第19話 悪魔の子
「わしらの村は、人口も百人に満たない小さな村でした。だけども自然に恵まれた、平和でとてもいい村だと誇りに思っとります。ですが村には一つだけ、大昔からの不吉な言い伝えがあったんです」
男性が語る、パクリン菌とは関係がなさそうな言い伝え。ですが、どうやら無関係ではないようです。
『いつの日か、数字の6を示す痣を持った男児が、村に生を受ける。その男児、村を滅ぼす魔の者なり』
これが村に古くからある、言い伝えなのだそうです。
「そしてその言い伝えのとおり、痣を持つ子供が生まれました。そいつはデリミタという名の呪われた少年で、生まれつき高い魔力を持っていました。森が襲ってきた日の前日から、デリミタの姿を見かけていません」
高い魔力を持った少年、デリミタ。彼がパクリン菌に感染した宿主で、ほぼ間違いなさそうです。
「デリミタです! あの悪魔が私らの村を襲ったんです! 私の息子も殺されました。デリミタは昔から他人の食糧を盗んだり、村の子供たちをたぶらかして悪さばかりする子でした!」
「だいたい! 痣を持つ子供が産まれたら、すぐに殺すのが村の総意だったんだ。デリミタの母親が泣きつくものだから生かしてやったのに、恩をあだで返しやがった!」
最初に話を始めた男性に続き、あとの二人が声を上げました。村人三人の怒りは収まる様子を見せず、デリミタという少年への嫌悪と憎悪をあらわにしていきます。
そんな彼らを見ていると、私は悲しくなってしまいました。
デリミタという少年だって村の仲間のはずなのに、悪魔だと言われて蔑まれている事実が残念でなりません。
「兵士団の方々! どうかあの悪鬼を打ち滅ぼし、私たちの無念を晴らしてください! よろしくお願いします!」
男性が最後にそう言って、三人そろって頭を下げました。
私の心が苦しくなります。私は、何か言葉を返さないと駄目だと思いました。でも、返すべき言葉が思いつきません。
「なるほど。貴重なお話をありがとうございます。これで、宿主の人物像もほぼ特定されました。あとは我々にお任せください」
プリングさんが村人さんたちにそう言うと、彼らは深くお辞儀をして、酒屋の出口へ向かおうとしました。
「勘違いしてもらっちゃ困るぜ、おっさんたち」
突然大声を出したのは、アグラさんでした。アグラさんの一声で、酒屋全体が静まり返りました。村人の三人も足を止めて、驚いた顔でアグラさんのほうを振り返っています。プリングさんも兵士のみなさんも、全員がアグラさんに注目しました。
「俺たちは悪魔討伐をしに来たんじゃねえ。病気で苦しむ患者を治しに来たんだ。そうだろ、クランベル」
そう言って微笑んでくれるアグラさんに、私は少しだけ勇気をもらいました。大きく一回深呼吸して、私は言いました。
「はい! 私たちは診療所の人間ですから」
村人の三人は、恨みが込められたような目で私を睨んでいました。場の空気が重くなり、酒屋全体を沈黙が包みます。
ため息をつくような声で静寂を解いたのは、プリングさんでした。
「治せますかな。確かにパクリン菌は、投薬によって簡単に死滅できると聞いています。しかし今回の場合、投薬そのものが困難である可能性は非常に高い。討伐も視野に入れておく必要はあるでしょう」
アグラさんは鼻で笑いましたが、否定はしませんでした。
村人の三人が不貞腐れたかのような顔で、誰にでもなく会釈をしました。そしてプリングさんに見送りを命じられた兵士さんとともに、酒屋を出て行きます。
私は無意識的に走りだし、酒屋の外へと飛び出しました。村人の三人が、背中を丸めてうなだれるように歩いています。
「あの!」
声をかけると彼らは立ち止まって、再び私を睨みつけました。
彼らの手に握られたランタンの光で顔に影ができ、憎しみの表情が浮き彫りにされているように見えました。
「デリミタ君という少年は、病原菌に操られているだけなんです! 悪いのは病気なんです。だから、憎しみに身をゆだねないでください。あなた方のこれからを大事にしてください!」
彼らは黙ったまま、立ちつくしていました。しばらくして、我慢できなくなったかのように村人の女性が言いました。
「子供のくせに、偉そうに説教しやがって! あんたらなんかに、村を滅ぼされた私らの気持ちがわかるもんですか!」
唇を震わせて涙を流す女性に、これ以上かけられる言葉なんてありませんでした。
暗い夜の街へと消えていく彼らの後ろ姿を見つめながら、私は願いました。願うことしかできませんでした。
どうか、これからの彼らの人生に、幸あらんことを。
「あとは彼らの問題だ」
いつの間にかストラツさんが隣に立っていて、私の頭にそっと手を添えてくれました。
「君は君で、自分のやりたいようにやるといい。それがデリミタという少年を救うことであるならば、俺もアグラも全力で手助けしよう」
「まあ俺たちにできることなんて、剣を振るうことだけだがな」
振り返ると、アグラさんが酒場の入り口のところで壁にもたれて立っていました。
二人の笑顔がとても心強くて、どんな困難も打ち破れるような気にさえなってきます。
「とりあえず飲み直そうぜ、クランベル」
元気づけてくれるのはありがたいのですが、私の年齢ではお酒はちょっと……。
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