第6話『 新人探偵に告ぐ 』
とある日の夜、警察から電話があった。
「 おたくの事務所の調査員って人が、今、ウチの署に引っ張られて来たんですがね。 事情を聞きたいので、出頭して頂けますか? 」
( …ドジ踏みやがったな? あの新人 )
葉山は、トボけた口調で答えた。
「 誰ですか? 調査員? ウチには、そんなの居ませんよ? 私、1人でやってるんですケド? 」
「 だって、おたくの事務所の名刺、持ってますよ? 」
「 拾ったか、勝手に作ったんでしょ。 私は知りません 」
「 とにかく来て下さい。 事件を起こしたワケじゃないんだから、身元引取り人としてね 」
基本的に、調査に携わった時点で調査員は、1匹狼となる。
その際、間違っても自分の身分を探偵、もしくは調査員、と他人に公表してはならない。 対象者に、探偵の存在を身近に認識させない為である。 従って、調査員に名刺など、言語道断である。 名刺が必要となるシチュエーションなど、調査員には存在しない。 おそらく、自分で勝手に作ったのだろう……
この辺りの事は重々、説明してある。 だが、張り込み中に警官から職務質問されると、経験の無い新人は、洗いざらい話してしまう事が多い。 新人には、整合性ある対処法も伝授してあるのだが、気が動転すると思うように出来ないのが実情らしく、挙動不審と見なされ、警察署に引っ張って行かれる新人が多い。 今回も、それに準ずるものだろう。
職質を受ける事となった発端には、大抵、通報者の存在がある。 『 変な人がいるから、調べて下さい 』と。 ( この場合、変な人と判断された時点でNG。 周囲の状況に溶け込んでいない証拠である )。
通報者は、ほとんどの場合、近所の主婦だ。
結果、探偵と判れば当然、通報者に事の次第が連絡される。 『 探偵だったらしいですよ。 浮気調査ですかね? 』てな具合だ。 翌朝には、恐るべき主婦連絡網によって、近所中に知れ渡る事となり、その話は、近所に住む対象者の耳にも入る。
『 もしかして、オレのコトを探ってたのか……? 』
自動的に対象者は、自己防衛として行動を停止するか、警戒を厳重にするかしてしまう。 後の調査を困難にしてしまう以外、何物でも無い。 中には、ご丁寧に、依頼者の名前まで暴露した新人もいる。 これでは仕事にならないどころか、依頼者から訴えられかねない……
日本の警察は、民主警察である。 したがって、民事不介入という大原則がある。 刑事事件に発展しない限り、警察は、基本的に動く事は出来ない。 新人には、その点を突いた『 職質を回避する話術 』も指導してあるのだが、やはり経験が無い分、挙動不信と見られてしまうのだろう。
( あまり邪険にすると、コッチまで色眼鏡で見られちまう… 仕方ない、出頭するか )
葉山は、上着を着ると、警察署へ向かった。
1人で探偵業を営む葉山に、社員はいない。 しかし、通常とは一線を画する職種だけに、『 就職希望者 』は、後を絶たないのが実情だ。 新人研修員として数ヶ月間、バイトで簡単な仕事を手伝ってもらったりするのだが、この試用期間中に、大抵の者は辞めていく。 探偵という仕事に対し、TVの刑事ドラマか推理小説からのイメージを引用して固守している者がほとんどで、現実とのギャップに驚愕するのだ。
今回、迎えに行く( 迎えに行くつもりは、毛頭無いが )彼も、真面目な性格だが、真面目だけでは、探偵は務まらない。 不真面目であるならば、更に向かない。 儲けようと思っているのであれば、論外である。
警察署に着いた葉山は、面会室で新人の彼と会った。
当直の警官が言った。
「 長時間、路上駐車の車の中に居たみたいなんだけど、付近の住民から通報があってね。最初は、友達を待ってる、って言ってたんだけど… ビデオカメラやら発信機やらを持ってたもんで、任意同行してもらったんですわ 」
新人の彼は、イスに座り、しょぼんとしている。
警官は続けた。
「 探偵なら探偵、と最初から言ってもらえば、まだ良かったんですがねえ。 おたくの社員に、間違いないですね? 」
葉山は答えた。
「 誰ですか? この人… 知りませんよ? 」
そんなぁ~っ、というような目をする、彼。
車の中に居ただけなら、何も悪い事をしていたワケじゃない。 事情聴取で拘留されても、翌朝には釈放される。 それが分からぬ彼でもないだろう。 その事も、事前に説明済みのはずだ。
警官も、ある程度、分かっているようだ。
