第28話『 追憶への失踪 』11、結ばれた『 点 』と『 点 』
呼び出し音が、聞こえ始めた。 小島が、レコーダーのスイッチを入れる。
『 ふぉい… 』
「 ? 」
歯の抜けたような、老人男性の声だ。
『 歴史館れすや。 ろちらふぁん? 』
小島が、目頭に手をやる。
「 あの、末田 幸吉さん… いらっしゃいますか? 」
『 ほあ? 』
( ほあ? じゃねえよ、ジイさん…! )
受話器を通して、テレビのバラエティー番組の音が聞こえる。 傍らでは盛んに、犬も吠えているようだ。
『 だあっとれっ! タロ! 』
犬に向かって叫ぶ老人。
「 …あの~… 」
老人は、電話口で、何やらモゴモゴさせている。 どうやら、入れ歯を入れているらしい。
「 あの… 末田さん、お願いしたいのですが? 」
『 あ~… ん~と… ほあ? 』
「 …… 」
小島が、クスッと笑った。
『 幸吉っつぁん、かね? 』
やっと、明瞭に答えた老人。
「 そうです! 末田 幸吉さんです 」
『 とっくの昔に、亡くなったがのう 』
「 …… 」
また、行き止まりだ。
30年以上も前の情報である。 そう簡単に、辿り着けるはずも無い。 予想はしていたものの、やはり洗い出された情報は、確実にその鮮度を失っている。
葉山は続けた。
「 そちらは… 歴史資料館ですよね? 」
『 ああ。 だけんどワシは、管理を頼まれとるぎりじゃ。 普段、あんまり人も来よらんけのう 』
「 現在の館長は、どなたですか? 少々、お聞きしたい事がありまして… 」
『 久田 元哉ちゅう、保存会の会長じゃ 』
「 連絡先は、分かりますか? 」
『 今、脳いっ血で、倒れちょるがな 』
「 …… 」
『 市役所に、連絡したらどうじゃ? 今ンところ、連絡先はソッチにしてくれ、言われちょるぞ? 』
「 市役所の管轄は、分かりますか? 」
『 ほあ? 知らん 』
「 …… 」
『 市役所に電話かけて、保存会に廻してくれ、ゆうたら、ほんでええんじゃ 』
「 分かりました。 どうも 」
『 はいはい、御苦労さん 』
受話器を置く、葉山。
「 のんびりした所ねえ… 」
ため息を付きながら、小島が言った。
「 隠し事がなくて、いいじゃないか。 電調は、やりやすいよ。 …え~と、市役所、市役所… と 」
HPの電話番号案内で、市役所の番号を調べる葉山。
「 また、あの住所だったら、どうする? 」
小島が聞いた。
「 どうしようかねえ… 住民票も移動させていないから、台帳調査では、出て来ないだろうし… 大体の住所が分からないと、光熱関連のデータ調査も無理だろうね。 来月まで待って、直接、捕捉するしかないかな 」
「 依頼人の五木さんに、相談しなきゃね 」
『 はい。 市役所、総合案内です 』
「 あ、保存会をお願いします 」
『 しばらく、お待ち下さい 』
「 また、歯抜けジイさんが、出て来やしねえだろな… 」
葉山の言葉に、小島が小さく笑った。
『 はい、生涯学習課です 』
若い女性職員の声だ。
「 あ、すみません。 歴史資料館の久田館長さん… は、いませんよね? 」
『 久田は、欠勤しておりますが… 』
「 そうですよね。 確か、ご病気で… 実は、私、とある大学で海洋学を講義している者なんですが… 先代館長の末田 幸吉さんが、メンバーとして参加しておられた研究の文献を拝見しましてね。 詳しく、お話しをうかがいたいと思ったのですが… 末田さんは、お亡くなりになられていましたし、次代館長の久田さんも、体調不良で…… どなたか、研究についてご存知の方、おられませんか? 」
『 あ、それなら郷土史研究会に、お廻ししますね 』
しばらくの保留音の後、再び、女性が出た。
『 はい。 教育課です 』
「 あ、郷土史研究会ですか? 」
『 はい、そうです 』
「 あの… 歴史資料館の先代館長、末田さんについてお尋ねしたいのですが 」
『 ええっと… 郷土考古学史談会、というのがありますので、そちらへ廻しますね 』
再び、保留音。
「 …タライ回しかよ 」
少々、ウンザリしながら、葉山が呟く。
やがて、少し年配の女性の声が、受話器から聞こえて来た。
『 はい、もしもし? 生涯学習2課です 』
「 郷土考古学史談会ですか? 」
『 はい。 郷土考古学史談会 主幹の芝山でございます 』
「 お忙しい所、すみません。 歴史資料館の先代館長、末田 幸吉さんについてお尋ねしたいのですが… 」
『 …はい。 あの… どういった事でしょうか? 』
「 実は、末田さんが参加されていた、研究の文献についての事なんです 」
『 研究… 』
「 はい。 漁業の歴史についての研究です 」
『 ああ、由岐文理や… 徳島大学と、共同でやってた研究の事ですね? 』
…何と、この女性は、知っているようである…!
