X-Day

 それから、一ヵ月。

 

 私が帰宅すると、家の中から騒々しい機械音が鳴る。


 「オカエリナサイ、コージローサン」


 ピピポーピピッ。と、電子音の間に混じって、それは私に挨拶する。

 「ただいま、ママンドロイド。

 『ユグドラシル』と『ゴトーさん』から、何か連絡は入ってるかい? 」


 ほんの少し、その言葉で彼女は動きを止めると、私に向きなおり返答した。

 「イイエ、ナニモトドイテオリマセン」


 私は、軽く溜息をつくと。

 「そうか、わかった」とだけ、呟き、自分の部屋へ向かう。


 「アッ‼ コージローサン‼ ホンジツノユウショクガマモナクデキマスヨ? 」


 「ごめん、今日は満腹中枢刺激装置でいいや」

 それだけ言うと、彼女は何ももう追求しない。

 主の『命令』に意見などしないのだ。


 部屋の低反発マットレスに身体を預けると、体内ナノマシンの操作を始める。

 満腹中枢刺激の命令だけでなく。記憶復元装置もいじる。

 その日付は。


 私の味覚に直接脳から刺激が送られ、舌鼓を打つ。


 「かあちゃん……」その味に、思わずボソッと、声が漏れて少し慌てたが、すぐに気付く。聞かれて困る相手……いや、この時の我が家には『相手』などがそもそも存在しない。


 母は、あの日よりずっと『ユグドラシル』の研究室兼病室で、手術の経過観察を受けている。

 その内容自体が機密事項の様で、当時の私にも一切母の状態は明かされなかった。

 代わりに、私の家にあの『ママンドロイド』という生活介助ロボットが援助として贈られた。

 外見も、声も母とそっくりに出来ると言われたが、私はそれを断り、なるべく人と掛け離れた外見と、声質にしてもらった。

 機械と、母を一緒にされるのに強い嫌悪感を抱いたからだ。


 あの機械は、母とは違う。


 食事を断っても、怒って痛くもない拳骨をして来る事も無い。

 学校をさぼっても、何も聞いてこない。


 ボーっと、部屋の天井を眺めていると、私の連絡端末にメールが入ってくる。

 飛び起きると、すぐにそれを開くが、期待とは違う相手にがっくりと肩を落とした。


 『アリタカ君。明後日の社会見学の宿題。『ユグドラシル』で働く人達への質問を明日までに考えておいて下さい。色々お家の事も大変だと思いますが、学校の勉強も頑張ってください。明日、確認しますので必ず、考えて来て下さいね。 先生より』



 …………そう言えば、誕生日の前くらいにそう言う話をしていたな。

 あの頃は、憧れの強い男性に、色々と訊きたい事が有ったが………


 私は、水蒸気立体モニターを宙に広げると、ワードアプリで質問の文章を綴っていく。


 『俺の母ちゃんは、元気ですか? 』

 『母ちゃんは、目を覚ましましたか? 』

 『母ちゃんは、いつお家に帰ってこれますか? 』


 書き終わった後、少し笑いを溢しながら、私はそれを全て消去した。





 二日後。

 学校のグラウンドで全校生徒が整列、点呼を行い、低学年と、それを引率する高学年から順に、学校を後にした。

 しかし。

 周囲の生徒が、明らかにその時の私を見てきているのを感じた。

 それもそうだろう。彼女達にとっては下手をしたら『初めて見る生の男性』である可能性が高いのだ。

 だが、当時の私には、本当にこれがストレスだった。


 『ユグドラシル』に到着するまでの2時間の道のりで、引率の5年生に、うんざりする程同じ様な質問を受けた。


 「ねぇ、男の子って、女の子とどう違うの? 」

 「立ったまま、おしっこ出来るって本当? 」


 恥じらいもくそも無い。

 中には、どう違うのか見せてほしい。とかまで言ってくる女子も居た。


 私は、愛想笑いと失笑の中間の様な表情のまま、ずーっとそれを聞いていたので、到着しても暫くは、表情が変えれなかった。


 「それでは、ここからは学年ごとで別れて、基地内の見学に入ります!

