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 だけど信勝は……、それすらも許してはくれなかった。


 刀まであと数センチのところで、あたしの手首は無情にも信勝に取り押さえられる。


「観念するのだな」


 信勝はあたしの唇を貪るように奪った。その唇に噛みつくと、信勝は血の滲む唇を指で拭い、口角を引き上げ不敵な笑みを浮かべた。


 ――もうダメだ……。


 残された道は、この舌を噛み切るしかない。


 ギュッと瞼を閉じ、死への覚悟を決める。


 ――その時、あたしの体の上でズブリと鈍い音がした。生温かなものが顔に飛び散り、一瞬何が起こったのかわからず閉じていた瞼を開く。


 目の前には、信勝の苦痛に歪んだ顔があった。目は見開き、大きく開いた口からは血が滴り落ちる。


 信勝の胸からは刀の刃先が突き出し、ドクドクと脈を打つように血が吹き出していた。その無残な姿に思わず息をのむ。


「……ひっ」


 信勝の体がドスンと、あたしの上に崩れ落ちた。その体は小さく痙攣していたが、すぐに動かなくなった。


 あたしの視線の先には……

 鬼のような形相をした信長が立っていた。


 背後から信勝の心臓を刀でひと突きし死に至らしめた信長は、遺体の背中に左足を掛け刀を一気に引き抜いた。

 

 体から赤い血が噴き出し、信長の顔も体も血に染まる。


 信長はあたしに覆い被さる信勝の体を、左足ではね除けた。畳に広がる血の海の中で、あたしは横たわったままガクガクと体の震えが止まらなかった。


 信長は怒りに震えながら、あたしを見つめた。


「紅、大事はないか?これでもう信勝に危害を加えられることはない」


「……どうしてこのようなことを。……どうして。信勝殿は殿の弟ではござりませぬか」


「信勝の謀反を黙って見過ごすわけにはゆかぬ。話し合う余地あらば和睦するつもりだったが、まさか、そなたに手を出すとは……。紅を侮辱する者は、たとえ血を分けた兄弟とて許さぬ」


「……あたしのために、弟を殺めたと……?」


「紅を守るためならば、相手が誰であろうと、わしは鬼となり斬り殺す」


「……信長様」

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