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 この時代に手話があれば、声が出なくても会話を交わすことが出来るのに。


 中学生の頃、近所の公民館で紗紅と手話を習ったことを思い出す。


 紗紅が傍にいてくれたなら……どんなに心強いか。


 私が暴走族に拉致されたあと、紗紅は無事だったのだろうか。


 まさか……

 紗紅まで……。


 紗紅の安否が気になり、箸が止まる。


「帰蝶、口に合いませぬか?久しぶりの食事ゆえ、無理をせずよく噛んで食べるがよい」


 私は小見の方の言葉に頷き、再び箸を動かす。部屋に仕える侍女達は、私を帰蝶と信じ、誰一人疑う者などいなかった。


 後ろめたい気持ちを抱えたまま、私は朝食を終える。食事のあとは、小見の方に武家の作法や茶道や華道、立ち振る舞いや舞踊を習う。


「そうではございませぬ。帰蝶はそのようなはしたない振る舞いは致しませぬよ」


小見の方が手にしている扇子が、私の手の甲をピシャリと叩く。


(申し訳ございません)


「そなたは口が聞けぬのじゃ。口が聞けぬからには、立ち振る舞いや顔の表情で気持ちを表すしかないのじゃ」


(……はい)


慣れない姫衣は重く窮屈で、歩くだけでも一苦労だった。


 翌日も、翌々日も、私が帰蝶になるための厳しい特訓は続いた。この時代の学問や和歌も無我夢中で勉強をした。没頭していると、辛い現実から逃れることができた。


 ――数日後。


「小見の方様、明智光秀あけちみつひで殿がお越しになりました」


 明智……光秀。


 謀反を起こし織田に反旗を翻し、信長を本能寺で襲撃し、死に追いやった歴史的人物。

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