QK部 -1213-
黄黒真直
第1章 入部
第1話 1213
誕生日は12月13日。家の住所は12丁目13番地。家の車のナンバーは12-13だし、この高校の受験番号は1213番だった。そして今は、1年2組13番だ。小学1年の時も中学1年の時も2組13番だった。
わたしの周りには1213がたくさんあるなぁ、とみぞれは思っていた。勝手にラッキーナンバーのようにも感じていた。もしかしたら自分は、1213年前に死んだ女勇者の生まれ変わりかもしれないと考えたこともある。……そう考えたことは、今となっては忘れ去りたい過去だが。
「何見てるの?」
すぐ耳元で話しかけられて、みぞれは「ひゃうっ」と飛び上がった。耳を押さえて振り返ると、にやにやと笑っている
津々実は中学以来のみぞれの友人だ。短めの髪を後ろで一つに結び、活発そうな見た目をしている。中学卒業と同時に髪を少し明るくして、その印象はますます強くなった。
「びっくりさせないでよ……」
「ごめんごめん」と、にやにやと笑いながら津々実が言う。「みぞれがボーっとしてるから。行かないの? 家庭科部」
入部届を持った手で、津々実は廊下の先を示す。そこには「家庭科室」のプレートが掲げられたドアがあった。
四月。みぞれ達が入学した
津々実はその活発そうな見た目とは裏腹に、案外インドアだった。趣味は裁縫と園芸、特技は料理である。良いお嫁さんになりそうだなぁ、とみぞれはいつも思っていた。
そして津々実にくっ付いて第二校舎まで来て、廊下に入ったところで、みぞれは壁に貼られたポスターに目が留まったのだった。
「ちょっと、このポスターが気になって」
と、みぞれはB5サイズのコピー用紙で作られたポスターを指さした。そこにはトランプカードのイラストが描かれ、上には大きく「素数大富豪部」、その下に小さめに「QK(1213)部」と書かれていた。場所は第二校舎三階空き教室、とある。
「なんで名前が二つもあるの? 括弧も含めれば三つ? そもそも素数大富豪って何?」
津々実が立て続けに疑問を口にする。
「それに、どうしてQKが1213になるの?」
さらにもう一つ疑問を増やした。が、最後の疑問は、みぞれには答えが分かった。
「トランプだからじゃない?
「ああ、なるほど」
よく見れば、イラストのトランプもクイーンとキングが大きく描かれている。花を持ったハートのクイーンと、剣を携えたスペードのキングだ。
「でもどうしてクイーンとキングなの? トランプって言ったら、スペードのエースじゃない」
「うーん……」
この答えはみぞれにもわからなかった。
みぞれの視線はポスターの隅、「第二校舎三階、空き教室」に引き寄せられていた。そこに指を載せて、津々実を見る。
「ここに行けば、わかるかも……」
「え、行くの?」
「ちょっとだけ行ってみない? もしかしたら、トランプで遊ぶ部活かもしれないよ」
「このポスターでそうじゃなかったら詐欺でしょ」
別に行っても良いけど、と津々実は手の中の入部届を見ながら言った。既に「家庭科部」「倉藤津々実」の名前は書いてある。仮入部期間はまだ一週間あるのだし、その間に提出すれば何も問題ない。
二人は今来た廊下を戻り、昇降口近くの階段を上った。階段の壁には、素数大富豪部のほかにも、色々な部活のポスターが貼ってある。ダンス部、イラスト部、書道部、英語研究部、などなど。仮入部期間はどこに貼っても良いのか、よく見れば壁のいたるところにB5サイズのポスターが貼られ、カラフルな壁紙となっていた。こんなに無造作に貼ってあったら、かえって宣伝効果が薄れるんじゃないかな、とみぞれは思った。
三階にたどり着いたはよいものの、件のポスターには「空き教室」としか書いていなかった。いったいそれはどこのことだ、と二人で廊下を右往左往する。
「プレートの出てない教室を探せばいいわけでしょ」と、津々実が言う。「この辺は三年生の教室ばっかりね。あっちかな」
廊下を途中まで進んで、くるりと方向転換する。みぞれは津々実の後ろを、ちょこちょことついて行った。
「あ、あった」
廊下のほとんど端まで来たところで、やっと津々実が言った。確かにプレートには何も書かれていない。そして教室のドアには、「素数大富豪部」「QK(1213)部」と書かれた例のポスターが貼ってある。ここで間違いないだろう。
教室には明かりがついていた。ドアのガラス窓から覗くと、中に誰かいるようだ。
