マイマム・イズ・マイヒーロー

ジョセフ武園

始まり

2166年。その時の私は、ただひたすらに退屈を噛みしめていた。

 

 「はい、じゃあこの問題、解る人? 」

 担任の女教師が、そう言うと、周囲で一斉に甲高い声が挙がる。

 それもそうだろう。


 この教室に居る28名のクラスメイトの内、女子が27名。つまり、私以外はそのクラス………いや、この全校生徒312名、そして全職員48名の内

『男』は、私と、用務員の職員の2名しか存在しないのだから。


 特殊戦闘部隊『ユグドラシル』が発足して以降、この日本を始め、世界の『男』は皆その隊員になれるように、幼少の頃から特別な教育機関に通っていた。


 え? じゃあ何故、この頃の私がそこに居ないのかって?


 …………それを語るには、私と、私の家族の話をしなければならない。


 では、少し場面を変えるとしよう。


 ここは、その特殊戦闘部隊『ユグドラシル』の地区支部隊区。


 いわゆる、肉体を鍛え、持久力、瞬発力、戦闘思考力。様々な英才教育が行われ、戦闘員の教育や、所轄内で宇宙外生命体が発見された時は、殲滅まで試験的に行っている。

 今や、この星の平安は、警察や法律、政治ではない。

 彼らによって支えられていたのだ。


 そんな精鋭とも言える戦士達の中に、不似合いな人物が、チラホラとみられると思う。

 そう、彼女達は『女性兵』だ。

 主にパワードアーマー『アマテラス』を装着して戦闘を行うのは『男性』であるが、先に起きた『男性迫害事件』によって、地区。いや、ひどい所では『国』として、男性が戦士として不足する程になっていたのだ。


 そこで、世界各国は『ある条件下』において戦士の数を確保する。結果。少数ではあるが『女性』が戦士として部隊に属する事となったのだ。


 そして…………話を戻す。


 そこで、賄い婦の如く、こき使われている小柄な、女性。

 それが、私の『母親』だ。


 因みに、先述に対してだが、私達の国は、男性人口の減少はあったが希望者でない限りは、女性戦士の募集は行われていない。


 だが数は少ないが、ユグドラシルに志願する者は居る。

 彼らの任務は『生命』のやり取りが日常茶飯事に行われる。

 その為、国の税金が彼らの報酬となっているのだ。


 もう幾年も前に他の国家組織は、事実上無くなっている為、税金の殆どがそれに回される。

 つまりは『給料』が破格なのだ。

 その分保険や休暇というものは期待してはいけないが、ここに居る人達は承知の上であるから、そう重要な事では無いのだろう。


 そういう事だから、私が子どもの頃、母親は運動会や授業参観等の学校行事には一切参加していない。


 以上から当時の私は、こう理解したのだ。



 母親は、この給料を目当てで私をユグドラシルに派遣しないのだと。



 ユグドラシルの給料は、訓練兵の時は全く入らないシステムとなっている。つまり、女性戦士であっても、子どもであった私が戦士と成長する間にそれを超える額を得る事が出来る。


 この時の私は、こんな仕事。それも『男』の職場にのうのうと給料目当てで。図々しく入り込んでいる母親に反抗心を抱いていた。反抗期だったのか。



 「先生。質問でーす。」

 「あら? ミーナちゃん、何かしら。」


 「なんで、アリタカ君は、男なのに、普通に学校に通っているんですか? 」

 教室の空気が一瞬止まった。


 私も、この時は思わず、どうしたらいいのか解らなかった。

 ああ、アリタカというのは、私の苗字だ。『小鳥無』と漢字では書く。因みに、フルネームは『小鳥無 光次郎こうじろう』という。


 思わず、私はその質問をした女子生徒、ミーナちゃんを睨み、そのまま女性教員の方に視線を動かした。


 女性教員は、初めこそ、口角を引くつかせていたが、やがて笑顔を浮かべると言った。


 「今でこそ、男の人は中々生活で見る事はありませんが。先生が子どもの頃は珍しいものでは無かったのよ。ミーナちゃんは『恋』って、知ってるかしら? 」


 「知りませーん。」


 「今はね? 皆人工交配で誕生する事が主流になってるけど、昔は男の人と、女の人が『恋』をしてそして、子どもが出来ていたの。それが、人物の相続の過程だったのね。」


 立ち上がっていたミーナちゃんは話をはぐらかされた事に気付いて、頬を膨らませ、着席してしまった。


 女教員の方は、ほっと胸を撫で下ろすと、時計を確認した。

 もう間もなく、本日最後の授業も終わる頃だった。





 「ただいま。」

 その日は珍しい日だった。

 「お帰り。コーちゃん。」

 私が帰宅した時に、母が在宅していたのは。今思い出しても、指で数えられるくらいだった。


 「………早いね。仕事クビにでもなった? 」

 私がそう言うと、母は、小さな身体を目一杯動かして。


 「グサァ‼ 」と自分で言うと、胸を押え、お道化ていた。


 「ふざけてないでさぁ。つぅかさぁ、母ちゃん………

 いい加減、俺も『ユグドラシル』の訓練兵に志願させてよ。」


 私が、こう言うと、いつも決まって母は、同じ事を返す。


 「駄目よ。コーちゃんは一杯勉強して、

 お母さんが入れなかったような大学に行って。お偉い人になるの‼ 」

 

