放課後のチャイムに耳を塞ぐ

mokota

第1話夢は盗まれる


 子どもの頃は、夢は当たり前に叶うものだと、誰しもが思っている。

 幼稚園や小学校では、文集に必ずと言っていいほど『将来の夢』を書かせている。両親は、子どもに目を輝かせて『大きくなったら、何になりたいの?』と、問う。

 総理大臣でもウルトラマンでも、子どもがどんな回答をしても、大抵の両親や優しい笑顔でこう言う。


ーきっと、なれるよ


 子どもは両親の言葉に、胸を踊らせて将来の自分をイメージする。しかし、中学校、高校と大人に近付くに連れて夢は叶わないと知る。自分の価値は、偏差値で示され、並列だと思っていたはずの友人が、自分よりも価値がある人間だと客観的に示される。

 掛川 誠は、模試の結果を見ながらため息をついた。高校二年生ともなると、来年の大学受験に向けて、定期的に全国統一模試を受ける。全科目の平均で言えば、偏差値50~55の間だ。第一志望の国立大学の合格偏差値は60以上なので、まだまだ努力が必要ですと、ご丁寧に注意書きがされていた。

 子どもの頃の夢なんて、とうに忘れてしまったが、いい大学に行けば素晴らしい人生が待ってる。周囲の大人はそう言う。誠もその言葉を信じて、とにかく出来るだけ偏差値が高い大学への進学を希望していた。

 大学に言ったから、何かになれるわけではないけれど、選択肢が増えるとは思う。一生懸命書いたエントリーシートだって、大学名を見てポイされる事だってある。だから、どうしても関東の国立大学に入りたかった。


 模試結果の配布が終わると、生徒たちは友人と見せ合いながら帰路につく。紙切れを呆然と眺めているうちに、気づけば生徒は誠だけになっていた。一人になった教室に夕日が差し込む。机の影が伸びる。

 全員が帰るまで気付かないほど集中していたのか?

 まるで神隠しに合っている気分だった。

 ぽっかりと空いた、誰もいない教室に放課後のチャイムが響いた。


ーねぇ、君の将来の夢ってなに?


 無機質な声。

 気づくと教壇の前に、金髪の少女が立っていた。

 誠と同じ制服を着ているが、見たことが無い顔だ。ショートカットの髪の毛を片耳にかけながら、にこりと少女は笑った。

「子どもの頃の夢って、なんで叶わないのか、君は知っている?」

「君だれ? うちの制服着てるけど、見たことない。1年生とか?」

「私に質問する前に、私の質問に答えなさい」

 誠は、必死で答えを探したけど、口に出来るような答えは浮かばなかった。子どもは現実を知らないからか、それとも成長するたびに諦める癖がついてしまうのか、夢を実現するに必要な能力がないことを理解するからなのか。

「君、子どもの頃の夢、覚えてないでしょ」

「そんなの覚えてないよ、正義のヒーローとか警察官とかそんな感じだと思うけど」

「そう、覚えてないんだよ。覚えてないから、叶えられないんだよ」

 彼女はゆっくりと誠に近づく。


「子どもの夢はね、盗まれているの」

「は? 誰に」


 わ た し 。

 彼女は、企みが成功した子どものように頰に喜びを溜め込んだ表情で笑う。

「夢は盗まれないといけない。誰かの夢が叶うためには、誰かの夢が盗まれる必要があるんだよ。私は、夢を盗むだけじゃない、夢を叶える役割もある」

 彼女は「エリ」と名乗った。

 エリは、続けてこう言った。

「あなたにも手伝って欲しいの。夢はね、こことは違う空間に存在している。それを一緒に盗みにいってもらいたいの」

「いやいや、ここじゃない空間ってどこ。そもそも、夢なんて実態のないものを盗む事が出来るのか。そんな異世界ファンタジーみたいな話があれば、ぜひ参加したいけどさ」

 冗談と小馬鹿を交えて、嫌みいっぱいにエリにを見る。

 しかし、彼女の目は真剣で、こっちが恥ずかしくなる。ん〜と表情を曇らせる誠を見て、さらにエリは続ける。


「放課後のチャイムが、夢を盗むにはちょうどいい時間なの。だから、チャイムが鳴ったら迎えにくるね」

「俺、一応部活があるんだけどさ」

「部活は出られるよ。向こうの時間の概念はこことは少し違ってて。だから、向こうの世界に1日いても、こっちでは多少の誤差程度、空間移動時間のお釣りって感じで、えっと」

「あ〜、そっかそっか。それなら、いいよ」

 完全に頭のイタイ子だ。とりあえず、全てにYESで話を切る方向へ持っていた。

 エリは、笑って、次の瞬間には、目の前にはいなかった。


 この日を境にして、僕はエリと過ごす日々が始まった。

 放課後のチャイムが鳴るたびに、彼女は僕の前に現れた。


 自分の夢が叶う事は、誰かの夢が叶わない事だ。

 誰かの夢が叶う事は、自分の夢が失われている事だ。


 僕の子どもの頃の夢ってなんだったけ。 



 

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