#吉岡雛子は怒らない-Bullet Girls II-(1/3)

 あたし、吉岡雛子は怒らない。「怒る」ということがあんまり好きじゃない。

 50人、正確には53人のコドモ団の団長をやっているので、仕方なく強硬手段にでることはあるがそれはそれ。あんまり力づくで言うこときかせるのは好きじゃない。

 それというのも恐らくは、ある時期を境にお母さんに毎日こっぴどく怒られるようになってしまったからかも知れない。

 あたし、間違ってる――?

 どんな場面でだって、ちょいとシリアスになってしまえば考えてしまう。もし誰かを叱りつけて、それであたしの方が間違っていたとしたらどうしよう? あたしはもしかすると自分の意見に自信がないのかも知れない。きっと見た目からは想像もつかないって言われるだろうけど。

 そんなあたしは、正確にはあたしたち3人は怒られていた。それはもうこっぴどく、日本刀で。

「死ね」

「きゃぅうッ!?」

 爆速で一瞬前あたしの首があった場所の大気を破裂させる日本刀、目の錯覚みたいにほとんど視えない。風圧から推理しているだけだ。

 と、と――とバランスを崩してあたしは地面に倒れこむ。背中を二人の少女に支えられた。

「だ、大丈夫、雛子ちゃん!?」

 おしとやかな優奈ちゃん。今日も美人なあたしの友達が、いまはパニック起こして目に涙を浮かべていた。

「………危うい。魂を斬る剣だった」

 ボソリと冗談なんだか本気なんだか分からないことをぼやく香澄ちゃん。いつも通り仄暗い。

「って、」

 あたし、吉岡雛子。職業はコドモ。2つにまとめた金髪に、お気に入りのピンクパーカーがトレードマークだ。常日頃からてんしんらんまんを心がけているあたしといえど、いまのは叫ばずにはいられない。

「何すんのさ!? い、いまの本気、本気で――!?」

 やばこわかった。パニック起こして目に涙を浮かべる。正常な反応。

 あたしたち3人の前に立ち塞がる鬼のシルエットは、ち、と忌々しげに舌打ちしたようだった。

「ああ、本気だとも。本気で事故死に見せかける気だったさ」

「事故じゃない! ちっとも見えない! どう偽装したって、日本刀で首チョン切れてるなんてフシゼン!」

「そうか? よくあることじゃないか」

 あっけらかんと切っ先をもてあそぶ悪夢の化身。何故か「先生」と呼ばれている、キョーアク極まりない黒セーラー服のお姉さんだ。

 肩までの黒髪をさらりと撫でて、先生は美しく微笑んだ。

「知っているかお前たち。オレは怒っている」

「見れば分かるよ……」

「それも半端な怒り方じゃないぞ、なんと、頭に血が登って日本刀を振り回すほどだ」

「いつだって振り回してるじゃん。このまえバーベキューした時だって」

「そうだったか? 記憶にございません」

「それが通じるのは国会だけです……」

 優奈ちゃんまで文句を言う。本当、この先生はいつだってめちゃくちゃだ。単に、ちょぉっと――

「ちょぉっと、事件解決に協力しただけじゃん。なんで怒られるの? 意味わかんない」

 ぱんぱんと砂埃を払って立ち上がる。先生はズシャリと言った。

「協力というのはあれか? 犯人と間違えて、無関係な学生を追い詰め金属バットで殴打してフクロにしたあれのことか?」

 ぐぬぬ。痛いところ突くなぁ。

「そ、それはっ!」

「現在、被害者は精神病棟に入院してうなされているそうだ。すごいなお前たち、タイガーホースだよ、もう有害認定確定って感じだよ、よし殺そういま殺そう」

「香澄、タイガーホースって何?」

「虎……馬……」

 さすが、うちの組長は物知りだ。可憐な隊長も一生懸命叫ぶ。

「ひっ、雛子ちゃんは! 単に、私に釘付けになってぼぅっとしてたあの人を倒しただけで――!」

「ああ、魅了の呪いか。そういえばそんなのもあったな。さすが、3人合わせて、邪悪ガールズ討伐対象2001」

「勝手に改変すんなっ! すごい失礼! もう本っっっ当サイアクだよッ!」

 流麗な動作で日本刀を収め、姿勢を低くし抜刀の構えを取った。それだけで境内の大気が重く、合戦場みたいになる。

「サイアクなのはこっちさ。お前ら、ことの重大さを理解しているのか? 無関係な人間をボッコにする呪い持ち共をどうやって擁護しろと? もう、いま殺すべきだろ」

「ひ――っ!?」

 ずばっしゃん、なんておかしな音が聞こえたと思ったら突風が吹き、先生は境内の反対側に着地していた。亜音速で振るわれた刀が風圧だけで砂の地面に切れ込みを入れていた、本当魂どころか空間そのものまでぶっちぎれそうだ。

