第50話 103

 準決勝第二試合、大月瑠奈と吉井史の試合は、瑠奈の圧勝だった。

「ダメじゃないですか、史先輩」と美沙。

「ぼろ負けじゃないですか、史先輩」と美衣。

「いや、ははは……」と史は誤魔化すように頭をかいた。全国を見せてやる、なんてカッコつけた途端にこれだ。

「ま、まぁ、全国へ行けることに変わりはないんだ。八月までに猛特訓して、もっと強くなるさ」

 史には受験もあるので、QKにばかり取り組むわけにもいかない。しかしせっかくの高校生活なのだ、最後くらい何かに熱中してもいいだろう。これまで何一つとして熱中して来なかったのだから。

 史はニコニコと笑いながら、双子の頭を撫でた。

「そんなことより、実況部屋に行くぞ。いまステージで戦っている二人は、全国であたしの敵になるからな。今のうちに、敵情視察だ!」


 実況部屋には、二十人近い選手たちが集まっていた。既に敗退した選手のほぼ全員だ。座席はほとんど埋まっている。三人並んで座れる場所はなさそうだ。

 壁際に、大月瑠奈が寄りかかって立っていた。彼女にとっては、決勝戦の相手が決まる試合だ。史との試合の後、急いで来たらしい。史たちは瑠奈と反対側の壁際で、立ち見することにした。

 モニタの中では、伊緒菜と美音が試合をしていた。場には、89123が出されている。伊緒菜も美音も、手札は残り四枚ずつだ。美音がヘアピンをいじりながら、あれこれと悩んでいる。

 いま入ってきた史や瑠奈たちに説明するように、実況の成田が語る。

「準決勝の二本目も佳境となり、若山選手、長考に入っていますね。ここは正念場ですよ。ここで宝崎選手の持つ7TKKより大きい素数を出せれば、若山選手の勝利。三本目にもつれ込みます。ですが、もし出せなければ、ここで敗退です」

 出せる手札はあった。美音の手札は、8とT、そしてジョーカーが二枚。8QTJなどが出せる。ホワイトボードに、小西の字で素数が羅列されていた。

「どうやら、若山選手は知らないようですね」

 小西が冷静に分析する。成田は画面の伊緒菜を見て、

「宝崎選手は、『出せるはずがない』と言わんばかりの表情ですね。若山選手の力量を、正確に読んだってことでしょうか?」

「いえ、おそらくカードカウンティングをしたんでしょうね」

「カウンティング?」

 小西はホワイトボードに書かれた札譜を、指先でつついた。

「この試合では、既に絵札が何枚も使われています。宝崎選手の持つT、K、Kの三枚を除くと、残りの絵札はQが二枚、Jが三枚、Tが一枚です。これらの組み合わせでは、四枚八桁の素数は作れません」

「あれ? でもそれだと、四枚七桁の素数は作れるんじゃないですか? ほら、現に8QTJはそれらの組み合わせで出せます」

「そこが、宝崎選手の度胸の強さなんでしょうね。8QTJを作るにはTが必要ですが、Tはあと一枚しかありません。それを若山選手が持っている確率は低いと踏んだんでしょう。また、これを見てください」

 と言って、ホワイトボードに羅列された素数を示した。

「先ほど書き出した、7TKKより強い四枚七桁の素数一覧ですが、ほとんどにKが必要です。Kがない今、ジョーカーを持っていない限り、若山選手は7TKKより強い素数はほぼ出せない――宝崎選手はそう判断したに違いありません」

「なるほどねぇ」成田は腕を組み、何度も頷いた。「これが、宝崎選手の強さの秘密ってことでしょうか? カードカウンティングをし、確率の低い事象を無視する。彼女はそういう戦法というわけですね?」

