに寺山選手、どう返す?」
「当然、なるべく小さな素数を返すべきです。手札にAはありませんから、2000台の素数を出すのがベストでしょう」
『2659』
「お、寺山選手は2659を出しました。ベストな手で来ましたね!」
「そうですね」と答えてから、小西はホワイトボードに向かった。「寺山選手の手札なら他にも2269などが出せましたが、革命下なので2を温存したかったのでしょう」
「ほほぅ」それを聞いて、成田は目を光らせた。「確かに革命下の2は重要ですが、しかし大月選手の残り手札は四枚! むしろここで使わずしていつ使うのか!」
『助かった』画面の向こうで、瑠奈が泰然とした態度でカードを出した。『2347』
「大月選手のカウンター! 2269を出していれば防げたのに……! さぁ、判定は!?」
『2347は素数。よってこの試合、大月選手の勝利です!』
「勝った! 早い! 悩む間もなく、あっという間に一本先取だ!!」
烏羽高校の生徒たちが、おおお、と盛り上がった。
「初めまシテ! 札幌しとらす高校QK部一年、
エイミーは胸元に手を当て、元気よく自己紹介した。青い目で、ゆるふわとした三つ編みの少女を見つめる。少女は見た目にそぐわないハスキーな声で答えた。
「こちらこそ初めまして。僕は南翠高校数学部三年、
会話を交わすのは初めてだったが、お互い相手のことは知っていた。二人とも相手校の調査は行っていたし、この会場で二人は目立っていた。エイミーは唯一の外国人として、楓佳は唯一の数学部部長として。
「数学部って、どんなことしているんデスか?」
エイミーが好奇心の強い目で聞く。
「簡単に言えば、学校の範囲にとらわれない数学をする部活だよ」
「部活でまでベンキョーするんデスか」
嫌そうに口を歪めたエイミーに、楓佳は苦笑した。こういう反応には慣れている。
「勉強と言えば勉強だけど、僕らは楽しんで数学をやっているんだ」
「楽しいんですか?」
「うん、楽しいよ。みんなで問題を解いたり、数や図形の性質を理解したりするのがね」
素数判定員が来たので、二人は会話をやめた。第一試合の開始が宣言され、カードドローが行われる。楓佳は扇状に広がったカードを見ながら呟いた。
「ここで何を引くかで、勝敗が決まると思うんだよね」
「へ? そーですか?」
エイミーは既に、一枚引き抜いていた。
「うん。君は巨大素数が得意なんだろ? 僕は巨大素数なんて全然覚えてないから、先手を取られたら手も足も出せない。でもこっちが先手なら負けない」
大会のルールでは、最初に先手を取った方が三本目でも先手が取れる。二本先取するためには、最初に先手を取った方が有利だ。
「先手になりますように」
楓佳は願いながらカードを取った。二人同時に表に返す。
「お、やったね」
と楓佳は笑った。判定員が事務的に告げる。
「ノース選手がクラブの9、東雲選手がクラブのJ。よって東雲選手の先攻となります」
カードが十一枚ずつ配られる。シンキングタイム開始とともに、楓佳はカードを手に取った。A、2、3、5、7、7、9、J、Q、Q、K。悪くない。むしろ良い。なんたって2がある。
シンキングタイムが開けると、楓佳は一枚ドローした。またしても2だ。これは考え甲斐がある。
「プリーズ・ウェイト」楓佳はエイミーに目配せして言った。「いま数を思い出してるから」
「Sure」エイミーは流暢に返した。「私も思い出しているところデス。何分でも待ちます」
楓佳は本当に数分を使用した。手札に57があることはすぐにわかった。2、J、Q、AがあるのでJ^2=QAが出せるが、便利な2をこんな地味に使うのはもったいない。もう少し大きな数の2乗はないか。それでいて、あまり枚数が多くないと嬉しい。頭の中で数式をこねくり回し、楓佳はやっと数を決めた。
「……さっき、数学部で何をしているのか、聞いたね」
「ん?」十一枚のカードを七枚と四枚に分けていたエイミーは、楓佳の問いかけに顔を上げた。「はい、聞きまシタ」
「数学部では色んなことをやるんだ。部員によって、興味のある事柄が違うからね」
「そーなんですか。東雲サンの興味はなんですか?」
「僕は数論だ。整数の性質に興味がある。特に、素数の性質にね」
「素数」エイミーは手札に目を落とした。9895441は七枚の素数だ。「どんな性質があるんですか?」
