第14話『 探偵の情景・春夏秋冬 』1、遥かなる、君

 調査の仕事をしていると、様々な人生の機微に巡り逢う。

 対象者であったり、依頼人であったり、また、調査中に出逢った

 関係者だったり……

 皆、それぞれの人生を背負い、現実を生きている。


 その人生の岐路を彩る、様々な情景……

 ここでは案件の違う、それぞれ4つの季節の情景を

 ショート・ショートで回顧してみた。



1、『 遥かなる、君 』


 細かな春雨が優しく降り続ける、とある4月の中…  待ち合わせた喫茶店に、その上品な老婦人はやって来た。

 淡い藤色のワンピースを着込み、ベージュのパンプスを履いている。 手には、ブランドのロゴが入ったハンドバッグを持っていた。

「 どうしても、探して頂きたい方がおりまして…… 」

 60年以上前の人を探して欲しい、と言う。

 葉山は困惑した。 行方調査の場合、消息を絶った時からの時間が、調査の難易を左右する。 当然、短ければ短いほど情報も新鮮であり、精度も増す。 今回の案件の場合は、半世紀以上… 何と、60年以上も前なのである。

「 かなり前の事になりますので、情報が途絶している可能性があります 」

 そう老婦人に説明する葉山に、彼女は答えた。

「 構いません。 結果、分からなくても、一度、専門の方に探して頂けたら… と常々思っておりました。 何とか、お引き受け叶いませんでしょうか? 」

 すがるような表情の老婦人。 ハンカチを持った右手を、テーブルの上で握り締めている。

 老婦人は、葉山に話を始めた。

「 …私は、18で嫁ぎました。 それ以前には、家同士で決められていた許婚( いいなずけ )がおりまして… 代々と続く旧家の方でしたが、戦後の混乱で家は没落し、婚約は破棄。 …私は、新たに決められた家に嫁ぎました 」

 過去を、思い出すように語る老婦人。

 話しの続きによると、64年間、連れ添った夫は2年前に他界。 最近、元 許婚であった男性の事を思い出す様になり、頭から離れないとの事である。

 葉山は尋ねた。

「 わずかな記憶でも構いませんので、その許婚の方の、お名前・ご住所は分かりますか? 」

 その問いに、老婦人は持っていたハンドバッグからメモ帳と鉛筆を取り出すと、さらさらと書き始めた。 何と、覚えているらしい。 しかし、分かっているのであれば、探す必要など無いのでは……?

 老婦人は、書き終えたメモを葉山に渡しながら言った。

「 これは戦前の住所です。 村は吸収合併されて、番地も変わってしまって… 私も、何度も探しに行ってはみたのですが、何しろ、許婚の方のご実家には、一度もお邪魔した事が御座いませんので…… 」

 戦前でも、ここまで対象者の情報が分かっていれば、問題は無い。 葉山は、老婦人の依頼を請ける事にした。


 通常、行方調査は、調査期間と経費が掛かる案件である。 だが、今回の場合、ほとんどが判明しており、業務内容は追跡調査のみだ。

 数日後。 降り続ける菜種梅雨( なたねつゆ ・ 4月頃に降り続く春先の雨 )の中、調査結果を報告する為に葉山は、再び老婦人と会った。


「 許婚の方は、9年前に肺ガンで亡くなっておられました。 生涯、独身でおられたようですね… 」

 住所や、居住していた家屋の写真が掲載されている報告書を読んでいる老婦人に、葉山は静かに言った。

 無言で頷く、老婦人。 居住していた家屋の写真を指先でなぞりながら、彼女は言った。

「 有難う存じました…… 」

 過ぎ去ってしまった過去を知り得たところで、現状は何も変わらないだろう。 だが、人は、気持ちを切り替える事が出来る。

 彼女が喫茶店のドアを開けて出て行く時、降り続いていた雨は上がり、薄日が射していた……


                『 遥かなる、君 』 完

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