「おそらく」

 成田はにやりと笑って、実況部屋に集まった選手たちを見渡す。壁際の瑠奈を意識しながら言った。

「聞きましたか、皆さん。今のをヒントにすれば、あの宝崎選手に勝てるかもしれませんよ?」

 ここにいる者で、伊緒菜の業績を知らない者はいない。去年、一年生にも関わらず、全国大会で準優勝した猛者。彼女を倒せなければ、優勝はない。

 成田はモニタに振り返って言った。

「現に今、宝崎選手はピンチに立たされています。本人は気付いていないでしょうが。相手の若山選手はジョーカーを二枚も持っていて、宝崎選手に勝てる可能性があるのです」

 そのとき、ようやく美音が動いた。手札の四枚を場に出して、宣言する。

『ジョーカー二枚をQとJにして、8TQJです』

 伊緒菜は一瞬だけ驚いたが、すぐににやりと笑った。これが素数でないことを、伊緒菜は知っているのだ。

『8101211は素数ではありません』

 判定が下され、カードが戻される。美音がペナルティのカードを引くと、伊緒菜の手番になった。伊緒菜はすぐに、最後の手札を出した。

『7TKK』

『7101313は素数です! よってこの試合、宝崎選手の勝利となります!』

「決まったー! 宝崎選手が、決勝戦に駒を進めました!」

「さすがに強いですね。去年の全国準優勝は、伊達じゃありません」

「あれ、勝利の余韻もなしに、宝崎選手がステージから降りちゃいましたよ」

 伊緒菜は「ありがとうございました」と早口で言うと、画面から消えた。小西が手元のメモ用紙を見て言う。

「あの二人の試合が気になるんでしょうね」

「ああ、そうか」成田は手を叩いた。「後輩二人が、敗者復活戦の一回戦をしているんでしたね」


 またボドゲ部か、と慧は眉をひそめた。今日の私は、ボドゲ部に縁があるらしい。

 芋っぽい眼鏡少女の相馬梨乃は、一枚ドローしてから散々悩んだ挙げ句、場に二枚のカードを出した。

「57!」

「え、いきなり?」

 初手グロタンカット。慧の手番にならないまま、梨乃の二手目になる。

 手番になった梨乃は、すぐにまた一枚ドローした。初手にもドローしていたので、これで二枚引いて二枚出したことになる。梨乃は慧を威圧するように言った。

「こうすると、初期手札の二枚をノーリスクで交換できるんです。名付けて、グロタンチェンジ!」

 たしかにその通りではある。が、それは基本中の基本テクニックで、威張るようなものではない。

 慧はホッとした。伊緒菜の言っていた通り、梨乃は初心者だ。ここまで、運だけで来れたのだろう。

「あ、あれ?」

 想定よりも慧が落ち着いているので、梨乃の方が動揺した。

『か、会長ー! この人、精神攻撃が通じないですよー! 強過ぎますー!!』

 無論、慧が強いのではなく、梨乃が弱いのである。慧はこの会場では、精神攻撃に弱い方だ。

「え、ええい、421!」

 梨乃が出したカードを見て、慧もしばらく考えたあと、場と素因数場にカードを並べた。

「891=3^4×11

「合っています。合成数出し、成功です」

「ふわっ!?」

 もし梨乃が、二枚出しや三枚出ししかしないなら、慧にとって有利な相手だ。慧は合成数出しで、相手の倍以上の速さでカードを減らせるからである。

 特訓の成果ね、と慧は微笑んだ。


「まさに運命だ!」

 みぞれの対面に座ると、太田陽向は大仰に言った。

「団体戦での雪辱、ここで果たさせてもらうぞ。今度こそ私が勝って、全国へ行く!」

 陽向の目には、闘志が燃えたぎっていた。みぞれは萎縮しながら、上目遣いで陽向を見た。

「わ、私だって、全国へ行って、一番になるんです」

 陽向は、意外そうに口を開けた。「へえ」と言って笑う。

「古井丸みぞれ、君は見た目に反して、意外に闘志があるな。宝崎伊緒菜にどこか似ている」

「そ、そうですか?」

 陽向は拳を握り締めた。

「宝崎伊緒菜と戦えないのがやや不満だったが、君相手なら不服はない。私は君を全力で倒して全国へ行き、そこで宝崎伊緒菜も倒す」

 素数判定員が席につき、試合が始まった。先攻は陽向になった。

「ではこれより、1分間のシンキングタイムを開始します」

 配られたカードを並べ替えながら、陽向はみぞれを見た。団体戦のときは騙し討ちのような策に負けてしまったが、一度食らったら二度は食らわない。

 シンキングタイムが終わると、陽向はいきなりカードを四枚出した。

「A729!」

「1729はラマヌジャン革命です」

「ま、またですか」

 みぞれの手札にはAがなかったが、ジョーカーはあった。これをAとすれば、カウンターはできる。だが、そうすべきか、どうか。

 悩みながら、みぞれは山札から一枚ドローした。そして、自分の強運に驚いた。出てきたのはAだった。これでますますカウンターしやすくなった。

 だがみぞれは、敢えてそれをしない作戦を取った。団体戦のときと同じ作戦だ。同じ手が、二度も三度も通じるかは、不安だが。

「パスします」

 場が流される。陽向はその時点で、勝ちを確信した。

「もし、団体戦と同じ作戦を取るつもりだったのなら、残念だったな」

 陽向はにやりと笑った。みぞれがハッと顔を上げて、こちらを見る。まさか本当に、同じ作戦で来るつもりだったのか。伊緒菜に似ているから、もっと歯応えのある試合ができると思っていたのだが。

 おそらくあの作戦は、伊緒菜の入れ知恵だろう。伊緒菜は陽向の常套手段を逆手にとって作戦を立てた。なら、いつもと違う手段を取ればいいだけのこと。

「次に私が四枚出しをしたら、革命カウンター素数をぶつけるつもりでいたのかもしれないが、そう何度も同じ手を食らうはずがない。私の次の手は、この三枚だ。KTJ!」

「131011は素数です」

 やはり何度も同じ手は通じないか、とみぞれは落胆した。それでも、みぞれは落ち着いていた。端からうまく行くとは思っていなかったからだ。Aは温存したが、革命下においてAや2を温存するのは、陽向相手でなくとも有効な手段だろう。

QT12109」

「12109は素数です」

 みぞれが比較的落ち着いていることに、陽向は嫌な予感がした。この落ち着きの理由は、Aを温存していることだろうか、と推測する。

 だが陽向も、同じくらい落ち着いていた。残り手札は、A、2、5、7の四枚。A27で親を取り、5を出せば勝ちだ。

「A27」

「127は素数です」

 陽向はみぞれの顔色を伺った。そして、みぞれがまだ落ち着いていたので、嫌な予感は確信に変わった。みぞれは迷うことなく、場に三枚のカードを出した。

「ジョーカーを0として、A03です」

「103は素数です」

「ゼロ、だと……!」

 レアな使い方だった。ルール上、ジョーカーは0として使えるが、使う人は滅多にいない。ジョーカーはなるべく大きい数にした方が強いからだ。ほとんど唯一の使い道は、革命対策くらいである。

 陽向は山札から一枚引いた。Jだ。嫌な予感がしながら、パスを宣言した。

 場が流されると、みぞれはホッとため息をつきながら、場に三枚出した。

「557です」

「557は素数です」

 みぞれの残り手札は三枚。陽向の残り手札は、5とJの二枚。

 負けだ。ここで何をドローしても、557より小さい素数は作れない。陽向はカードを伏せた。

「パス。私の負けだ」

 場が再び流される。みぞれは最後の三枚を場に出した。

「883」

「883は素数。よってこの試合、古井丸選手の勝利です!」

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