絶望

 「こわいよ~」

 「ママー」


 私は、身を横にする事も難しいくらいの人物でごった返していた支部基地の地下シェルターに居た。かれこれ、もう4時間程が経過していた。

 不可思議な事と言えば、体内ナノマシンの通信機能が遮断されていた事だ。今思えば、国が混乱を避ける為に行った事だったのだろう。


 私は、気が気でなかった。


 あの、ゴトーさんの焦った様子、そして今のこの事態。

 少なくとも、基地周辺の全ての住人が、こちらに避難している様に思えた。


 「これ………まるで8年前の………」

 「しっ‼ 子ども達に聞こえる‼ 」

 引率の教師が、そう言っていたのが聴こえた。


 8年前………

 この星が、宇宙外生命体から攻撃を受け。

 そして、父と母が出逢い。

 私が、生まれた。


 地上で、何が起きているのか。

 それは、この時の幼い私でも、それらの情報から、予測がつくものだった。


 「すいませーん、入れて下さーい」

 扉近くのモニターから、女性の高い声が聞こえた。


 「は~い、ちょっと待って下さい」




 「………まだ、入るの? このシェルターじゃ、もう限界じゃない? 」


 扉が開いた瞬間、入れ替わる様に、私はそこを飛び出した。


 「キャ、何⁉ 」

 「アリタカ君⁉ ま、待ちなさい‼ 」


 そう言われて待つ気はない。

 もし、地上で何かが起こっているのなら。

 母は? 動けない母は、どうなる?


 「母ちゃんを助けなきゃ」

 声に漏れる程の決意だった。


 だが、地下への階段を登った次の一瞬。


 私を支えていた足場が吹き飛んだ。


 何が、起きたのか、理解したのは、次に顔を挙げてその光景を目の当たりにした時だった。


 「あ………あああ………」


 先程までの、複雑に入り組んだ支部基地の姿はそこには、なかった。

 壁や、屋根が崩れ落ち、淀んだ灰色の空が一面に広がっていた。


 しかし、そこに在るべきそれが無くなっていた様に。

 そこには見た事も無い物が聳え立っていた。



 「なんだ? あれ…………」


 外から支部基地や、ビルを見上げた時よりも、それは大きく感じた。


 「動いている? 」


 そう、それは、よく見れば人の形にも見える。言うなれば『巨人』か。いや『機械人』の方が私にはしっくりときた。


 「おい⁉ 子どもがいるぞ⁉ 」

 「待て‼ 男だ⁉ 訓練生か? こんな所で何をしている⁉ 持ち場につけ‼ 」


 逞しい身体を、ゴテゴテした鎧の様な……今ならそれが『アマテラス』だったのだと知っているのだが。それに身を包んだ男性が、二人。私の肩を掴むと、無理やり歩かせようと抱え上げた。