 こらっ‼ そこの6年生‼ 私語をしない! 」

 教員のボスっぽい、体格の大きな女教師がそう言うと、バラバラと生徒達が動き出した。


 その時、ふと思った。

 このどさぐさに紛れて………母が居る筈の部屋までは入れないだろうかと。


 思った時には、既に行動していた。


 体内ナノマシンのGPSを遮断して、一応先生には『トイレを探してます。漏れる漏れる』とメールを入れておいた。

 が、そう長くは保つものでもないだろうと、この時でも感じていたものだ。


 廊下を歩く基地関係者の人が見えると、なるべく自然に振る舞う。今日は社会見学。という事は伝わっている筈だから、こそこそするのは、逆に怪しまれる。と私のナノマシンの知識補助システムが判断したからだ。


 しかし、この先はそうもいくまい。

 目の前の扉は、完全オートロック式の巨大な自動ドア。その横には『関係者以外、立ち入りを禁ず」と、でかでかと書いてあった。

 多分、母はこの先に居る。何故か、私はそう決めつけていた。


 そう、思って、次に『どうやってここに入る』かを考えて立ち尽くしていた時であった。


 目の前のその扉が、見た目の重量感とは裏腹に、余りにも軽快に横に開いたのだ。


 「いっけない。忘れ物。忘れ物。」

 そして、そこから、卵色のような、薄い黄色の白衣を着た汚い………男性が飛び出してきた。

 私は、思わず身体を横にして、その人物を避けた。


 そして、驚く事実と幸運に、胸を高鳴らせた。

 今、ここには特に見張りも居る訳でなく。しかも、出て来たあの汚い男性も走ってこの場を離れている。

 目の前の扉は、少しずつ、ゆっくりと閉じていく。


 私は、次の瞬間。その扉の狭間に、身体を滑り込ませていた。


 ガリガリと、少し身体を擦ったが、何とかその扉の向こうに行けた。


 「やった………! 」

 喜びもつかの間、私は冷静に一旦物陰に身を潜めた。

 折角通ったのに、もし見つかればこの幸運は、水泡に帰すという事は、理解出来ていたんだ。

 現に直後。少し離れた廊下の角から、低い声質の話声と、重い足音が聞こえた。


 「しかし、困ったもんだ。セセラギの奴。まるでガキだぜ」

 「ようわからんが、天才と何とかは紙一重と言うしな。

 まぁ、俺達には理解出来ん領域なのは、間違いない。大脳、小脳、脊髄、延髄。生きたままの人物に、そこに管を通して、機械と繋げるんだぜ。

 正気の沙汰じゃないのさ」


 足音と声が、すぐ隣まで迫っていた。


 「あの、実験体…………結局どうなんだ? サルの頃から、手術には成功したが、植物状態になるのも、少なくなかったんだろ? 何で、女どもを根こそぎ実験に使わなかったんだろうな? 」


 その言葉に、思わず、私の身体が反応してしまった。


 「ガゴッ! 」

 そして、隠れていたその物陰に、迂闊にも足をぶつけてしまったのだ。


 「…………? おい、何の音だ? 」


 「………そこら辺から、したな………」

 足音の元は、そう言うと、緊張感を露わにして腰の方から何かをカチャカチャと鳴らして摺り足に切り替わって近づいてくる。


 もうだめだ。と、その時私は観念した。

 母に会いたい。という気持ちが溢れだし、涙が零れそうになった。

 その時だった。



 「いやーーー二人とも、ごめんごめん。

 なんか、向こうの棟に子どもがいっぱい来ててさー。

 見てたら、ついつい遅くなっちゃったよー」


 扉が開いた音には気付かなかったが、その軽薄なトーンの大声に、驚きのあまり、叫びだしそうな自分の口を押さえていた。


 「んあ? なに? 何で二人とも警棒なんて構えてんの? 」

 