「 葉山… さんでしたっけ? 新人なんでしょ? かわいそうだから、連れてって下さいよ 」
「 何で、知らない人を見受けしなくちゃならんのですか? 私は、確認に来ただけです。 結果、知らない人だったという事ですよ。 私、朝までに報告書を作らにゃならんので、これで失礼します 」
聴書にサインをし、さっさと面会室を出る葉山。 警官が、小声でぼやいた。
「 チッ… 余計なモン、連れて来ちまったな… 」
かわいそうだが、これも経験だ。 この先、本当に彼が調査員として探偵業をやっていくつもりならば、こういった現実も認識してもらわなくてはならない。
加えて、生半可な気持ちでは、やっていけない事も承知して欲しい。 絶体絶命の危機において、運良く助っ人が現われる事は無いのだ。 刑事ドラマなどのシーンでもよく見かけるが、行動に支障が出ないような如く、腕に敵弾が当たる事は無い。 もっとも、そんな状況に陥るような業務も無いが……
地道で、過酷な探偵業。 それが現実なのだ。
常に依頼者の意向が存在し、その信頼を得る為に、日々、努力する。 それが探偵である。
調査中は、いかなる場合であっても、自身を探偵と明かしてはならない。
一般人にとって探偵は、興味ある非現実の象徴そのもの。 ネタ話しに最適だ。 探偵と遭遇した経緯は、必ず知人・友人に話すと考えて良い。 後の、調査業務の進展に支障を来す元凶となる。
実際の業務内容についても同じである。 警察手帳( 最近は、バッジになった )をチラつかせ、親方日の丸の威光をバックに、簡単に聞き込みが出来るのは警察での話だ。
探偵は、警察ではない。
当たり前の事ではあるが、ほとんどの者が、その事実の認識を忘れている。 聞き込みの正当化を証明する『 グッズ 』など、何も無いのだ。
「 探偵ですが、ちょっとお聞きしたい事がありまして… 」 こんな、ヤボな聞き込みは、問題外。 理由は、先記の通りだからである。
「 ちょっと、ちょっと聞いて。 昨日、ウチに探偵が来てさぁ~ 」てな具合だ。 口止めしていても、効果は全く無い。
翌朝。
警察に拘束されていた彼が、葉山の事務所に帰って来た。
「 社長! もう一度、やらせて下さい。 今度はしくじりません…! 」
この発言には、葉山は驚いた。 てっきり辞意を表明すると思い、昨日までのバイト代も清算しておいたからだ。
しばらく思案したのち、葉山は答えた。
「 …分かった。 だがな、おまえさんは、もう面が割れている。 他の事務所から1人借りるから、バックアップの補佐として現場に着任してくれ。 それと… 俺のコトは、社長って呼ぶな。 強いて言うなら、支社長だ 」
そう言うと、彼は嬉しそうに言った。
「 分かりました…! あのダンナ、やりたい放題なんですよ。 奥さん、かわいそう過ぎます…! 絶対、不貞行為の証拠をつかんで、逆転勝訴したいんです 」
「 弁護士は、藤澤先生にお願いしておいた。 多分、イケるだろう。 証拠次第なんだからな。 頑張ろう 」
彼は、大学では、経済学を専攻していた。 来年、ハーバードへ留学する事になるかもしれないとの事で、かなり優秀である。 インテリ探偵は趣味じゃないが、能無し探偵よりはマシだろう。
欧米では、探偵という職業に、ある種の威厳がある。
長らく警官職を務め上げ、定年を迎えた者が、私立探偵として活躍しているからだ。 洋画などに出て来る探偵役に、中年以降の俳優設定がなされているのは、その為である。
現代小説において、舞台設定が海外で、登場する探偵が中年… もしくは『 若いイケメン 』の場合、その作者は現実的な取材や、現状に対する勉強が不足しており、勝手な妄想( 希望 )設定での創作に奔っている可能性がある。
まあ、探偵という職種に怪しげなイメージを抱くのは、おそらく日本独自の感覚だろう。 南北朝時代の『 草の者 』に始まり、江戸時代の隠密、戦時中の特高警察、興信所… 現代に至っては、法外な料金を請求する『 自称、探偵 』が暗躍しているのも、そのイメージ浸透に拍車を掛けていると思われる。
( 能無し探偵より、インテリ探偵の方が、一般ユーザーに対して、探偵業界の信頼回復が見込めるかもな )
葉山は、そんな事を考えた。
その日の夜、彼からの電話が入った。
「 …対象者、見失っちゃいました… 」
「 やっぱりお前、探偵に向いてないんじゃないの? 」
〔 新人探偵に告ぐ ・ 完 〕
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