「ち……」

 と舌打ちをして、先生はあたしと優奈ちゃんをそれぞれ両腕に抱えて立っていたその人を睨む。

 ちゃりんと金の音を鳴らして、リスっぽい甘い色の茶髪に、ひたすら不機嫌そうなそのお顔。あたしは太陽のように顔を輝かせていただろう。

「羽兄っ! たすけて! あたしたち先生に殺されちゃうよ!」

「笑顔で言うなよったく…………あー、面倒くせぇ」

 本当に不機嫌そうだけれど、あたしはそんなのだって構わない。我らが兄貴が助けに来てくれたのだ。むんず、と香澄ちゃんも羽兄のシャツを掴んでいる。

「…………気を付けて、羽兄。今日は魂を斬る剣……」

「何――マジかよ、香澄?」

「………………………………………………の、ような気がする……」

「ああ、そういう例えなんだな。了解した」

 話のわかる兄貴に、香澄ちゃんがにへらと怪しく笑う。先生はどんどん険悪な顔になっていく、もうにらみを利かせるヤクザみたいだ。

「……どうした少年、何のつもりだ。師匠の方針に逆らう気か?」

「いやまぁ、ずっとそこの神社の屋根で話は聞いてたんですが――」

「――ああ。さっきから奇襲のタイミングを計っているのはアユミか」

 本殿の上からギクリ、なんて擬音が聞こえた気がした。羽兄はとびきり痛い一撃を受けたように苦笑いして、あたしと優奈ちゃんの背中を押した。

「逃げろお前ら! ここは任された! うおおおおおおおおあああああ!」

 羽兄が、決死の覚悟で先生に立ち向かっていく。涙ぐましいじこいけにえ、羽兄、おまえのぎせいは忘れんっ。

「やれやれ……何なんだお前、ちゃんと状況をわかってるのか? このクソ弟子。」

「いやまぁこいつらが悪いのは分かりますが、雪音さんから、罰がキツすぎるようなら妨害しろとのお達しなもんで。はは」

「はん。キツイも何も、極刑だろうが――らァっ!」

 振り下ろされる日本刀を掻い潜り、羽兄が短刀を繰り出す。すごい早さ、さすが本格派の狩人たちは違う。あたしたちもチームワークを見せつける時だ。

「みんなぁああああ!! 散・開ぃいいいいいい――ッ!」

 あたしの号令で、瞬時に境内を包み込んでいた気配が逃げていく。50人のキッズたちが草陰やなんかに潜んでいたのだ。優奈ちゃんと香澄ちゃんの手を引いて、あたしも駆け出す。

 鳥居をくぐる瞬間に背後から爆音が聞こえた。きっと、本殿の屋根の上から怪力お姉さんが降って来たのだろう。

「アユ姉……負けないで!」

「どうした少年、ほら躱せ。首から上がいらないのか?」

「くおぁあ――!?」

 羽兄が間一髪で死を回避した。ちょっぴり血がびしゃりと跳ねたのが見えたので、あの先生はまぢでヤバイんだと再確認した。

「あははは。あははははあはは」

 身内相手に殺人剣、しかもどうみたって殺意の波動。

 てらこわすー。



 石畳を駆け下り、街を抜け、あたしたち3人は一気に商店街まで駆け込んだ。

 きんきゅーじたいにつき、人混みを真っ直ぐ突き抜ける。バレットガールズってチーム名にふさわしい弾丸疾走だった。

 あたしたちは、汗だくのボロボロだったけど。

「はぁ、はぁ――! 優奈ちゃん、追って来てる!?」

「来てない、みた、い……!」

 優奈ちゃんはHPが少ない。

「……あ、れ……?」

「どうしたの、優奈ちゃん!?」

「香澄、が…………いつの間に……」

 言われてあたしも気付いた。一緒に走っていたはずの香澄ちゃんがいない。交差点のところで足を止め、いまにも倒れてしまいそうな優奈ちゃんを支えながら周囲を見回す。いない。いない。あたしたちより大きな他人ばかりの街、なんだかいやな記憶が蘇ってきて思考を閉ざす。

「…………こっちだね」

 優奈ちゃんの手を引いて歩き出す。その、“音色”が聞こえる方角に。

 そこは商店街脇の広場だった。パラソルと丸テーブルと椅子が点在していて、時計台があって、せわしない通りと打って変わってここだけ時間が穏やかに流れてるみたい。ソフトドリンク片手に談笑していたカップルたちを邪魔しないよう、清流のような優しいメロディがBGMを演出していた。

 ねぇ、この音楽はどこから聞こえているんだろうね――?

 決まっているじゃないか、あこにある、あの自動ピアノさ――。

 そんな風に語らうカップルたちは気付かない。どうしてか、誰も、誰一人として広場の中央でピアノの鍵盤を奏でる香澄ちゃんに気が付かないのだ。

 そのピアノはずっとそこに置かれているお飾りだ。けれど、置き去りにされた鍵盤に語りかけるように、小さな香澄ちゃんが大きな鍵盤を奏でていた。

「もう、また香澄ったら――」

 あきれたように笑う優奈ちゃんだけど、けど誰も止めたりなんかしない。

 そも、誰に止めることが出来るだろう――? あんな風に流れるように鍵盤を奏でる音楽家を。

 あたしも音楽に耳を傾ける。楽器って不思議だ。まったく同じピアノでも、弾く人によって全然違う音が鳴る。手入れが行き届いていないのか、少し調子の外れた音が鳴ることもあるけれど、それさえ香澄ちゃんは微笑んで優しげに撫でていく。

