第29話 仕事を終えて
私たちはその日のうちに悪魔の森を抜けて、兵士のみなさんとともに宿泊していた街へと戻りました。
街へ着いたころには夜になっていて、空に無数の星が散りばめられていました。とても綺麗です。私の心は落ち込んでいるのに、こんな日に限って綺麗なのです。
帰る前に街で一泊することは最初から決まっていたので、私は宿のお部屋で一人、ベッドに腰掛けていました。
アグラさんやストラツさんは最初に打ち合わせを行った酒屋で、兵士団のみなさんと仕事の成功を讃えあっている最中です。
私も誘われましたが、とてもそんな気分にはなれなかったので遠慮しました。
結局、デリミタ君を救うことはできなかったのです。
乾燥したミイラのようになっていくデリミタ君の体の感触を思い出すと、再び涙があふれ出てきました。
不意にドアがノックされました。涙をぬぐってドアを開けると、そこにはアグラさんとストラツさんがいました。
「よう、クランベル! みんな盛り上がってるぜ。この街は飯も酒も最高に美味いぞ。早く来ないとなくなっちまうぜ」
アグラさんの笑顔からは、私を元気づけようという気配りが痛いほどに伝わってきました。ですがそう言われても、お祭り騒ぎに混ざることはできそうにありません。
「デリミタ少年のこと……悔やんでいるのか」
ストラツさんの言葉に、私は頷きました。だから一人にしてほしい。そう伝えようとしたら、それを遮るようにアグラさんが言いました。
「オライウォンの野郎がうるさくてよ。あの医療術師ちゃまはどこ行った、乾杯させろ! ってな。あの馬鹿に、顔だけでも見せてやってくれねえか。でないとあいつ、あの足でここまで飛んでくる勢いだぜ。止めても聞かねえんだ、馬鹿だから」
困った人です。彼の足は地面から飛び出した木の根に突き刺されてしまい、かなりの大怪我を負ってしまっているというのに。
私は仕方なく、みなさんが打ち上げをしている酒屋へと足を運ぶことにしました。
アグラさんとストラツさんの後ろを歩きながら、ささやかに賑わう夜の街を眺めます。夜風が不思議と気持ちよくて、悲しく沈んだ気持ちを少しずつ削り取っていってくれるような感じがします。
オライウォンさんは酒屋の外の壁にもたれて、一人で飲んでいました。相変わらずのタキシード姿です。森の中でも違和感のある格好でしたが、街の中でもかなり浮いています。
森の中で痛めた右手は三角巾で固定され、右足には包帯が巻かれています。
「お! 医療術師ちゃま登場ってか?」
お酒が入っているであろうジョッキを掲げて、オライウォンさんが笑いました。かなり酔っているようです。
酒屋の中からは、どんちゃん騒ぎをしている声が聞こえてきます。
「しっかし、お子ちゃまのくせにすごいやつだな。大したもんだよ。おまえの度胸にこっちまでアドレナリン出まくったぜ」
「全然すごくありません!」
思わず声を荒げてしまいました。
アグラさんもストラツさんもオライウォンさんも、口を閉ざして黙ってしまいました。夜の街がとても静かに感じられて、酒屋の中から聞こえる騒がしい声だけが耳に届いてきます。
「よし、話してみろ! お兄さんがクランベルちゃまをジャッジしてやる! すごいかすごくないかなんてなあ、自分が決めることじゃあねえんだぜ」
若干ろれつの回っていない口調で、オライウォンさんが言いました。
「そうだな。俺だって、あの森で見せたクランベルの根性には恐れ入ったぜ。それを卑下する理由ってのはなんだ?」
何を思ったのか、アグラさんは石畳の地面に座り込んでしまいました。それに続くようにストラツさん、オライウォンさんも腰をおろします。
私はそんな彼らから目を逸らして、語り始めました。
「私は、兄を自殺に追い込んだんです。私があまりにも無知で、無力だったせいで。今だって、あのころとちっとも変っていません」
私の言葉に少しは驚くかと思ったのですが、地面に座り込んだ三人は眉ひとつ動かしません。オライウォンさんくらいは茶化してくれると思ったのに、三人とも私の話を真剣に聞こうとしている。そのような誠実さを感じました。
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