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「斎藤さん、織田さんはここ数日が山でしょう。陥没事故のあと、奇跡的に回復しましたが、心臓はもう正常な機能を失いかけています」


「……先生、嘘でしょう」


 医師は首を左右に振る。


「勤務先の社長さんの話では、今まで何度もこのようなことがあったとか。事故で心臓に損傷もなく、精密検査で生まれつきの疾患も見当たらなかった。原因がわからない以上、治療の施しようがないのです。あとは織田さんの生命力を信じるしか手だてはありません」


「……そんな」


 あたしは信也の手を握る。


「信也、信也ー……!」


「……く……れない」


 酸素マスクの下で、信也の唇が微かに動いた。


 信也は……

 ずっとあたしを捜していたんだ。


 渋谷で逢ったのは偶然なんかじゃない。


 ――あれは……運命……。


 あたしは信也の手を強く握り締め、耳元で語りかける。


「……信長様。あたしはここにいます。ずっとあなたの側にいます。生涯添い遂げると約束したでしょう。あれは偽りですか」


 閉じられた瞼から……


 一筋の涙が、ツーッと流れ落ちた。


「……あなたを愛してます。だから、現世に戻ってきて……。1人で行ったら、許さないからね」


 心電図が不規則な波形を描く。


 あたしは祈るような気持ちで、信也の手を握りしめた。


 ◇


 特別許可で面会は許されたものの、家族でないあたしは、ICU《集中治療室》で夜間付き添えず、緊急時の連絡先として携帯の番号を伝え帰宅した。


 陥没事故当時に着ていた特攻服は、ビニール袋に入れられ押し入れに収められていた。あたしはビニール袋から特攻服を取り出し、内ポケットを探る。


 コツンと……

 指先に何かがあたった。


 ゆっくりと取り出すと、それは斎藤家の家紋の入った短刀と、和紙に包まれた髪の毛だった。


 ――その瞬間、夢が……

 現実となる…………。


 あたしは美濃の髪の毛と短刀を握り締め、声を上げて泣いた。


 ――美濃……


 ――信長様……


「死なないで……」


 どうか……

 あたしの想いが、そらに届きますように。

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