76

「男同士、遠慮は無用だ」


「殿にそのようなことをしていただくわけにはいきません」


「殿、殿と、よそよそしくなりおって。以前のように信長でよい」


「そうはいきませぬ。殿は殿でございます」


「何をごちゃごちゃと。わけのわからぬことを申すでない。わしに裸を見られてはまずいことでもあるのか?」


 信長の言葉に、一瞬身を縮ませる。


 あるに決まっているだろう。

 あたしは、女なのだから。


「……いえ。そのようなことは」


「ならばついて来い。帰蝶、紅をしばし借りるぞ」


(はい)


 心配そうにあたしを見つめる帰蝶。

 信長は多恵から薬草を受け取り、あたしの手首を掴みドスドスと床を鳴らして歩いた。


「わ、わ……」


 信長に手を引っ張られ部屋に連れ込まれたあたし。信長は人払いをすると、ピシャリと襖を閉めた。


 あたしは信長の広い背中を見つめる。

 信長は振り向くと、鋭い眼差しをあたしに向け、手首を掴んだ。


「いたっ……」


「なぜ平手が、紅をわしから遠ざけ、合戦ではなく帰蝶の側においたのか、そのわけがようやくわかった」


 心にずしりと響く低い声。

 さっきまでの信長とは、明らかに異なる。


 身の危険を感じ、思わず声を荒げる。


「殿、お離し下さい!」


 信長はあたしを畳の上に突き飛ばした。


「何をなさいます!」


「傷の手当てをしてやる。胸に巻いた晒しを、わしの前で解いてみよ」


「……そ、それは出来ませぬ」


「何故、出来ぬ。己で解けぬなら、わしが解いてやろう」


 信長はしゃがみ込み、あたしの着物の襟をムンズと掴む。


「お離し下さい!……や、やめろと言ってるのが聞こえねーのかよ!」


「主君であるわしに、そのような暴言を吐くとは、何年経っても貴様は変わらぬのう」


 信長はあたしの両手を掴み、畳の上に押し倒す。


「やめろ!離せ!この変態やろう!俺は男だぞ!」


「貴様が男とな?」


 信長はニヤリと口角を引き上げ、晒しをずらした。信長の目の前に、胸の谷間が露わになる。


「やはり……女であったか。長きに渡りよくもわしを騙したな。帰蝶は知っておるのか!」


 あたしは信長を足ではね除け、乳房を隠す。


「於濃の方様は知りませぬ。俺の秘密を知っていたのは、平手政秀殿ただ1人……」


「平手と口裏を合わせ、わしや帰蝶を騙し何を企んでおったか申せ!」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る