59

 寝所で待つこと数時間。

 時計がなく時刻はわからないが、夜明けも近い。


 襖がスーッと開き、信長が部屋に足を踏み入れる。


「まだ起きておったのか」


 信長は驚いたように声を発した。

 私が寝ていると思ったのだろう。


 畳に三つ指をつき、信長に頭を下げる。


 信長は乱暴に私の腕を掴んだ。

 腕を引き寄せられ、信長の胸に倒れ込む。


 強引な態度に、恐怖から戦慄が走る。


「蝮の娘にしては、美しい姫君だ。声が出せぬとはまことか」


 私は信長の腕の中で頷く。


「怯えた目をするでない。そなたはわしの妻になりたいのであろう。ならば、抱いてやる。鳴かぬなら鳴かせてみせるまで」


 信長は私の着物の襟を、左手で乱暴に開いた。胸元が露わになり、思わず手で隠す。


(いやっ……)


 乱暴な振る舞いに、あの忌まわしい記憶が蘇る。体がガクガクと震え、泣きながら(いやいや)と首を左右に振りながら抵抗するが、少年とはいえ男の力は強い。


 信長は泣いている私の唇を奪い、冷たい言葉を浴びせた。


「なぜ、抵抗する。なぜ、泣く。わしの妻になりたいのであろう。なぜ、そのように震えている。そなたは再嫁であろう。男を知らぬ生娘ではなかろうに」


 信長は私を布団に押し倒し馬乗りとなり、腰紐をほどいた。


(お願い……やめてー……)


 叫ぶことも出来ず、号泣する私。

 覚悟は出来ていたはずなのに、心が追いつかない。


 信長は私を見下ろしさげすむ。


「そんなにわしが嫌か?ならばなぜ嫁いだ。和睦のためか」


 信長は冷めた眼差しで、私の体から離れた。


「そのような顔を見ていると、虫酸が走る。今宵は他の女を抱く。それで文句はなかろう」


 信長はそう吐き捨てると私に背を向け、寝所を出て行った。私は乱れた着物を直すこともできず、布団の上で泣き崩れた。

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