 「ち、違うんです。ぼ、僕は一般人で………」


 「ダギュンッッ‼ 」

 「ひっ⁉ 」


 耳を裂く様な音が響くと同時に、私の右方に居た男が、倒れた。


 「さ、サナダさん⁉ ちっくしょーーーー」


 そう叫ぶと、左方に居た男性戦闘員が、掌をあの、巨大なモノに向け、そこから弾丸の様な物を発射した。


 「死ねぇ死ねぇ死ねぇ‼

 ちっくしょう、何なんだよ、お前らはぁあああぁああ⁉ 」


 「うわあああああああ‼ 」

 火薬の爆発する音の恐怖に、私は、耳を押さえてしゃがみ込む。


 「⁉ 」ふと、上空に陽を遮る影を感じた。

 そして、同時に私の身体に、熱い何かが降り注いだ。


 恐る恐る顔を挙げると、先程の巨人によく似た、人物と同じくらいの小型のそれが。弾丸を発射していた男性の身体を、何か刃物の様で貫き、宙づりにしている光景が映った。


 「あ、ああああ………」

 やがて、男性の首が「ガクッ」と落ちる。それを待っていたのか、直後それは、刀の露払いの様に、男性の亡骸を乱暴に捨てた。


 私は、それを見ながら恐怖で逃げ出そうとするも、脚が全く動かなかった。腰から下の感覚が無くなり………ただただ、震えていた。


 すると、それは「ギギッ」と私に顔の様な物を向け、再び、刃物を構えた。


 「う………あ………あ………」

 「ドゴォンゥゥゥ」

 「うわぁあ⁈ 」



 痛みを覚悟していた私に注がれたのは、轟音だった。


 「…………なっ‼ そ、そこに居るのは、こ‼ コージロー君か⁉

 バカな‼ こんな所で、何をしているんだ‼ 」


 アマテラスのフェイスシールドが、素早く開くと、見覚えのある顔がそこに在った。

 「ご、ゴトーさん………‼ 」


 彼は、私の近くに駆け寄ると、右手を耳元に当て、何かを喋る。


 「すぐに、助けの部隊が来る。それまで、物陰に隠れていなさい」


 だが、そんなゴトーさんの声よりも、私には、注目すべきものがあった。


 「ゴトーさん‼ 後ろぉお‼ 」


 その声の刹那「ガキィイン」と、金属がぶつかる火の出る様な音が響く。


 「あの一撃では、起動不能にはならないか………

 流石は……新型。というべきか」

 ゴトーさんは、冷静に、そんな事を呟く。よく見ると、あれは先程とは違い、右半身部分が、グシャグシャになって、内部の機械類がショートを起こし始めていた。


 「もう眠れ‼ 」そう言うと、同時に、あれは吹き飛んだ。全く見えなかったが、どうやらゴトーさんの突きが放たれた様だった。


 その直後。


 「お~~~い、ゴトーく~~~~ん」

 と、間の抜けた声が、こちらに近付いてきた。


 「なっ⁈ せ、セセラギ博士⁉ な、非戦闘員の、貴方が何故、こんな所へ⁈ 」


 その声に、一番反応したのは、意外な人物。そう、ゴトーさんだった。


 「そりゃそうさ。僕が、リアルタイムで戦闘情報を把握したら、そのまま君達『アマテラス』部隊に、最新バックアップデータを送信できるだろ? この戦闘に勝利する可能性が大分上昇するじゃないか‼ 」


 「流れ弾にでも当たって、貴方が負傷すれば、それこそ、我々の勝ちの目は消える‼ 」

 その時、初めてゴトーさんが感情的になっている姿を見たんだっけな?


 だけど、セセラギ博士は、そんなゴトーさんの様子にも動じず、当たり前の様に言ったんだ。


 「おいおい。ゴトー君。この戦いで敗走なんてなったら、それこそ、全人物の消滅を意味する事だろう? だったら、僕が安全な場所で待機していたって、意味が全く無いじゃないか? 」


 その時の私には、その本心は全く理解出来ないその答えだったが………そう、彼もまた命を賭していたのだ。この星の者として。


 「それよりも、ゴトー君、この子が例の? 」


 そう言う彼を見て、ようやっと私はこの人物が、あの時、あの扉から出て来たせわしい男性だったと気付く。


 「ん? なに? え? 僕の顔に何か付いてる? 」

 「セセラギ博士は変ですから、コージロー君も戸惑っているんですよ」


 「ひ、人を変人呼ばわりかい⁉ 冗談キツイな。ゴトー君‼ 」


 その場に居た私を含め、二人以外の人物は、皆呆気にとられていた。この二人は、この状況でも一切悲観していないのだ。



 「さあ、その子を、安全な所に頼…………」

 その、ゴトーさんの言葉が言い終わらない内。


 「ガギキキィイイイィン」

 と、甲高い音が響く。

 そして、その音の理由を見て、その場の全員が文字通り凍り付いた。


 先のあの、巨人の至る所が開き、そしてそこからまるで卵からかえる虫の様に、うじゃうじゃと、先のあれが湧き出て来たのだ。


 「し、信じられない。新型がまだ、あんな数………」

 「ゴトーさんでしか、対抗出来ない位の強さなのに………」


 「諦めるな‼ セセラギ博士‼ 皆に私の『アマテラス』のデータの共有を‼ 」

 「正式には『アマテラスVer・Revアギト』だね‼ 」


 そんな事を言いながらも、セセラギ博士は素早く水蒸気立体パネルに何かを打ち込んだ。次の瞬間。


 「‼ 」

 「こ、これは‼ 」

 同時に、周囲に居た『アマテラス』を装備した戦闘員が驚きの声を挙げた。


 「新型の攻撃時の癖。そして、耐久力。攻撃速度を、先の戦闘時に記録しておいた。並びに『アマテラス』のOSも、更にセセラギ博士が改良してくれて、反応速度も向上している筈だ」