 真昼のレンガ広場で――鍵盤を奏でる香澄ちゃんは、いつだって名画のような美しい横顔をしていた。



 ともかく追っ手もないようなので、あたしたちはちゃちゃっと帰ってしまうことにした。

「…………満腹……」

 変わらず仄暗いけれど、心なしかうっとりしている気がする香澄ちゃん。音楽でお腹いっぱいになるピアニストの存在にあたしたちは冷や汗を流した。

 訳あってあたしたち3人は、町外れのお屋敷で一緒に住んでいる。かつては曰くつきのユーレイ屋敷で、また訳あって一度倒壊したのだけれど、そこから更に訳あって自称・魔法使いさんから譲り受けたものだ。

 怒涛の38LDK、家賃0円、光熱費0円の敷金礼金0っていう超物件だ。本当、あとが怖い。

「それにしても、本当おっそろしい人だよねぇー」

 悪夢の虐殺兵器ニホントウ。いまだにあのキョーアクな眼光が焼き付いている。

「……羽兄……南無。」

 甲斐甲斐しく両手を合わせる香澄ちゃんに、優奈ちゃんが難しい顔をした。本当、南無ってないことを祈ろう。

「ま、帰ってから考えますか! いよっし! 家まで競争ー! 負けた人は偵察部隊!」

「もうっ! 待って雛子ちゃん、一人じゃ部隊って言わない!」

「…………」

 団長と隊長と組長でぱたぱた駆ける。もう日が暮れる。明日からも、こんな風にずっと楽しい毎日を送るのだろう。そう――何があったって、あたしたちは、これからは明るく笑って生きるって決めたんだ。

 あの真っ暗なネバーランド事件を乗り超えて……あたしたちは。

「――――え……?」

 そんなあたしたちの帰り道を叩き壊すような衝撃を受けた。びりりと肌が震えて、何が起こったのか分からなかった。優奈ちゃんも香澄ちゃんも立ち止まる。

「ちょっと、あんたよあんた! 聞いてんの!? そこの小娘! あんたに言ってんの!」

 コムスメ、なんて言葉を嫌味で言われるのは初めてだった。理解できないでいるうちにずんずんと寄ってくる大きなダレカ、それは見知らぬおばさんだった。

 大きい。あたしたちは小さい。見やるとすぐそこはボロっちい平屋、そこの門から、この般若のような顔をしたおばさんがあたしに向かって怒鳴りつけたようだった。

 ――怒鳴られた? なんで。意味が分からない。なんで、見知らぬおばさんがあたしを睨みつけているのだろう?

「きゃんきゃん声がうるさいってのよ! ひとんちの前で! 静かにしなさい! あんた、どこのうちの子よ!?」

 うるさいのは、そっちだ――なんて言い返す間もない。ただびっくりしてた。突然のことにパニック起こして泣きそうになってしまった。

 そんなあたしと優奈ちゃんをずい、と押しのけて香澄ちゃんが、ペコリと御行儀よく頭を下げた。

「……ごめんなさい」

 あたしの代わりに、謝ったのだ。それでおばさんの勢いが押し留められる。香澄ちゃんはそれを静かな右目で見上げて、あたしたちの手をとって歩き出した。

「…………行こう」

「あ、香澄ちゃ――」

「いいから」

 強く腕を引っ張られ、その場を離れる。香澄ちゃんは何も言わなかった。おばさんは遠くなってもずっとあたしを睨み据えていた。

「…………何よ、いきなり……」

 ぽつりと漏らす優奈ちゃんも困惑していた。あたしはただわけが分からなかった。そんなに大きな声で喋っていただろうか――?

 枯れた夕風が砂を巻き上げて、影になった電線をくぐり、暁の空へと舞い上がっていく。閑散とした、かすかに熱を孕んだ大気が頬を撫でていった。



「わきゃー!」

「ちょ、ちょっと雛子ちゃんっ! シーツ敷いてから! もうっ!」

 お屋敷に帰り着く頃にはすっぱり忘れていた。あたし、吉岡雛子。前向きなだけが取り柄の小学生だ。

 大きな正方形のベッドで溺れる。3人掛かりでシーツを替えている途中だったのだ。

「……はぁ。まったくお気楽なんだから」

「なっ!? あっ、あたしだって考えてるよいろいろ!」

「はいはい――まったくもう」

 ぼふん、と観念して優奈ちゃんが腰を下ろす。心なしか香澄ちゃんも微笑ましそうだった。

 二人の親友を後ろから抱きしめてあたしは、一人じゃないんだと実感する。

 ――つらいことなんてもう忘れた。

「さ、何して遊ぶ? 8色オセロ? 下手投げダーツ? 転落限定人生ゲーム? それともジョーカー54枚ババ抜きがいい?」

「ねぇ雛子ちゃん、ない。すごく無いよそのチョイス……」

「…………ルール無用………」

 今日も夜まで賑やかな、毎日楽しいあたしたちのお屋敷なのであった。

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