自分で言い出しておきながら、本当に入って大丈夫だろうかと、みぞれは不安になってきた。家庭科部なら何をやるか想像がつくが、QK部では何をやるのか全く想像がつかない。怖い先輩とかいないだろうか。津々実の後ろに隠れるようにしながら、みぞれは様子を伺うことにした。
「失礼しまーす」
臆することなく、津々実が教室のドアを開ける。
ごく普通の教室だったが、自分達の教室より広く感じた。机の大半が、教室の後ろに寄せられ、積み上げられていたからだ。
ガランとした教室の真ん中に、机が三脚置かれていた。二脚が向かい合わせに置かれ、残りの一脚はその横に置かれていた。津々実の声を聞いて、そこに座っていた女子生徒がこちらを見た。
「あ、いらっしゃい!」
立ち上がり、微笑みながらこちらへ向かって来る。
頭の良さそうな人だった。キリッとした瞳に、赤フレームの眼鏡がよく似合っている。ふわふわしたセミロングの髪を、頭の横で少しだけまとめてツーサイドアップにしている。校章の色から、先輩だとわかった。大人びて見えるわけだ。
「ようこそQK部へ! 二人は入部希望?」
「いえ、ちょっと見学に」
津々実が遠慮せずに本音を言った。女子生徒は肩透かしを食らったようだが、気落ちした様子は見せなかった。
「見学でも大歓迎。こっちへどうぞ」
女子生徒に手招きされて、二人は教室に入った。みぞれはドアを閉めると、促されて席に座った。津々実と向き合う形になる。机の上には、トランプが一組置かれていた。
「まずは自己紹介ね。私は部長の
「あたしは1年の倉藤津々実です。で、こっちが……」
「古井丸みぞれです」
小さくお辞儀する。伊緒菜はにこにこしながら、残りの一席に座って二人に聞いた。
「二人とも、素数大富豪は知ってるの?」
「いえ、初めて聞きました」またも津々実が遠慮せずに言った。「でも、みぞれがなんか気になるって言うから来ました」
「つーちゃんだって、あれこれ疑問をぶつけてたでしょ」
こぶしを上下させて、みぞれが訴える。「疑問って?」と伊緒菜が首を傾げた。
「まず、素数大富豪ってなんですか? それに、一緒に『QK』って書いてありましたけど、あれはどういう意味ですか? どうして名前が三つもあるんですか?」
質問を次々ぶつける津々実を見て、みぞれはだんだん不安になってきた。しかし伊緒菜は気にした風もなく、うーん、と眼鏡のフレームに指を当てていた。
「やっぱりそうよね、そこから説明しないとダメだよね……」
「す、すみません」とみぞれが謝る。
「別に良いわ、素数大富豪って、知名度低いから。これでも、毎年全国大会が開かれているようなゲームなんだけどね」
「全国っ!?」
みぞれが素っ頓狂な声を上げる。すぐに口を押えて、また「すみません」と言った。
「初めから説明しましょう。二人とも、大富豪は知ってる?」
「トランプのですよね?」と津々実。「知ってます。8切りとか革命とかあるやつですよね」
「そうそう、それそれ。じゃあ、素数は?」
「ええと……」
さっきまではきはき答えていた津々実が、初めて口ごもる。記憶の片隅から掘り起こしているようだ。
「3とか5とか?」
「そう。3も5も、素数ね。他には?」
「7とか9とか11とか……」
伊緒菜は首を振った。
「9は素数じゃないわ」
「ええと、素数ってなんでしたっけ?」
津々実は思い出すのを諦めて、素直に尋ねた。みぞれも正解が思い出せず、伊緒菜の答えを待つ。
「素数というのは、『1とそれ自身でしか割り切れない数』のこと。たとえば5は、1と5でしか割り切れないから素数。でも9は、1と9のほかにも、3でも割り切れるから、素数じゃない」
そういえばそんなようなものを中学校で習った気がしないでもないなぁ、とみぞれは思った。しかしそれを何に使ったのかは、全く覚えていない。
一方で、津々実は記憶を手繰り寄せられたようだ。
「ああ、あれですよね。素因数分解とかいうやつ!」
「そうそう、それに使うやつ。9=3×3とか」
「えーと、15=3×5とか」
伊緒菜は満足そうに頷いている。みぞれもなんとなく思い出してきた。何かの数を、とにかく細かく分解して、かけ算で表すときに使ったのだ。その際に、それ以上分解できない数を素数と呼んでいた。
「さて、話を素数大富豪に戻すわね。素数大富豪はその名の通り、素数を使った大富豪……みたいなゲームなの」
「みたい?」
伊緒菜は机の上のトランプを取って、カードを探し始めた。
「基本的なルールは大富豪と同じ。カードを順番に出し合って、最初に手札をなくした人の勝ち。ただし、出せるのは原則、素数のみ」
伊緒菜はカードの束の中から、二枚のカードを抜き出した。「2」と「3」だった。
「例えば、2や3は素数だから、このカードは出すことができる」