 そう言うと、母親はもうその話を切断して、夕食の準備に入った。


 「飯作ってるの⁉ いいよ。適当に満腹中枢刺激装置で済ますから。」


 そう私が言うと、母はいつも怒って返してくる。


 「駄目でしょう⁉ 生物は皆食べて寝る事だけは誤魔化しちゃ駄目なの‼ 今日は、コーちゃんの大好きなオムライスにしたげるからっ。ほら、手を洗っておいで。」


 当時の私は、溜息をつくと、ランドセルを投げつけて、自分の部屋のある二階へと駆けあがった。

 

 おっと。書き忘れていた。

 何故、うちは母が、働いているのか。と言う所の説明だ。

 何となく、先の会話や状況で解ると思うが。

 私の家庭には『父親』が存在しない。

 まぁ、この時代に『父親』が居る事というのは、本当に極々稀な事であり、殆どの家庭が母親の細胞からによる、単X遺伝子人工着床で出来た。母娘の家族であった。



 私の場合の父親が居ない。というのは無論、『今』は一緒に住んでいない。という意味だ。でなけれ私が産まれる時は未来が無かった『男』に私が産まれる理由が無い。


 つまり、母はあの星が滅亡するかもしれない危機の中で父と恋に落ち、その男の、子を。つまり私を身籠ったのだ。


 そして、母が教えてくれた限りでは、父は八年前、つまり宇宙外生命体が攻めてきたその戦いで帰らぬ人となったらしい。ただ、この真相は母しか知らない。


 母親は、お世辞にも美人とは言えないし。まぁ、不細工でもない。一般的な女性の顔。と言えばいいのだろうか。目立つ事も無い。普通の女性だ。


 私は、母が父にいい様に言いくるめられたのだと思っていた。

 母は、人を信用しすぎるから。

 その証拠に『ユグドラシル』に配属になった当時、私の知らない『母の親族』とやらが毎日の様に家に訪れ、金を貸してくれと頼んでいた。

 母は、その人達に出来る限りお金を貸した。


 結果は、見ての通り。


 『ユグドラシル』の給料は、母の様な下っ端でも、先で記入した通り破格である。

 平均的な女性年収の大体7倍程支払われていると、当時の資料で確認している。


 それなのに、私の家庭は贅沢という言葉も知らない程、質素な生活なのはそれが理由であり、私は馬鹿でお人よしの母のせいだ。と憎んでいたのだ。


 そして、学校で受けるストレスも相重なって、私は結構ひどい反抗期を迎えていたのだと思う。


 「コーちゃーん⁉ ご飯出来たわよー⁉ 」

 下の階から聴こえる母の声を無視して、立体水蒸気モニターを開いて、ネットプラウザを起動させた。


 『母ちゃん。ウザいナウ』

 ほんの少しの間の後、返信が付く。


 『そうなの? 私、お母さんをそんな風に感じた事無い』

 『普通に、遺伝子の殆どが一致してるから、以心伝心だろjk』

 


 「…………こいつらも皆、女かよ。」

 吐き捨てる様に悪態をつくと、私はモニターを消去して、低反発マットレスに倒れ込む様に横になる。


 「ちょっと! コーちゃん! 何で、降りてこないの⁉ 」「ガラッ」

 この時は声の後に、戸の開く音が聴こえた。


 「ぎゃあっ! な、ば、ババア‼ か、勝手に入ってくんなよ‼ 」

 私は、飛び起きて悲鳴を挙げた。まぁ、この母の行動は、珍しい事じゃないんだけどね。


 「何言ってるの‼ 何? お腹でも痛いの⁉

 早く降りてきて、お母さんのご飯食べなさい‼ 」


 「め、飯食うか決めるのは、こっちの都合だろ‼ 」


 「ぽかっ」

 母が、私の頭を叩く。


 「お母さんが、せっかく作ったご飯を無駄にするの⁉

  お母さん、そんな食べ物を粗末にする子は許しません‼ 」


 「ぽかっ」

 

 私は、この痛くもない間抜けな拳骨が苦手で苦手で。

 「わ、分かったから。食うから。もうそれ止めれ。」






 「おいしい? 」

 母にしても。女性とは自分の作った物を相手に食わせている時に、こう尋ねてくる生き物らしい。まぁ……これも、私が結婚してから知った事なのだが。


 今ではこの問いの正解も知っているが。この時の私は確か、煩わしさを表情に出して、オムライスを掻き込んだんじゃなかったかな?