 「………勝てる………‼ 」

 「これなら…………勝てるぞ‼ 」


 場に居た戦闘員達の士気が一気に高まっていくのが、手に取る様に分かったんだ。


 「行くぞ‼ 私に続け‼ 」

 ゴトーさんのその声に続き、けたたましい地鳴りの様な雄叫びが挙がる。


 「さっ、じゃあ僕達は少し離れて観ていよう。もし、ヤバそうになったら、逃走出来る距離に、君は居なけりゃね」


 そう言うと、彼は私の手を引いた。

 「母ちゃんの所に、行ってもいいですか? 」

 思わず、口を突いて出た言葉だった。


 「母ちゃん? …………あ、母親の事か‼ え………? 君のお母さんって………」

 そう言うと、セセラギ博士は体内ナノマシンで私の顔データを、検索し。

 そして、大袈裟に驚いた。


 「ぬわぁああああ‼ き、君はアリタカさんの息子さんだったのかーーー‼ 」



 「ダダダダダダダダダダダダ‼ 」

 だが、それ以上の会話は、痛烈な戦闘音によってかき消されてしまう。



 「息子君‼ こっちだ‼ 」


 セセラギ博士に手を引かれて、瓦礫の物陰に入ると、彼は続けて白衣から何かを取り出した。



 「ふっふっふ。説明しよう。

 このカプセルには『アギト・ソロモンドーム』と呼ばれる、超硬化型分子結合網が半径1メートル範囲で、入っているのだ。

 まぁ、簡易型携帯シェルターだと思ってくれたらいいよ」


 そう言うと、彼は嬉しそうに、そのカプセルのスイッチを押して、手前に投げる。



 「…………心配ない。息子君。

 ゴトー君が奴を倒してくれるよ。

 そうすれば、お母さんにも、必ずゆっくりと会える日が来るはずだ」


 そう言うと、彼は初対面の時よりも、ずっと頼りがいのある笑みを私に向けた。


 「ごめんね。怖いだろうけど『アギト・ソロモンドーム』の中が、シェルターに次いで安全の筈だ。ゴトー君が仕留めるまで、ここで我慢しておくれよ‼ 」


 そう言うと、彼は戦況を穴が開く程見つめ、そして常に何かデータを立体モニターに打ち込んでいる。

 私は、何も出来ず。ただ、彼の白衣を力強く握っていた。


 ――不可解おかしい。


 戦況を有利に進めながらも。ゴトー隊長とセセラギ博士はこの時、そう思っていたそうだ。

 確かに、新型は今までの『宇宙外生命体』に比べて手強い。

 だが。

 南の大陸には、ゴトーさんと肩を並べる豪傑『グルンガスト』さんが居た。

 彼率いる南の大陸の『ユグドラシル』が消滅させられた事実は。

 この目の前の真実と矛盾する。



 ――何かある。



 「やった‼ あの大群をほとんど仕留めたぞ‼ 」

 ゴトーさんの圧倒的な力と、セセラギ博士のサポートで、新型の脅威はほとんど消え去っていた。

 現実。先程までの悲惨な空気は、最早熱すぎる程の熱狂へと変化していた。



 「よし、後は、あの新型を放出しまくる、デカブツを落したら、お終いだぜ‼ 」


 「まっ‼ 待て‼ 陣形を崩すな‼ 」


 しかし、そのゴトーさんの忠告は、弾幕の音によって打ち消された。




 「おらぁああ‼ デカブツめ‼ 沈………え? 」


 「プチン」


 「え? な…………」

 「バシャン」


 先程の戦闘員達の熱狂が、水を打ったように静まり返る。


 「な……………

 何たる…………速さ………」


 巨大な生物というのは、その姿を人物が持つ最も優先される情報『視覚』によって多くの情報を得られるという、弱点を持つ。

 だけど、この場に居た者は、皆。

 その巨人が、どうやって『アマテラス』戦闘員をカトンボの様に潰したのか、全く見えていなかった。



 「やられた」

 私が居る事を忘れていた様で、セセラギ博士はまるで当たり前の様にそう呟いた。



 ――こちらが…………

