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 明智光秀はことの成り行きを見届け、すぐに清州城を離れた。帰蝶は少し寂しそうな眼差しで、光秀の後ろ姿をいつまでも見つめていた。


 あたしは帰蝶がどのように落ち延び、どのように身を隠し、誰と暮らしていたのか問うことはなかった。


 多恵もまたそのことに関しては口を閉ざし、語ろうとはしなかった。


 ――その夜、帰蝶の寝所を信長が訪れた。


 夫と妻が数年振りに再会したのだ。

 奇妙丸の母となられる帰蝶の元に、信長が夜伽をしても何の不思議はない。


 病に伏せる吉乃の元へ足繁く見舞う信長。その信長が帰蝶の寝所に向かう姿を目の当たりにし、あたしへの愛は一時の気の迷いだったのだと、その大きな背中が語っているように思えた。


 寂しい……

 切ない………

 愛しい…………。


 色んな感情が入り交じり、自分で男の道を選んだにも拘わらず、信長への想いは募るばかり。


「紅、どうしたのじゃ?どうして泣くのじゃ?男は泣いてはならぬ」


「……そうでございますね。目に塵が入っただけでございます」


「それならよい。奇妙丸が涙を拭いてやるぞ」


「……ありがとうございます」


 奇妙丸はあたしの涙を拭い、胸に顔を埋めた。


「紅はよい匂いがする。母上様の匂いじゃ」


 幼くして生母と離れ、この城で暮らしている奇妙丸。幼い心でどれだけの寂しさを抱えているのだろう。


 あたしは報われない愛情を、奇妙丸に一心に降り注いだ。

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