175
「斎藤さん、織田さんはここ数日が山でしょう。陥没事故のあと、奇跡的に回復しましたが、心臓はもう正常な機能を失いかけています」
「……先生、嘘でしょう」
医師は首を左右に振る。
「勤務先の社長さんの話では、今まで何度もこのようなことがあったとか。事故で心臓に損傷もなく、精密検査で生まれつきの疾患も見当たらなかった。原因がわからない以上、治療の施しようがないのです。あとは織田さんの生命力を信じるしか手だてはありません」
「……そんな」
あたしは信也の手を握る。
「信也、信也ー……!」
「……く……れない」
酸素マスクの下で、信也の唇が微かに動いた。
信也は……
ずっとあたしを捜していたんだ。
渋谷で逢ったのは偶然なんかじゃない。
――あれは……運命……。
あたしは信也の手を強く握り締め、耳元で語りかける。
「……信長様。あたしはここにいます。ずっとあなたの側にいます。生涯添い遂げると約束したでしょう。あれは偽りですか」
閉じられた瞼から……
一筋の涙が、ツーッと流れ落ちた。
「……あなたを愛してます。だから、現世に戻ってきて……。1人で行ったら、許さないからね」
心電図が不規則な波形を描く。
あたしは祈るような気持ちで、信也の手を握りしめた。
◇
特別許可で面会は許されたものの、家族でないあたしは、ICU《集中治療室》で夜間付き添えず、緊急時の連絡先として携帯の番号を伝え帰宅した。
陥没事故当時に着ていた特攻服は、ビニール袋に入れられ押し入れに収められていた。あたしはビニール袋から特攻服を取り出し、内ポケットを探る。
コツンと……
指先に何かがあたった。
ゆっくりと取り出すと、それは斎藤家の家紋の入った短刀と、和紙に包まれた髪の毛だった。
――その瞬間、夢が……
現実となる…………。
あたしは美濃の髪の毛と短刀を握り締め、声を上げて泣いた。
――美濃……
――信長様……
「死なないで……」
どうか……
あたしの想いが、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます