第5話 桜の木

 桜の木。春の日差しを浴びて、成長している。舞い散る花びら。きれいな桜色。膨らんだ蕾。すべてが消えていきそうなほど、鮮やかな色。

 私はもう、桜を見ないと決めていた。

 決めていたのに、あの子との約束だから。


「僕が桜を見られなかったら、君が代わりに見てくれないか?」

「え?」

「僕は桜が嫌いなんだ。でも、好きなんだ」

「……どうして、嫌いで好きなの?」

「散ってしまうから」

「でも、また来年咲くわ」

「それが嫌なんだ。ずっと咲いていられないなんて、かわいそうじゃないか」

「でも、」

「…でも?」

「きっと、桜がそれでいいと思ったのよ」

「何故?」

「そうしたら、毎年見てもらえるもの」

「そっか。やっぱり、嫌いかも」


 なんで桜が嫌いなのかしら。きれいで、儚いから?

「儚い、から…」

 人の夢。すぐに忘れられるから。そう思ったのかしら。そんなことない。忘れたり、消えたりしないのに。

 不安、だったのかな。私が忘れてしまうかもしれない。あの子の存在を消してしまうかもしれないって?


 私は、忘れない。ずっと忘れない。


 だから、お願い。戻ってきて。

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