 「セセラギ博士。驚かせないで下さいよ」

 「ん? 僕、なんかした? 」


 そこで溜息が、二つ聞こえた。


 「何でもないですよ。それより早く、会議室に向かいましょう。どうやら西の大陸の方で、新種の『宇宙外生命体』が出没し始めたようですよ」


 「ええ? 何それ、聞いてないよ?? どんなの? どんなの? 」


 二つの重い足音が離れていくと、その後から。

 「ね~、二人とも~~待ってよ~~その、新種の事を教えてよ~~」

 と、甲高いトーンの声を放ちながら、その人の気配は去っていった。


 「ふ~」と、思わず大きな溜息と、気分を害する冷たい汗を拭って、そこから出ると、私は、ナノマシンの赤外線物索敵装置を立ち上げ『全く動いていない横になった人物』を探した。



 そして、それは。

 面白い程、呆気なく見つかった。


 角を二回曲り、長い階段を登った先。


 一気に、人の気配が多くなるその階。しかし、その部屋だけは明らかに異質だった。

 もう一度ナノマシンを作動させる。

 間違いない。隣の部屋と奥の部屋には、せわしなく、幾つもの人影が確認出来た。

 その意味する事。

 私は、震える自分の手と、荒くなる呼吸を抑えようともせずに、手を伸ばして……





 「一体、どうやってここまで入って来たんだい? コージロー君………」


 「⁉ 」

 思わず、引いた私のその手は、手首の所でがっちりと掴まれていた。


 「ご、ごめんなさい…………でも………でも………」

 声を放つよりも先に、鼻腔の奥に痛みが走る。でも、ここで泣き出す訳にはいかない。と思った。人が集まれば、ゴトーさん………何よりも、この部屋にいるであろう母にも迷惑をかける事になると直感した。


 「…………すぐに、戻るんだ。

 お母さんの事は、何かあれば、必ず私が君に伝えるから………」

 そう言うと、ゴトーさんは、折れてしまった橋の様に、眉を傾かせ、全く動かないのに、ちっとも痛くないその手を離した。


 見つかったのがゴトーさんだという事もあって………私の心には、意外にもすんなりと『諦め』が満ちようとしていた。





 『緊急招集。緊急招集。

 真方まがた 康介こうすけくう戦闘員隊長。直ちに、西棟会議室へ。

 繰り返す。

 真方空戦闘員隊長。直ちに西棟会議室へ。』


 そんな時、その放送が基地内に響いた。

 



 「ひっ! 」

 次の瞬間、私は恐怖のあまり、そう小さく悲鳴を挙げた。


 眼前の青年が、見た事の無い程の形相で、虚空を睨んでいたからだ。


 それは、こういった場所では珍しくない。


 いわゆる、暗号放送なのだ。


 この基地で、空、陸、海で、戦闘員は、分けられてなどいない。

 全ての戦闘員の隊を束ねるは、五頭 軍治その人なのだ。


 「いいかい⁉ コージロー君‼

 すぐに、最初来た棟の地下のシェルターに行くんだ‼ 」


 「え⁈ ちょっ、ちょ、ゴトーさん‼ 」


 もう、私の言葉が発せられた時には、彼はまるで風になったのではないかという程の速度で。

 目の前から、その大きな姿を消し去っていた。





 ――――――――――

 

 「緊急信号emergency signを聞いた。一体何事だ‼ 」


 「遅いよ。ゴトー君。

 そもそも、5分前から会議室に各部署の代表者は会議の予定だったろ?

