wonderland society

第四章 黒うさぎの使者

「ここが………」

 振り返ると、イブの姿はなかった。

 もしかしたら、こちら側からはあちら側が見えないというだけかもしれないけれど。

「えーと、たしか………」

 少し前にクロックから貰ったピアスに手を触れる。

 すると、目の前には操作パネル。

「地図は………これね」

 それは、クロックからのプレゼントだった。

 迷子にならないように、と。

 よくこんなもの思い付くものだと感心しながら、こんなものを用意するほど心配してくれているのだと嬉しくも思う。


 イブが言っていた通り、地図の中で目立つ広場があったから、そこに来てみた。

 すると、イブの予想通り、たくさんの"アリス"たちがいた。

 "HUG ME"と描かれたプラカードを持つ人や、"お友だち募集☆"と描かれた画用紙を持つ人なんかもいる。

「こんにちは」

 様子をみていると、突然後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには和風の………そう、例えるなら尻尾が九本もある、(人型の)狐。

 声は男の子のように感じたが、一見いっけん女の子のようにも見える。

「こんにちは。えーっと………」

 挨拶は返したけれど、どうしたらよいのかわからない。確実に初対面なのに、なぜ話しかけられたのだろう。

「あ、急にごめんな。僕は奏太そうた。はじめまして」

「あ、はじめまして。私は瑠衣」

 年は同じくらいだろうか。この世界の見た目はきっと当てにならないけれど、雰囲気的に年上とは思えない。

「アンタ、広場は初めてだろ?」

「え、なんでわかったの?」

 目立っていたのだろうか。そんな見当をつけてみる。

「ん、なんとなく、やな」

 しかし、答えはなんとなくぼかされてしまった。

 しかし、そんなことよりも言葉が気になってしまった。

「やな?」

 私が復唱すると、彼は「あ……」と固まった。

「ごめん、僕のとこに関西弁の子がいるから、うつっちゃって」

「へぇ」

 方言ってうつるんだなぁと少し思うくらいで、あまり興味はわかなかった。

「それより、よかったら、友達にならない?」

 私は彼への興味が薄れてきて、対応がそっけなくなりつつあるのに、彼は突然そんなことを言い出した。

「どうして??」

 嫌なわけではないが、正直怖い。こちらでも、あるのだろうか。不馴れな人をいじめるとか、悪徳商法的な何かにはめるような悪い人が、いるのだろうか。

「どうしてって……そこ、気になる?」

「うん」

 素直に返事をすると、彼はため息をついた。

「……僕の姿を見て、なんだと思った?」

 もう一度、彼の姿を確認する。

 人の形をした彼は、和風の服に9本の尾があり、尾と同じ色をした髪の毛や狐のような耳………。

「尾が9本の化け狐、かな?」

 パッと頭に浮かんだ言葉を素直に口にした。

 けれど、いってしまってから、化け狐はひどかったかなと後悔する。

「はっきり言うね」

 彼はあまり気にしていないのか、特に困り顔でもないし、怒ってもいない。むしろ、笑っている。

「でも、それがどうしたの?この世界じゃ、おかしなことじゃないでしょう?」

 この世界じゃ、骨格や性別も変わるのだから。

「初めてワンダーランドにおちた時に望んだ僕のイメージでは僕は自分にいくつか能力があるんだ」

 彼のことばに、あの場所を思い出す。ほんの数日前の出来事なのに、なんだか懐かしく感じてしまうのは、きっと私の作った『住人を自然に増やすための設定』のせいだ。

「叶うかもしれないって、見た目だけじゃないんだ」

 でも、言われてみれば何でもありの この世界ならおかしくないかもしれない。

「といっても、全てが叶ったわけではないみたいだけどね」

 そう言って、彼は空を見上げた。

 とりあえず、悪い人ではない、かもしれない。でも、なんとなく、話は逸らされてしまった気がする。

「よかったら、うちにおいでよ。近くなんだ」

「いや、それは……」

 でも、突然相手の世界テリトリーに飛び込めるわけではなかった。

「………あ、それなら、貴方がうちに来ない?」

 それは、妥協案。私の世界ならみんなもいるし、安心できる。

「え?」

 予想外だったのか、彼はキョトンとしている。

「嫌なら別にかまわないけど」

「あ、いや、君がいいなら喜んで」

「そう、それならきまり。明日、またここで」

 人が来ることを、みんなにも伝えなくてはいけないから。さすがに、初外出なのに、いきなり男の子をつれて帰るのは気がひける。

「うん、わかった」

 こうして、私たちはまた翌日会う約束をした。


 その日は、そのまま少しだけ探険をした。そして、ワンダーランドの日が暮れてきて、帰宅する。

 帰って、一番最初に会ったのはイブだった。やはり、イブは神出鬼没の猫ちゃんだ。「おかえりなさい。そろそろ帰る頃だと思ってね。おかえりなさいって言いに来たよ♪」なんて言って出迎えてくれた。

 それからまもなく夕飯で、みんなが集まった時、私は今日のことをみんなに話した。

 来客者の話には、みんな驚いたようで、賛否両論 様々さまざまだった。

 けれど、「それでは、盛大なお茶会を開くためにもしっかり準備しなくてはいけませんね」とクロックが言い、「では、みんなで準備しませんと」とマリーが言ったことで、みんな静まった。どうやら、"盛大なお茶会"が楽しみらしい。それからは、みんな歓迎モードだった。



