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―6月11日―
【本能寺にて、上手くことは運んだ。山崎合戦後、本経寺にて待つ】
短い文章ではあったが、光秀からの文が届く。それを読み、信長と紗紅、そして信忠が落ち延びたことを確信する。
私はその夜、麓山崎の民家より馬を走らせ本経寺に向かった。
これで……歴史を変えることなく光秀と2人で生きていける……。
暗闇の先には……
一筋の希望の光が……差していると信じて……。
◇◇
“天王山の麓、小泉川沿いにて待ち構えていた明智軍は、羽柴軍と互角に渡り合う。光秀は勝竜寺城にて、その様子を見守った。”
苦戦をしいる秀吉は、手の内を何故か明智軍に読まれ焦りの色をみせる。
「何をモタモタしておるのじゃ!上様の
「羽柴殿、明智軍にこちらの動きを読み取られ、動きを封じられておるのです」
「動きを封じられておるじゃと!明智光秀ごときに、してやられてなるものか!」
秀吉は援軍に内通者がいるのではないかと、躍起になった。
―6月13日―
“日没をむかえ、羽柴軍の前線部隊も疲労が重なり、追撃は散発的なものに留まる。光秀はその時を見計らい、兵に離散するように命じた。”
「殿、おずおずと羽柴秀吉に天下を渡すのですか!我等はまだ戦えます!」
直臣の言葉に、光秀は首を左右に振る。
「このままでは、やがて一網打尽にされてしまう。秀吉が討ち取りたいのはわしの首じゃ。わしを討ち取り天下人となりたいのであろう。わしは織田信長討伐の責めを負い、自害いたす」
「……殿、自害などと……。我等も殿と共に自害致します」
重臣は光秀の言葉に涙を流した。
敵を欺くためには、先ずは味方から。
だが、家臣らを自害に追い込むわけにはいかない。
「死んではならぬ!わしは、忠義を尽くしてくれたお主らを誇りに思うておる。これ以上、尊い命を無駄にしとうはないのじゃ。落ち延びることは恥ではない。
「……殿」
これ以上戦っても、明智軍は劣勢だとわかっていた。家臣を無駄死にさせたくないとの思いは、光秀の正直な気持ちだった。
光秀は兵を離散させ、「明智光秀自害」との虚偽の知らせを羽柴軍に流した。苦戦していた羽柴軍はその知らせを聞きつけ、歓喜の声を上げた。
光秀と美濃の思惑通りにことは進む。
光秀の自害で羽柴軍の包囲網は緩む。その隙をつき、深夜、秘かに勝竜寺城を抜け出した。
――月明かりの下、竹藪の中を走り抜ける。
あと数メールで、美濃の待つ本経寺……。
――その時、ガサガサと草むらで音がした。数名の男達が竹藪の中から姿を現す。
それは落ち武者狩りだった……。
農民が竹槍を構え、光秀の前に立ちはだかった。
「これより先には行かせねぇ!百姓を殺し、村を荒らすもんはおいらが許さねぇ!」
「……わしは百姓は殺していない。頼む!見逃してくれ!わしは行かねばならぬのだ!」
「殺れ――!」
竹槍を向ける男達に、光秀は刀を抜いたが、多勢に無勢。四方を囲まれ竹槍が右肩に突き刺さり、刀が地面に落ちる。
ポタポタと滴り落ちる鮮血。
男は直ぐさま、光秀の刀を奪い取った。
数本の竹槍が闇の中で、鋭い刃を向けた。
「うおぉぉ――!」
光秀の怒号が、夜の闇に響いた。
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