#扉-an observer-
[Once upon a time]
――――度し難い。
あまりに醜い現世の“記憶”を見せられながら、長く眠りについていた私は再起動させられた。
かなしい話だけれど、永久機関であったはずのこの身は遡ること何十年、あるいは十数時間前、どのみち体感時間にして一瞬ほど前に故障してしまった。
この身は夢――永遠にこの地に残留すべき石碑の体現なのでありました。在り方は墓標。二度と救われぬ死者たちに唯一の救いを与える慈悲と慈愛の恩寵。
……いえ、そんな大したものではなかった。私“たち”が夢見たものは実のところ本当に小さな、ただただ遺された者たちに向ける癒し。
名を、記すだけの慰霊碑のようなものだったのです。
まだ起動していた頃、私は廻し続けました。永遠たれと。永く在れと。いつまでもいつまでも癒し続けられるように、遺された者たちの思い出を朽ちさせてしまわぬように――
……そのような正しき願いも、時間っていう死の前には錆び付き逸してしまったのですが。
まるで穴の開いた水袋のようでした。――溢れ出したものは、七色に輝く幻想だったけれど。
枯渇していくように“私”は痩せ細り――
長きに渡る蓄積は、こうしてあっさりと終焉を迎えたのでありました。
けれど、そんなの許されるはずがない。
私は抗いました。崩壊し霧散していく記憶を捕まえ、再び自らに取り込もうと懸命にアリもしない手を伸ばしました。
――記憶:再蒐集 _
でもそこで、私の限界が訪れました。一度溢れでてしまった記憶たちは質量を持つ。それは元の一つから二つに別れ、正負の属性を得てからぶつかり合う電子に同じ。再び調和しゼロに返すことは不可能に近しいものだったのです。
噛み合わないガラス片、という例え方がもっともでしょうね。力で押しても意味が無い。そんなことをしてしまえば、脆いガラスは砕け散るだけ――――……。
だから、もう、眠らせるしかなかったのです。
私は賭けました。バラバラになってしまった記憶をバラバラのまま保存し私自身ごと凍結・記憶の渦が再び沈殿して、なんとか安定を持てる日が来るのではないかと。
長い長い年月を眠り続けて――。
私自身も一緒に大破してしまうのではないかと畏れ続けて――
――――そしてここに、再び“
ノイズだらけの目覚めでした……砂嵐ばかりで、いろんな記憶が混ざり合っていて、私は失敗してしまったのではないかと怯えたものです。
しかし静かな耳障り。久しく触れる記憶の砂は穏やかな手触りをしていて、私は自身が賭けに勝ったのだ、ということを理解しました。
次第にモノクロ化され情報量を圧縮していた映像たちが彩度を取り戻していく。
けれど――その過程で、私、どこからか紛れ込んでいた現世の“記憶”を垣間見てしまったのですね。
――――度し難い。
あまりに醜い現世の“記憶”を見せられながら、長く眠りについていた私は再起動させられた。
なんでしょう、これは。
この醜い情景が人の住む町ですか? 山はどこへ? どうしてあの池は埋め立てられ、空まで霞んでいるのでしょう……。
いえ、文明が進めば環境を犠牲にしていく。野を焼いて
けれど――――この、大気を覆うドス黒い感情は何? 人々の背中から、悪意の双眸から染み出し大気を穢していく怨嗟の渦は何?
…………………………“呪い”。
苦痛憎悪絶望渇望、それら苛烈に過ぎた人間の情念は、この世に像を結んで
人の町は豊かに進歩していった――それは認めましょう。
ならば、何故? どうして人々はこんなにも暗い顔をしているのです? どうして人が人を省みないのです?
――路端の隅で、発作を起こして倒れてしまった男性がいる。
一体どうして、誰も彼も気付かないかのような振りをして通りすぎていくのですか?
すていしょん、と呼ばれている場所で少女が死んだ。思いつめた末の身投げだった。一体どうして、人々は楽しそうにしているのです? 何故写真機を掲げるのです? どうしてどうして、バラバラになってしまった少女がそこにいるのに「邪魔だ。最悪だ」などと切り捨てることが出来るのですか?
『……………………あぁ、そう……』
何十年か振りに言葉を紡ぎました。自らが感情を抱くなどいつ以来のことか。つまりはそういうことなのでしょう。
あなたがたは、豊かになったのではなく
この土地は、穏やかになったのではなく
ただただ人であることを失い、管理され飼われる餓鬼になっただけ――
……それが時代の変遷というのなら、憎みましょう。かつてこの地に住んでいた者として、ずっとずっとこの地を見守ってきた者として。
私は呪う。あなたがたの街を。
私は歌う。あなたがたの終焉を。
そして私は再び築く。この地に、あの懐かしい緑あふれる村を――。
ああ どうして こころ を なくしてしまったのです ……?
「――いえいえ。まだ、滅ぼすには早計なのではないでしょうか」
誰かが私の耳元で囁く。私の口調に似た、けれどまったく会ったこともない誰か。
「もう少し観測してみましょうよ。……このような阿鼻叫喚のなかにも、見所のある悲劇が隠れているかも」
どうしてここにいるの。“記憶”に紛れて流れこんできた、あり得ない、雑音……
「私のことはお構いなく。ただの、通りすがりの親切な魔法使いですから。二度と顔を合わせることも、二度と言葉を交わすこともありません――」
そう言い残して、魔法使いを名乗る誰かの残照は消えていった。
『…………いいでしょう』
ではこの目で確かめさせて頂きます。
現代は地獄か楽園か。あなたがたが住む時代の記憶を、この目で、しかと見届けさせて頂きます。
そして判断を決めましょう。場合によっては死者を溢れさせ、この町を冥界にして一度滅ぼしてから構築することもやぶさかではありません。
あなたがたが生きる日々。
この街で紡がれる物語は果たして。
――――地獄か、楽園なのか。
/-no side in our life-
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