第10話『 1枚のフォトグラフ 』1、発端

「 すみません。 葉山様… ですか? 」

 喫茶店で依頼者と待ち合わせをしていると、1人の初老の婦人が、葉山の所へやって来て尋ねた。

「 そうです。 初めまして、葉山です 」

 葉山は、婦人に会釈をし、名刺を渡した。

「 黒いスーツを着ています、との事で伺って参りましたので、ひと目で判ったのですが… 随分と、お若くていらっしゃるのですね。 お電話で、お聞きしたお声からは、もっと年配の方かと思っておりました 」

 葉山は、笑って答えた。

「 はは… 有難うございます。 これでも来年、43ですよ 」

「 あら、失礼。 とてもそんな風には、お見受け出来ませんわね 」

「 20代の頃は、よく、オッさんに見間違えられてましたよ。 若い頃に老けて見えるヤツは、歳をとると、逆に若く見られるそうです。 …という事は、私も歳をとったという事ですかね? 」

「 ほほほ… あ、ホットコーヒーを下さいな 」

 水を持って来たウエイトレスに、婦人は言った。

 あまり、人生に困ったというような雰囲気はない。 こざっぱりとした、ブルーグレーのワンピースを着ている。

「 娘さんの、婚約相手の方の行動調査でしたね 」

 葉山は、メモ帳を用意しながら、婦人に言った。

「 そうです。 まあ、身上調査とでも言いましょうか… 」

 運ばれて来たコーヒーを飲みながら婦人は答え、続けた。

「 実は、お恥ずかしい話しですが… うちの娘は、バツイチでして… 最近、お付き合いを始めた男性に求婚されたそうなんですが、話を聞くと、その方もバツイチらしいんです 」

 まあ、最近よく聞く話だ。 相手もバツイチという状況も、決して珍しくない。 ただ、婦人の年齢を考えると、その手の話は、あまり他人に知られたくない、恥かしい事なのだろう。

 身上調査と呼ばれるものは、以前は頻繁に行われていた。 いわゆる興信所がその中心となり、婚約をしたカップルの内、新郎側の親が、いわば当たり前のように、半ば公然と行っていた時代があったのである。 現在も、地域性にもよるが、よく行われている所がある。 仲人が調査を依頼している場合もあり、調査員を新婦側の親が接待したり、金一封を渡す『 風習 』が残っている地域も存在する。

 婦人は続けた。

「 私共と致しましては、相手の男性の方が、どういう方なのか… 出来れば、離婚された理由が、一番知りたいのです 」

 …これは、単なる行動調査や身上調査ではない。 離婚理由の実情となると本人、もしくは、それに近い人からの聞き込みをするしか、手はなさそうだ。

 葉山はメモの手を止め、婦人に尋ねた。

「 相手の男性には、お会いした事はありますか? 」

「 はい。 よく家に来ますから。 調理師の免許を持っていて、市内のケーキ屋さんでお菓子職人をしてるそうです。 よく私にも、美味しいケーキやクッキーを焼いてくれて持って来てくれるんです 」

「 それなら問題はなさそうじゃないですか。 人格的にも、ほがらかな方なのでは?」

 葉山がそう尋ねると、婦人は、逆に聞いて来た。

「 じゃ、何で離婚されたのでしょうか? 」

 …確かに、そうだ。 性格的に問題が無ければ、離婚などという結果になろうはずがない。 経済的な問題があったのだろうか。

 婦人は続けた。

「 うちの娘が結婚した夫も、そうだったんです。 優しそうな方だったので、安心していたのですが、実は、まったく働かない人でして… 家計は、娘がパートで支えてました。 彼は毎日、パチンコです。 どうやら、ヤクザと関係のあった人らしくて… 」

「 交際されていた時に、気が付かなかったのですか? 」

「 …実は… 出来ちゃった結婚でして… 」

 あっちゃ~… そう来ましたか。

 よく、責任を取って結婚する、と言うのがセオリーのように聞かれるが、本当の責任とは、もっと大きな意味である事に気付かない人が多い。 結婚する事が全てではなく、生まれて来る子供が立派に成人し、社会人として独り立ちするまで、その養育を全うする事に本来の責任がある。 それを考えずに、とりあえず体裁を繕おうとして結婚するから、こういった結果を招くのだ。