 「おいしすぎて、返事どころじゃない? 」

 そう言って微笑みを浮かべると、母は少し寂しそうに、料理機の片付けにキッチンへと消えていった。


 「……………うまいよ。」

 聴こえる様に言ってやればいいのにね。



 「ところで、コーちゃん。勉強はどう? お母さん、宿題見てあげようか? 」


 「いいよ。ババア、本当に見てるだけじゃん。」


 「お母さんに向かって、ババアはないでしょう‼ 」


 「ぽかっ」


 「だぁ~……それ、止めろって。」

 「謝りなさい。」


 私は、急いで母から距離を取ると「誰が、謝るかー」と言って部屋に籠った。


 まぁ、母と過ごす夜は大体いつもこんな感じで流れていった。

 今、思うとこの時、母はどんな表情を浮かべてたのか。とか。

 どう思って、眠っていたのか。

 考えると、胸がしくしくと痛む。




 翌朝、テーブルに食事が並べられ、

 脇に汚い字で書かれた母のいつものメモがあった。


 『しっかり、朝ご飯は食べる事‼

 コーちゃん。戸締りよろしく。お勉強も頑張るのよ』


 「たっく、たまに早く帰ってきたら母親面しやがって。」


 そう、文句を吐きながらも。私は残さず、その朝食を平らげた。




 母の部隊支部は、決して大きいものではない。

 しかし、この島国では都市に次ぐ功績を挙げており、高い戦闘能力を持った戦闘員が居る。

 その一人が、支部隊長の『五頭ごとう 軍治ぐんじ』さんだ。

 齢16にて『ユグドラシル』に入隊し、僅か2年で支部隊長になっている、この年隊長として4年目を迎えていた彼は、この島国で最も宇宙外生命体の討伐をこなしている、いわば『最強の戦士』としてこの星では、知らぬ者が居なかった程だ。

 身長198センチ、体重98キロの恵体に、美青年と言うに相応しい整った顔立ちに、おさげに結んだ亜麻色の髪が印象的だった。



 「小鳥無さん、すいません。また怪我人の治療に回ってもらえませんか? 」

 「畏まりました。」

 「すいません。宜しくお願いします。」

 ゴトーさんは、とても礼儀正しい方だったと、母から聞いていた。



 母は、その指示を受けると医療棟に向かう。

 そこは主に医療班、科学技術班、そして女性戦士が主に担当している。

 母も、医師から指示を受けると、戦闘によってダメージを負った戦士の治療を。場合によれば死を看取っていたらしい。



 「えーーーーーーーー。ゴトー君⁉

 今回の対象を生け捕りにしたって本当かーーーい? 」


 緊張感の張り詰めた、命のやり取りがある棟内でそんな大声を出したのは、科学技術班の『せせらぎ あぎと』博士だったそうだ。


 「ええ。」


 「いいなぁ、ねぇ、その検体‼ 科学技術班にも回ってくるかなあ? 」


 「え? いえ、恐らくは生体調査班に渡ると思いますが。」

 その言葉を聞くと、

 彼は、不潔に伸ばした髪と髭を両手で掻き毟っていたらしい。


 「はぁ~~~? 生体調査班んん?

 くっそー。

 上層部は何も理解ってな……いなぁ………

 ねぇねぇ、ゴトー君。検体。こっそり回してくんない? 」


 「理由は何です? 」


 「勿論、今後の対宇宙外生命体戦闘への貢献だよ。」

 そう言うと彼は、おおよそ『信頼』とは真逆の笑みを浮かべていたそうだ。


 「上に、言っておきますよ。」

 ゴトー隊長の言葉に、彼は襟元が黄ばんだ白衣を振り回して、それはそれは喜んだそうだ。


 「イィィィィイイイイィッヤッホォォォオイ‼

  流石はゴトー君だぁ。見どころあるよぉ、きみぃ‼ 」


 「セセラギ博士………ただし、生体調査班の解剖調査の後になりますよ。」


 「おんっ‼ 構わないさ。彼らに奴らの真相を暴けるとは思えないしね! 」


 「…………成果を期待しています。」


 母は、そこで殉職者の看取り、負傷者の治療が済むと、棟の裏で涙を流していたそうだ。


 しかし、いつまでも泣いている訳にはいかない。

 母は、真っ赤に腫らした目のまま、雑用任務に戻っていた。

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