 ――この巨大な方が………奴らの奥の手か………


 「セセラギ博士‼ やられた戦闘員の『アマテラス』から、奴の情報は、何か引き出せていないのか⁉ セセラギ博士⁉ 」


 「もうやってる‼ ゴトー君、今は戦闘員を、奴から引き離す事を考えていてくれ‼ 」


 「了解し………‼ 」




 その時の光景は、まるで悪夢の様だった。

 先程まで、圧倒していた相手に、次々と戦闘員が惨殺されはじめたのだ。


 その相手は、巨人だけでなく。

 人型のあれも、先程の動きとは比べ物にならない速度で次々と、戦闘員をその凶刃に掛けていく。

 「こ…………こいつら………」


 「奴らは、僕らと同じ事をしている………‼ 」

 後になって、意味を聞いた。

 そう。

 ゴトーさんとセセラギ博士が、戦闘を有利に進める為にしていた。

 情報管理。そして、それによる最新情報への変換。


 それらは。



 相手も行っていたのだ。

 そして、奴らは判断した。

 「これなら、勝てる。駆逐出来る」と。


 「く………そ………」


 次々と屠られる仲間を見て、ゴトーさんは歯が折れる程、歯軋りをしていた。


 「やめろおおおおおおおおお」

 そして、飛び込む。


 相手の一体に、致命的一撃を与えると、ゴトーさんはすぐに、近くの襲われている仲間の元へ飛ぶ。

 しかし。

 「ゴトー―ーーーーくーーーーーん‼ 」


 セセラギ博士の叫びと同時に、遠く離れた私にも聞こえる程。


 「バチン」と、何かが裂けた様な音が響いた。


 巨人が、飛ぶ虫を叩き落とす如く。

 消える様な速度で飛ぶゴトーさんを、打ち落した、その異音だ。


 「ご…………とー………くん? 」


 しばし、心をどこかに飛ばした様子だったセセラギ博士は、すぐにモニターを開く。

 心電図や、バイタルサイン情報が開かれた。きっと、ゴトーさんのものなのだろう。と直感した。

 「よかった…………生きてる………」


 だが、私は疑問を覚えた。

 「よかった? 」

 私の言葉に、セセラギ博士は驚いた様に振り向いた。

 

 「ゴトーさんが、やられたんですよ? もうおしまいじゃないですか………僕達人物も皆、奴らに殺されます。一体、何がよかったんです? 」


 「息子君………」

 何かを続けようとして、セセラギ博士は首を振った。


 「母ちゃんに………会いたかったです。

 どうせ、無駄になるんなら………

 あんな手術………意味も、何も無かった………

 母ちゃんと…………最期にもっともっと

 話したかった………」



 気づくと、私は涙を溢していた。

 もう、どうにもならない事だと、どこかで理解していたからだ。

 そして、セセラギ博士をはじめ『ユグドラシル』の人物達に責任を押し付けて、自分の無力さの責任を転嫁した。

 我ながら、なんとずるい男だろうと今でも思う。

 母ちゃんが知ったら、きっと怒るだろうと思っていた。



 だから。

 怒ってほしかった。



 「ピルルルルル‼ 」

 そんな時、私達の近くで、そんな異音が鳴り響いた。

 音の方を見ると、人型のあれが、私とセセラギ博士に向かって、巨大な刃物を振り下ろそうとする、正にその瞬間だった。


 「息子君‼ 」

 セセラギ博士が、私の身体を抱き、そしてあれに、背を向けた。

 私は、ギュッと瞼を閉じた。


 死の覚悟だった。


 瞼の裏の暗闇に。


 母の顔が浮かんだ。




 母ちゃん。

 母ちゃん。

 かあちゃん‼


 「ごめんなさいいい‼ おかあちゃーーーーーーーーーーん」


 「ガギイイイイイイイイイイイイィィィン」

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