 その日の夜。シンと静まり返った屋敷のいつもお茶会をするお庭のさらに奥。

 薔薇の庭園に、1つの人影があった。

「こんな時間に、いけない子だね☆」

 どこからか、チェシャ猫の声が響く。その声に驚き、パッと振り返ったその人影の正体は、白うさぎのブランだった。

「誰かに、呼ばれた気がしたの」

 ブランはそう言って月を見上げた。

「ふぅ~ん。でも、女の子なんだから、こんな時間に1人で出歩くのは、いけないよ」

 姿を見せることなく、ブランと会話をするイブ。けれど、ブランはそんなイブに動じない。

「1人じゃないよ」

 その言葉に、イブは『電波系少女になってる………?』と少し不安に思う。

「今日は、ハヤテがどこかから私を見てる。………そうでしょ?」

 そう聞いて、イブはハヤテの姿を思い浮かべた。全体的に緑色というか、物静かなイメージだった。

「はい。私たちは姫の保護者としていくつか特殊な能力がありますから」

 背後からの声にドキッとすると、後ろにはハヤテがたっていた。イブは自分の居場所がバレたことに少し驚きながらも、平静を装って振り返らずに「わぁお。初耳………」とおどけてみせた。

「それはそのはずです。これはクイーンも知らないのだから」

 一部の者たちは、ブランを姫、瑠衣をクイーンと呼んでいた。そして、瑠衣はこの世界の主。住人のことを知らないなんて考えにくいのだけれど……とイブが思っていると、ハヤテは1つ情報を補足した。

「ちなみに、クイーンのナイトたちも何かしらの能力があるはずですよ」

「え?」

「まあ、これを知ってるのは、我々とあのナイトたち、そして姫だけですけど」

 イブは、不意に帽子屋のことを思い出した。この話は、彼とも共有したいと思ったのだ。

「………ねえ、その話、詳しく聞きたいんだけど」

 そういったイブの瞳はあやしく月明かりを反射した。

「ええ。でも……それにはいくつか条件と、確認しなくてはいけないことがあります」

 ハヤテはそう言ってイブに手をかざした。

 すると、急に風が吹き荒れる。そして、イブを中心に風が丸い球体のようにイブを捕らえた。

「非礼をお許しください。でも、貴方をうまく捕らえるには不意をついてこうするくらいしか思い付かなかったのです」



 その頃。チェシャ猫の声が聞こえなくなり、ブランはふぅっと息を吐いた。

「ねぇ、もういるんでしょう?」

 小さな声で言うと、物陰から黒うさぎのようなが現れた。

「私を呼んでいたのはあなた?」

 月明かりに照らされたそれは、真っ黒だった。例えるならば、黒うさぎの影のよう。

 は、こくりとうなずいた。

「どうしたの?」

 聞くと、真っ黒な姿には似つかわしくない、真っ白なアクセサリーのようなものをブランに差し出した。

「………ありがとう?」

 受けとると、アクセサリーから白い紙のようなものが写し出された。

 そして、『


 これを届けに来ました。

 持っていてください。

 見た目は女の子が着飾るのに使うような小物ですので、身に付けていてほしいです。


 』という文字が紙の上に写し出される。

「うん」

 ブランが返事をすると、黒うさぎのようなは空気中に溶けるように霧散した。

 まるで、そこにはなにもいなかったかのよう。


「終わったようですね」

 それからすぐ、ハヤテは現れた。

「うん」

 ハヤテは手を下にかざす。すると、イブの時のように、風が巻き起こった。

「では、帰りましょうか、姫。あの方もお待ちですから」

「………うん」

 ブランがきゅっとハヤテの服を掴んだ。

 ハヤテはそれを横目で確認してからブランとともに風の球体で自室に向かった。


 窓から入ると、そこには不満そうな顔をしたイブがいた。

 イブは♠️のソウと♦️のキラに挟まれている。

「おっせーよ」

 少し機嫌の悪そうなソウと、

「誰か来たと思ったら猫さまなんだもん。アイが泣いてるよ」

 どこか楽しげなキラ。

 でも、真っ先にブランを出迎えるはずのアイの姿はない。

「アイは?」

「猫さまにあの可愛らしい行動をとって、恥ずかし死にしてるよん」

 アイは、ブランに抱きつくのが好きだった。帰ってきたブランに抱きついて頭を撫でて、きゃーっ今日もかわいい!なんて騒いでいるのだ。それを、相手をろくに見ずに、イブにしてしまった。抱きついて初めて気づいたアイは、ショックが大きすぎて今は部屋の隅で縮こまっている。

「………二人は、何をしているの?」

 事情を察したハヤテの横で、ブランは首をかしげていた。

「決まってんだろ?」

 見ての通りとりあえず拘束してんだよ、と続くはずだったのに、キラはソウの言葉を遮るように「ゲームだよ」と言って笑った。

「……あのさ、助けてくれない?」

 ようやく発言したイブは、心底疲れているようだった。

「私は帽子屋さんを連れてきます。二人も、客人はもてなしなさい。姫様の大切な方ですよ」

「はぁー、わぁーったよ」

 ソウは素直に拘束………というより、イブにつきつけていた武器等を片付けた。

「キラは?」

 返事をしないキラをハヤテが睨むと、キラは降参とでも言うように両手をあげて、やる気の無さそうな声で「はいはい、わかりましたー」と答えた。

「姫様は、アイを慰めてあげてください」

「うん………?わかった」


 その後、Aの四人と白うさぎ、帽子屋、チェシャ猫の7人でこっそりと話し合いの場ができた。といっても、主に話すのは帽子屋とチェシャ猫と、Aを代表して♣️ハヤテのみで、白うさぎは話を聞き、Aの♥️アイは白うさぎにべったり、♦️キラ♠️ソウはあまり興味がないようだった。


 宵は深まり、夜が明けるほんの少し前にようやく静寂が世界を包み込んた。

 夜が明ければ、また、せわしない1日が始まる………。

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