112

 紗紅と2人で育てた奇妙丸は元服を迎えた。その凛々しい姿に、母としての喜びに満ち溢れる。


 信長の子供を生むことは出来なかったけれど、自分が歴史を変えなかったことにホッとしている。


 傅役として奇妙丸を育てた紗紅も、きっと同じ気持ちに違いない。


 名乗り合えなくても、これからは姉妹で静かに暮らせる。紗紅を以前のように私の護衛にしてもらえるように、信長に頼んでみよう。


 そうすれば……

 紗紅は戦いで命を落とすことはない。


 そう思っていた矢先……

 紗紅は自ら志願して織田軍に戻った。


 ――どうして……。


 ――なぜ……。


 私が美濃だと名乗らなかったから……?


「於濃の方様、ご安心下さい。俺も江北攻めに出陣致します。信忠殿の初陣にお共することを、殿が認めてくれたのです。必ずや勝利を納めて帰還致します」


 紗紅が……

 また合戦に……。


(行ってはなりませぬ)


 死と隣り合わせの戦地に、紗紅を送り出すなんて私には出来ない。


「この俺が、殿と信忠殿をお守り致します。於濃の方様は明智光秀殿に、どうか思い留まるようにと申し伝え下さい」


 光秀に思い留まるように?


 その時、ハッとしたんだ。

 この先に、何が待ち構えているのかを……。


 ――紗紅は……

 もしかしたら、本能寺の変のことを言っているの?


 紗紅は私を見つめ笑みを浮かべ、スーッと視線を逸らし背を向けた。


 ――紗紅は未来を変えようとしている。


 歴史を変えようとしている。


 何もせず、ただ時が経ち、自分の命が尽きることだけを考えていた私は、紗紅の後ろ姿が逞しい武将に思えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る