あれ、と津々実が小さく手を挙げる。
「それだと、出せないカードだらけになると思うんですけど。9とか8とか」
「その通り」と伊緒菜は頷いた。「そこで使うのが、二枚出しや三枚出しよ」
再び二枚のカードを出す。今度は「4」と「7」だった。
「7は素数だけど、4は素数ではない。だから4は一枚では出せないんだけど、こうすれば出すことができる」
伊緒菜は4と7のカードを並べて机に置いた。
「こうして並べて出すと、これは『四十七』という扱いになるの。47は素数だから、これで出すことができるってわけ。これが二枚出しよ」
47って素数なんだ、とみぞれは思った。津々実は並べられた4と7をじっと見て、
「並べるんですか。足すんじゃなくて?」
「そう、並べるの。だから他には例えば……」
伊緒菜はさらに、「6」と「9」と「A」を出した。
「Aは『1』という扱いをするわ。だからこれは、691になるの」
「それは素数なんですか?」と津々実。
「ええ。だからこれで、三枚出しができたことになるの」
「へ、へぇ」
なんだか難しそうなゲームだな、とみぞれは思い始めていた。考えてみれば、ポスターを見た時点で「素数」などという謎のキーワードがあったのだから、こうなることは予想できたはずだった。
「Aが1なら」と津々実。「JやQは、11や12ですか?」
「その通り。そしてKは13ね。で、出す枚数なんだけど、いつでも好きな枚数を出せるわけじゃないの。これは普通の大富豪と同じで、最初にカードを出した人と、同じ枚数のカードを出さないといけないわけ」
みぞれは、普通の大富豪のやり方を思い出していた。最初の人が「3の二枚出し」をしたら、次の人は「4以上の二枚出し」をしないといけない。それと同じことか、と思った。
「そしてさらに、普通の大富豪と同じように、素数大富豪でも前の人が出したカードより強いカードを出さないといけない。例えば、前の人が47を出していたら、次の人は47より大きい素数を出さないといけないのよ。もちろん、同じ枚数でね」
つまり、どんどん大きな素数が出てくるということだ。47が素数かどうかもわからなかったのに、それより大きな素数と言われても、みぞれには思いつかなかった。
津々実がまた小さく手を挙げて、
「47より大きい素数って、なんですか?」
「二枚出し素数だと、例えば53とか、101とかね」
「101?」
津々実が疑問の声を上げた。みぞれも、あれ、と思った。二枚出しなら二ケタなのでは……。
「あ、そうか。Kとか10とかがあるから、トランプ二枚で三桁や四桁の数が作れるんですね!」津々実の方が察するのが早かった。「え、難しくないですか、これ。四桁の素数なんて……」
「もちろん、最初のうちはなかなか難しいわ。でも、何回かやると結構覚えるから」
覚えちゃうんだ、すごい、と津々実が感心する。
ここまでのルールを、みぞれは頭の中で反芻した。
基本ルールは、トランプの大富豪と同じ。相手より強いカードを出していき、最初に手札をなくした人の勝ち。ただし、出せるのは素数のみ。二枚や三枚並べて素数を作ってもいい。ただし、「親」が出した枚数と同じ枚数を出さないといけない。
「ええっと……」みぞれも津々実にならって、おずおずと小さく手を挙げた。「大富豪みたいに、前の人より強いカードを、前の人と同じ枚数で出すってことは……いずれ、出せる素数が『頭打ち』になっちゃいますよね」
「そうね。だから素数大富豪では、どの枚数にも必ず『最強素数』があるわ」
「一枚なら
二枚だと、いくつになるのだろう。みぞれは頭をひねった。たぶん、13を使う素数だろう。1313とか、1312とか……。
そこまで考えて、みぞれは急に閃いた。もしかして、さっきから見ているあの数は、そういう意味なのだろうか。
その数が素数かどうか、みぞれにはわからなかった。でも、きっとそうに違いない、とみぞれは確信して言った。
「……二枚だと、
伊緒菜はにっこりと微笑んだ。
「そう、その通りよ。1213は、二枚出し最強素数なの。だからこのゲームは、『QK』あるいは『1213』とも呼ばれているのよ」
わたしはどうしてこんなに、この数に縁があるのだろう、とみぞれは思った。
これまで、何度も縁があるなぁと思っていた数。だけどその数がどういう数なのか、みぞれは今日まで全く知らなかった。
でも、いま知った。
1213は、二枚のトランプで作れる、最大の素数なのだ。
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