 婦人は続けた。

「 …更に、今回の求婚相手の男性も、以前の結婚は、出来ちゃった結婚だったんだそうです 」

 出来ちゃった結婚で、その後、離婚した者同士の再婚話し……

 これは親として、慎重にもなるはずである。 気持ちが分からなくも無い。

 葉山は、案件を受託し、翌日から調査を開始する事にした。


 婦人が帰った後、喫茶店に残り、調査の展開を思案していた葉山の携帯が鳴った。

「 はい。 葉山探偵社です 」

『 余計な詮索はするな 』

 男の声だ。

「 …どちら様ですか? 」

『 佐伯の依頼を受けただろう? 報告は、判らなかったとしておけ。 いいな? 』

 先程の、婦人の名前を告げている。

「 何の事でしょうか? 佐伯… さんですか? そんな方、存じ上げませんが… 」

『 トボけんな、お前! コッチは、見てんだ! 』

「 はあ、そうですか。 御苦労様です 」

「 ナメてんのか、お前! 手を引かないと、タダじゃすまないぞ 」

 葉山は、構わず電話を切った。 カップに残ったコーヒーを飲み干し、一考した。

( オマケ付きか… 一体、誰だ? )

 喫茶店を出て車に乗り込み、国道を走り出すと、また携帯が鳴った。 先程と同じ、非通知である。 葉山は、電話に出た。

「 はい 」

『 何、勝手に切ってんだよ、お前! 』

 やはり、先程の男のようである。

『 ドコ行こうと、オレには判るんだからな。 いいか、この件は… 』

 ブチッ、と携帯を切る葉山。

( パパラッチが居たんじゃ、調査の邪魔だな )

 再び、携帯が鳴った。 電話に出ると、やはり、同じ声の男からであった。

『 切るな、つってんだろが、お前! ナメんじゃないぞ! 』

 ハンドルを切りながら、葉山は言った。

「 話しがあるんなら、どこか、その辺の洒落たお店で、じっくりしません? パスタでもいかがですか? 美味しいお店、知ってますよ 」

『 要るか、そんなモン! オレはな… 』

「 ゴッチャゴチャ、うるっせえ~んだよ、オメェーッ! ドコの組のモンだ、ああ? 文句あんなら、事務所来いや、おメーよォ。 おお~? 」

 いきなり、ドスの効いたコワ声で、男の喋りを制する葉山。 まるで、別人である。 びっくりしたのか、男は無言になった。

 続ける葉山。

「 非通知で、上等コイてんじゃねえぞ、コラ、おお? サーバーの逆探で、おメーの住所氏名、調べんの、ワケねーんだからな! 極東会、ナメてんのか? コラ、ああ~? 」

 この切り返しに対して、男は、どう反応するか……

 葉山は、相手の男の出方を、うかがった。

 …男は、何も言わず、電話を切った。

( 素人だな… オタクっぽい感じだ )

 国道からわき道に反れ、堤防道路に入る。 葉山は、後続する車を確認しつつ、しばらく走ると道路脇に車を寄せ、停車させた。 数台の車が追い抜いて行き、そのうち2台が、数十メートル先にある堤防道路の分岐を降りて行ったが、1台が、分岐を降りて行った所で停車している。

「 どうやら、キミのようだねぇ~…… 」

 葉山は呟きながら、ゆっくりと車を発車させると、その車の真後ろに、ピッタリと着けて停車させた。 慌てて、その車は急発進し、猛スピードで走り去って行った。

 ナンバーを手帳にメモし、バックで堤防道路に戻る。 そのまま葉山は、堤防道路を走り出した。

( 素人、丸出しだな… )

 再び、路肩に車を停車させる。 葉山は、車から降り、車体の下を点検した。 ほどなく、シャーシに取り付けてある発信機を発見。 市販されている量産型の小型発信機だ。

( やっぱり、あったか。 モデルも設置場所も、素人だな )

 葉山は、土手を見渡し、落ちていた発泡スチロールを拾うと、車内のグローブボックスからビニールテープを出し、発泡スチロールに巻き付けた。 水が入らないように、グルグル巻きにすると、それを川の中に投げ込む。

( 港まで、追っ掛けて行けや…! )

 再び、車に乗り込む葉山。 車を発進させ、堤防道路を走らせる。

( 暴力団を装ってみたが、乗って来なかったな… おそらく、カタギの人間だ。 しかし、一体、誰だ? )

 佐伯の名前を知り、今日、葉山と、調査の打ち合わせをする事を知り得た人間…

( こりゃ、身上調査とは別件で、やらなきゃならない事があるな…! )

 先行きに不安を感じ、ため息をつく葉山であった。

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