「 ご存知なのですか? 」
『 ええ。 当時、あたしは、由岐文理の学生でしたから。 理学部で、潮流生物学を研究していました 』
これは、イケるかもしれない……!
葉山は、小島と目を合わせると、受話器に向かって続けた。
「 そうなんですか。 それは丁度良かった。 私も、大学で海洋学を講義しているんですが、先日、その文献を拝見しましてね。 詳しいお話をお聞きしたくて、色々、あちこちにお尋ねしてるんですよ 」
『 その文献… というのは、飯島先生の論文の事なんじゃ… ないですか? 』
葉山は、びっくりした。 いきなり、宗治氏の名前が出て来たのだ。
「 …え? 飯島先生を… ご存知ですか? 」
『 もちろん。 あたしは、共同研究者である秋山先生の講義の受講生でしたから。 先生たちの研究のお手伝いで、由岐の海を、よく歩き回ったものですよ? 』
…これは、最大の期待が持てそうな展開である…!
モニター音声を聞いている小島も、話のやり取りを、固唾を飲んで見守っている。
「 そうですか…! 秋山先生は、お亡くなりになられたそうですね。 徳島大学の石川先生も、今は講義をされてないみたいですし…… あと、阿南中央高校の吉岡 健嗣先生にも、連絡をつけたいとは思っているのですが、何ぶん、古い事なので… 」
『 懐かしいですね…! 石川先生は、もう、随分前に、交通事故で亡くなられています。 吉岡先生は、高知ですね。 しばらく、お会いしていませんねえ 』
宗治氏は、どうなのだろう?
はやる気持ちの葉山に対し、次に彼女は、驚くべき発言をした。
『 著者の飯島先生にお会いして、直接、お話を伺ったらいかがですか? 』
来た…!!
そう勧める彼女の言葉のニュアンスからは、宗治氏と接触出来る、何らかの手段を知っているような雰囲気が感じ取られる。
急速に高ぶって来た気持ちを落ち着かせ、葉山は尋ねた。
「 …飯島先生は… 今、どちらに…? 」
『 ご研究をなさっておられた頃は、西ノ池でしたが、今は… 確か、志和岐か大井の方ですよ? 海洋研究会というサークルに入っておられます。 半年に1度、四国地方の郷土研究会の総会がありましてね。 会場でよく、お見かけします。 県の文化振興財団が募集している懸賞論文で、2年連続で優秀賞を受賞されてましてね。 地元では名士ですよ? まだまだ、お元気に活動されています 』
「 それはいい。 ぜひ、お会いしたいですねえ…! その海洋研究会というサークルは、そちらにあるのですか? 」
『 市のサークルではないので、こちらには登録されていません。 代表者の方の連絡先をお伝えしますので、そちらへお願い出来ますか? 』
「 有難うございます、どうぞ 」
『 089・983の… 』
「 助かりました。 お手数掛けて申し訳ありませんでした 」
『 いえいえ、どういたしまして 』
受話器を置く、葉山。
「 よおおォ~し、よしっ…! 遂に、掴んだぞっ…! 」
「 やったわねっ! 次よ…! 次が、勝負ね! 」
レコーダーのスイッチを切った小島も、ワクワクしている。
「 個人サークルだから、架空住所を登録してるとは思えないな。 頻繁に連絡を取り合っているはずだから、本当の住所を提出していると思うよ。 だけど、他人には教えないでくれって話しに、なってるだろうな 」
「 難しい聞き取りになりそうね。 教えても構わないだろう、ってカンジに持っていかなくちゃ……! 」
しばらく、思案する葉山。
次の電話調査による聞き取りで、対象者である宗治氏の住所が、判明する可能性が出て来たのだ。 ここはひとつ、更なる慎重さを持って、聞き込みをしなくてはならない。 今回の案件の、最大のヤマ場だ。
「 …よし… やはり、大学関係者の路線で行った方が、無難そうだな……! 」
腹を決めた葉山。 時計を見ると、11時を少し回ったところだ。
「 おそらく、代表者は、年配の人だ。 …この時間なら、問題なさそうだな 」
受話器を上げ、今、聞いた番号に電話をかける。
小島は、レコーダーのスイッチを入れ、モニターの端子にヘッドホンのジャックを差し込むと、片方のヘッドホンを左耳に当てた。
「 名前は、久保でいくよ 」
「 何か、意味あるの? 」
小島が尋ねる。
「 四国の太平洋側地域辺りに、多い名前なんだよ。 電話帳で、飯島の名前を探した時、たくさん見たんだ。 地元出身者を演じるのさ…! 」
葉山には、シチュエーションに関して、何か策があるようだ。
「 慎重にね……! 失敗して怪しまれたら、後が無いわよ? 」
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