  …………さては、また愛しの女神様の寝顔でも見に行ってたのかい? 」



 「……………セセラギ博士。今は真面目な時だ。

 会議に遅れた無礼は、後に謝罪します。それで、一体何が起きたのですか⁉ 」



 「私から、説明しよう…………」


 「支部長…………‼ 」

 「おやぁ? 確か本部の方に、出張中じゃ……? 」



 「そうだ。事態が事態という事で、現在、本部の緊急会議から外れてこちらに連絡をさせてもらっている。

 いいか、落ち着いて聞くのだ。


 南の大陸の人物が、全滅した」


 「‼ ⁉ ‼ 」


 「何ですって…………? 」

 「南の大陸には、人物で最強と名高い『グルンガスト』将軍が居た筈だよね? 彼をもってして………その結果だったのかい? 支部長………」


 「…………セセラギ博士。恐らく、前に君が言っていた時が来たのだ………」


 「………‼ 新型………」



 「いや…………それにしても、あまりにも力の差が出過ぎているよ…………

 僕の予想ではこの速さは無かった。

 どうやら、向こうさん。何か事情が変わったようだね。

 …………それも、こちらには、最悪な都合の様だ…………」


 「ふざけている‼ くそう‼

 やろうと思えば、初めから、我々を消す事等、わけ無かったという事か‼ 」


 「落ち着くんだ。

 今は、残った

 『ユグドラシル』でこの強大な相手への対策を考えるのが最優先事項だ。」

 

 「流石だね、ゴトー君。」







 「…………何だ? 」


 「支部長、どうされたんですか? なにやら背後が騒がしそうですが……」


 「………‼ 」

 「⁈ ………‼ 」



 「………き、北の大陸と、西の大陸も……………

 連絡が途絶えたそうだ……………

 最後の情報は『奴らは、信じられない力を手にしている』だそうだ………」


 「な………北と西の大陸国まで………? 」


 「この星の人物数の、7分の1程が、この僅かの時間で、駆逐されたと言う訳かい………悪夢の様な冗談であってほしいけど………現実…………なんだね………」



 「ピオンッ! 」


 「? 強制割込み通信? 」


 「…………やあ、中央島国の諸君。突然すまない…………よかった。まだ、そちらは無事の様だ。」


 「李馬さん⁉ 」


 「一応、この通信は、そちらの国全土に流しているが………もう既に聞いているだろう? そこで、東の大陸国は、国王の指示により私がこちらの『ユグドラシル』の全権を得る事になった


 そこで、私は決断したよ。


 五頭 軍治。


 君に、我が国の全戦力を預ける。」


 「⁉ 」


 「当然だろう。それが、この星の………人物……いや、生物が生き残る為の………最善策だ……」


 「だ、だからって………東の大陸の戦闘員の数は、こちらの数十倍の筈………いきなり、他国に統率されろと言って、出来る訳が………」


 「承知した。」


 「⁉ ゴトー隊長⁉ 」



 「流石は、星の三雄の一人……五頭 軍治だ。

 話しが早いのは、正に金の価値だな………

 では、申し訳ないが、恐らく我々人物の命運も、もうそうゆっくりとは出来ない筈だ。

 高速ロケットシステムで、第一陣の戦闘員をそちらに向かわせる。」


 「………? 待ってくれる? 李馬さん………何で、こっちに向かわせるの? そうしたら東の大陸が………まさか…………」


 「…………」


 「そうだ。こちらのレーダーで捉えた限りでは………

 次に奴らが向かっているのは、そちら。

 中央島国だ。」


 「…………‼ 」


 「時間の猶予は、どのくらいだ? 」


 「南の大陸が壊滅された後の動きから…………

 奴らは信じられない速度で移動している。

 その計算によると………恐らく、数時間後には………」


 「す、数時間? た、大変だ‼ すぐに国民に避難指示を出さなければ‼ 」




 「……………ゴトー君…………」



 「戦闘員に、報告してくる。

 …………セセラギ博士…………私の『アマテラス』を、例の調整で、準備しておいてくれ………」


 「いいかい? ゴトー君。生きて帰ってくるんだよ。

 僕は、まだ君にお礼を返しきってないんだ」



 「…………無論。死ぬつもりなどありませんよ………」







 「…………そう言えば、セセラギ博士…………む? ゴトー隊長は? 」

 「李馬さん。もう、行きましたよ。彼は」


 「そうか…………今回の戦闘………例の……新型は……『タイヨウ』は………間に合いそうなのか? 」


 「………装着可能者の、意識がまだ、戻っていません。

 戻ったとしても、数時間では、試運転もままならないでしょう……」


 「そうか………わかった。今回の戦闘ではその戦力は計算から外しておこう」

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