「例えば、素数を4で割ると、余りは1か3のどちらかになる。このうち余りが1の素数は、必ず、二つの平方数の和で表せるんだ。逆に、4で割った余りが3の素数は、二つの平方数の和では決して表せない。これを、フェルマーの二平方定理という」
「へー、不思議ですネ。でもそれが?」
楓佳は慈愛のこもった笑みを浮かべた。
「うちには面白い部員がたくさんいるんだ。プログラミングが好きだったり、面白い数を覚えようとしたりする部員がね。プログラミングが好きな子が、一億までの4で割って1余る素数を、全部二平方の和で表した。で、覚えたがりの子が、そのうちいくつかを覚えてしまったんだ。そして僕も、一緒にいくつか覚えてしまった」
「……」
何を言おうとしているのか、エイミーは考えた。一億までの4で割って1余る素数のうち、いくつかを覚えたと言いたいのか? 仮にそうだとしても、それはエイミーにとって脅威ではない。こっちは九百億だって覚えている。では、平方数をいくつか覚えた? 仮にそうだとしたら……それは脅威かもしれない。
楓佳は続けた。
「僕らが覚えたのは、X^2+100^2の形をした素数だ。100^2は一万だから、この素数を覚えればX^2もすぐ計算できる。Xを覚えやすい素数に限定すれば、X^2からXを思い出すのはさほど難しくない。例えば67121はこの形で表せる素数だけど、これから一万を引くと57121。二乗して5万7千になる数は240よりちょっと小さい数。その付近の素数と言えば、これだ」
楓佳は素因数場に四枚、場にも四枚のカードを並べた。
「
「ワーォ……」
ひぃ、と息を呑む音が、エイミーの背後から聞こえた。先輩たちが驚いたのだ。
「三桁の二乗デスか」
「覚えてたわけじゃないよ。いま言った通りの方法で思い出したんだ」
判定員が宣言した。
「合っています、合成数出し成功です!」
楓佳の残り手札は四枚。場も四枚だから、楓佳はエイミーのカードに対しカウンターして上がるつもりでいるのだろう。
エイミーは一枚ドローした。7だ。ついてない。それは既に手札にある。
「仕方ありまセン。
いまの手札で作れる、最大の四枚素数だ。残りの八枚は、99875441とすれば素数になる。これさえ通ればエイミーの勝ちだ。
「えっと……こっちの方が大きいね。7JQK」
「Nooo!!」
エイミーは両手を挙げた。判定員が機械的に告げる。
「7111213は素数。よってこの試合、東雲選手の勝利です!」
「先輩、いよいよですねっ! 頑張ってくださいねっ!」
「うー、なんかあたしまで緊張してきました」
「なんでだよ」
「だってあたし、こういうところ、初めてで……。でも先輩は、初めてじゃ、ないんですよね……?」
周りの選手たちが目をむいてこちらを見た。小海三は赤面しながら、鈴鹿の両肩を掴んだ。
「う、うん! 全国大会は二度目だね!」
「あたし、きっと先輩を満足させますから、思いっきりしてくださいねっ!」
「そ、そうだね! 応援お願いね! ところで鈴鹿、リボンはまだ?」
「もうすぐです! ……あ、あれ、なんか変な風になっちゃいました。一度ほどきますね」
鈴鹿はシュルシュルと小海三のリボンを緩めた。周りの選手たちが小声で騒ぎだす。早くしてくれ、と小海三は焦った。
「はい、できました、先輩!」
「ありがとう、鈴鹿」小海三は鈴鹿の肩を押すと、「鈴鹿、試合中はこのテープからこっちに入っちゃダメだからね。あとあんまり大きな声を出すと助言行為と見なされるから注意してね。それと……」
「んもう、大丈夫ですよ、先輩」
「そ、そう? それじゃ、私は行くから」
「はい、頑張ってください!」
鈴鹿の声援を背に、小海三は対戦テーブルに着いた。既に相手選手も、素数判定員も着席している。
「すみません、お待たせしました。
座って会釈すると、対戦相手も会釈した。黒いショートカットの少女だ。白いブラウスに緑のネクタイを付けている。ベストを着ていないので、なんとなく下着が透けそうで不安になった。
「初めまして」
対戦相手は緊張した表情で自己紹介した。
「柳高校三年の、吉井史です」
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