斬-the no-side in our life-

飛鳥

#火を吹く怪物の夢-MONSTER-(1/3)

【SCENE 4/7】

○○○●○○○

 目の前で世界が終わる時も、俺はきっとこんな気分になるのだろう。

「くそ――ッ!」

 歯が立たない。どうしようもない。どう足掻いたって何をしたって絶望的に間に合わない。

 ――――目の前で、一人の人間が失われていくのを歯噛みして見ていた。もう無理だ。おぞましい勢いで大気を染め、そいつを変貌させていく黒い染み……呪い。

 ここまで必死で理性を保ってきたそいつにも、いよいよ限界の瞬間が訪れたのだ。

「…………っ」

 どこで間違った。どうすればよかった? 俺は、どこまで時間を巻き戻せばそいつを救えるのだろう――。

 答えは、無い。俺たちは出会った瞬間からこういう結末を約束されていた。痛ましい悲鳴が耳をつんざく。自己を破壊され塗りつぶされ別物に変質していく少女の悲鳴だった。

 心が破壊され永遠に閉ざされていく――それは、どんなに痛いのだろう――。

「……ちく、しょう……っ!」

 俺は駆けた。無駄だと分かっていても、なんにもしてやれないと理解していても何かせずにはいられなかった。

 せめて苦痛を長引かせずに終わらせてやるべきだ――そんな祈りさえ、無慈悲な業火の渦が降り注いで、危うく俺の命ごともっていきそうになる。

 見上げれば少女は、巨大な何かの心臓として実体を失いかけていた。手足の先のほうが無いのだ。粒子に融解して、同化され、その怪物の胸部の真ん中に固定されていた。

 みるみるうちに腕脚が消えていく。呪いによる物質崩壊をその身に受けるっていうのがどれほどの苦痛なのか、血を流すことも許されず溶けて消えていくのがどんなに痛いのか想像もつかない。聞いたことがないような悲鳴を上げて、少女が、狂って壊されていく。

『ハ……むら、君…………』

 千切れた呼吸で血を吐きながら、そいつは壊れた声で懸命に言葉を吐いた。きっと遺言。もう体の半分以上が色素を実像を失い半透明になっている。

 無情にも。

『…………たすケ、て……』

 ――――そんな、無理難題を人生最後に押し付けてきやがったのだ。

「う、おおおおおおおおおお――」

 燃え盛る街角を俺は駆け出した。松明を掲げる土民のような愚直さで。次第に、狩人の全力疾走で。

「おおおおああああああああああああああああああああああ――ッッ!!!」

 降り注ぐ火炎放射に頬が火傷しそうになる。命を賭けた曲芸回避で進む。停車していた自動車を、ゴミ箱を身代わりにして突き進む。次々と俺が避けたあとの物体が炎に巻かれ焼け落ちていく。躓いて転んだら獲られる距離に死がある。

 火の粉を払い、俺は跳んだ。直撃コースの火炎球を飛び越えての跳躍だった。

 俺を覆う影は強大な、胸部に少女を携えた、人間以外のシルエットだった。昔こんな怪獣を映画で観たことがある――その影が、実体化する寸前の幻想がそこにいる。

「がッ!?」

「羽村くんッ!」

 囚われの少女に手を伸ばすも、無慈悲な衝撃に吹っ飛ばされた。どこからか滑り込んだ相方のお陰でアスファルトに頭から激突するのを回避する。しかし。

「い……ぎッ」

「大丈夫!? しっかりして!」

 いまの、何だ? 腕? あの怪物の腕に打ち払われたのか? 道理で、全身の骨がバラバラに砕けたように痛いはずだ。あちこち破裂してんじゃないかってくらいに耐え難い。

 ――怪物が、矮小な俺たちを踏みつぶしにやってくる。もう誰にもどうしようもないのか。早く楽にしてやるどころか、ここで止めることさえできないっていうのか。

 どのみち、どう転んだって少女は助からない――それを理解した少女が最期の絶叫を上げる。いよいよ首の下、最後の顔まで実体が失われていく。

 終わりだ……もう、見ていられない。溺れる人魚のように痛ましい。

「え――」

 ――その時。

 どこからか、可憐な鍔鳴りを聞いた気がした。

「らああああッ!」

 天から、魔女が降ってくる。滑空する鴉のような暴速で墜落し、隕石のように日本刀の切っ先を少女の胸の真ん中に打ち込んだのだ。

 ――斬、と終末の音が鳴る。





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