102
明智光秀はことの成り行きを見届け、すぐに清州城を離れた。帰蝶は少し寂しそうな眼差しで、光秀の後ろ姿をいつまでも見つめていた。
あたしは帰蝶がどのように落ち延び、どのように身を隠し、誰と暮らしていたのか問うことはなかった。
多恵もまたそのことに関しては口を閉ざし、語ろうとはしなかった。
――その夜、帰蝶の寝所を信長が訪れた。
夫と妻が数年振りに再会したのだ。
奇妙丸の母となられる帰蝶の元に、信長が夜伽をしても何の不思議はない。
病に伏せる吉乃の元へ足繁く見舞う信長。その信長が帰蝶の寝所に向かう姿を目の当たりにし、あたしへの愛は一時の気の迷いだったのだと、その大きな背中が語っているように思えた。
寂しい……
切ない………
愛しい…………。
色んな感情が入り交じり、自分で男の道を選んだにも拘わらず、信長への想いは募るばかり。
「紅、どうしたのじゃ?どうして泣くのじゃ?男は泣いてはならぬ」
「……そうでございますね。目に塵が入っただけでございます」
「それならよい。奇妙丸が涙を拭いてやるぞ」
「……ありがとうございます」
奇妙丸はあたしの涙を拭い、胸に顔を埋めた。
「紅はよい匂いがする。母上様の匂いじゃ」
幼くして生母と離れ、この城で暮らしている奇妙丸。幼い心でどれだけの寂しさを抱えているのだろう。
あたしは報われない愛情を、奇妙丸に一心に降り注いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます