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「安土城で一緒に暮らさぬか。帰蝶と離縁し、紅を正室に迎えてもよいのだぞ」


「そのようなことは望んでおりませぬ。でも……上様と一緒に暮らしとうございます」


「どうして、そこまで頑ななのだ。わしは紅しか愛せぬというに」


「……上様。俺も……上様しか愛せませぬ」


 涙ぐむ紅を抱き締め、海に漂う藻のように縺れ合い、浜に打ち寄せる荒波のように体を打ちつける。誰になんと言われようと、紅を我が手中から放したりはしない。


 紅を腕に抱き共に果て、そのまま深い眠りに落ちた。


 ――深夜、廊下で野太い声がした。


「上様、おやすみのところ申し訳ござりませぬ。先ほど使者が参り、“佐久間信盛さくまのぶもり率いる軍勢が、石山本願寺を水陸から包囲し兵糧攻めにしたそうですが、毛利水軍に阻まれ敗退”したそうにございます」


「そうか」


「毛利水軍により、石山本願寺に兵糧や弾薬が運び込まれたとのこと」


「なんと……」


 わしは熟睡している紅を布団に残し、部屋を出る。


 “上杉輝虎うえすぎてるとら(謙信)を盟主とし、反織田信長に同調する数名の武将が結託した”と聞き、更なる闘志に火が点る。


 ――1577年(天正5年)

 雑賀衆討伐のため大軍を率い出陣する。

 わしの馬の後ろには、紅の馬が連なる。


 『女として生きよ』何度もそう説いたが、頑固な紅は首を縦には振らなかった。誰に似たのか、意固地なところはわしにそっくりだ。


 紅とわしは、一心同体。

 紅もまた1人の武将、天下人なり。

 

「上様、討伐ではなく降伏させ、和睦をし撒兵さっぺいいたしましょう」


「和睦とな」


「はい」


 紅は他の家臣が考えつかぬような提案をし、周囲を驚かせる。わしは紅の助言に従い、紀伊国から織田軍を撒兵した。

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