第2話『 18年目の、ごめんなさい 』2、偶然の導き

 運送業を営んでいると言う、中学の先輩…

 友人リストに記載されているという事は、高校に入学した後も、その先輩との交流は続いていた事を示唆する。 当然、失踪後、会いに行った可能性は高いだろう。

( 先輩・後輩の付き合いで、事情は内緒にしておいてもらっていたか… )

 仔細は、あくまで想像の域である。 だが、運転手をしているという葉山のカンと、運送業の先輩… 条件は、合う。 確信は無いが、調査の『 点 』が、『 線 』でつながっているところに、葉山は現時点での、調査の方向性を見定めていた。


 『 宮田運送 』と書かれた小さな看板が見える。

 連絡先から住所を割り出したその会社の規模は、そんなに大きくはなかった。 市街地から少し離れた住宅地の一角。 4~5台の大型・中型トラックを持っていそうな、小規模の運送会社である。 貸し倉庫と思われる物件の脇に、事務所らしきコンテナハウスがあり、作業着を着た2~3人の姿が確認出来た。

 会社が見渡せる位置に車を停め、葉山は、夫人から預かった一樹氏の顔写真を見入った。高校入学時期の、生徒手帳にでも貼ってあったのだろう。 詰襟の学生服姿である。

( 20年以上前の顔だからな。 まあ、とりあえず下見して来るか )

 中型のトラックが倉庫前の駐車場に入って来た。 アルミのウイング車で、ボディには『 東京直行 楽々便 』とある。 どうやら、この会社は、東京までの定期便を運行させているらしい。

 葉山は、ブリーフケースを持つと車を降り、会社の方へと歩いて行った。

( スーツに着替えて、訪問セールスを装った方がいいかな? )

 とりあえず、会社前を横切り、倉庫内を見る。 薄暗い倉庫内には、うず高く積まれた樹脂製のパレットが見えた。 整然と積まれた段ボール箱…

 先程、駐車場に入って来た中型トラックから運転手が降りて来た。 何となく、一樹氏に顔立ちは似ている。 もっとよく確認したかったが、運転手はそのまま倉庫内へと入って行ってしまった。

( よく似ていた気がしたんだがな… )

 葉山は、ふと、その中型トラックの後尾に掲示してあった運転手の名札プレートを見た。

『 中島 一樹 』

( げええっ…! まんま、じゃないか! )

 あまりの展開に、葉山は、思わず声を出してしまいそうになった。 予感的中とは、この事である。 初動調査で結果が出てしまう事は、まず無い。 しかも行方調査で、だ。 初動調査どころか、下見の段階である。 出来過ぎだ。

 葉山は、逸る心を落ち着かせ、車に戻った。

「 さて… 同姓同名ってコトはあるまい。 一樹氏に間違いない 」

 タバコに火をつけ、煙をくゆらせながら思案する。

( 次に判明させるべき事項は、居住確認だ。 多分、この辺りに住んでいるんだろう。 もしかしたら、社宅かも )

 腕時計で、時間を見る葉山。 午後6時を、少し回っている。 一樹氏は、倉庫内に入って行ったままだ。

( 時間的に見て、今日の仕事は終了だろう。 この後、当然、自宅に戻るはずだ。 このまま、ここで張り込みをするか )

 見たところ、会社の出入り口はここだけだ。 勤務を終えた社員は、皆、葉山の車の前を横切るはずである。

( 一樹氏を、ビデオに収めておくか… )

 葉山は、鞄の中からハンディタイプのビデオカメラを取り出し、小さなスタンドを取り付けた。 それをダッシュボードの上に置き、レンズを会社の方に向けてセット。 タオルを出し、レンズを塞がないように、カメラ本体に掛けた。

 シートを少し倒し、呟いた。

「 あとは、出て来るのを待つだけだな… 」


 辺りが暗くなって来た頃、対象者が倉庫から出て来た。 小1時間前に、倉庫内へ入って行った時と同じく、作業着のままだ。

 ビデオカメラの録画スイッチをオンにした葉山は、気が付いた。

( 手荷物を、何も持ってないぞ? まさか、このまま次の勤務に入るんじゃないだろうな…! )

 冗談じゃない。 このまま、東京まで連れて行かれてたまるか。 では、どうする…? ここで、彼が帰って来るのをを待つのか? 長距離の勤務となると、帰りは明日以降になるだろう。 このまま、ここで張り込んだとしても、近所の住民に対しての整合性( 状況が怪しくない事 )が無い。 ヘタをすれば、警察に通報される。 次回、丁度帰宅する一樹氏を捕捉するのは、帰社時間が推測出来ないだけに、至難のワザだろう。 ここは、トラックを尾行した方が良さそうだが、ずっと尾行するのも問題がある……

 葉山の脳裏に、以前の記憶が甦った。

あれは、2年前だったろうか… 別の案件で、同じような事があったのだ。

 対象者が車に乗り、名古屋から高速に入った。 どこかへ、愛人とドライブでも行くんだろうと、軽い気持ちで車尾行をしたが、何と、東京まで行きやがったのだ。 しかも、浦安まで足を伸ばし、ディズニーランド遊行である。 3日間、引っぱり回され、帰って来た時の葉山の所持金は、156円だった。

思わず、サイフの中身を確認する葉山。

( 諭吉君が1人と、野口君が… 2人かよ…! 東京だったら、帰って来れないじゃないか )

 焦り始めた葉山の心境とは裏腹に、カメラのビュー・ファインダーに映し出された一樹氏は、トラックの横を通り過ぎ、隣の敷地にある駐車場の方へと歩いて行く。 どうやら、退社するらしい。 葉山が、ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、並んでいる社員の車の陰から、何と、自転車に乗って一樹氏が出て来た。

( 何いィ~っ!? そう来るんかよっ…! )

 まあ、良くある事だ。 自家用車で通勤していると思い込み、それ以外の通勤方法を予期していなかった葉山が悪い。

 カメラを助手席に放り投げ、エンジンを掛ける。 ついて行ける所まで行き、あとは車を捨てて、ダッシュだ。

 気付かれないように、距離を置いて尾行する。

 先程、放り投げたカメラを手にすると、自転車に乗っている一樹氏の後ろ姿を撮影した。

 やがて小さな交差点を右折した一樹氏の自転車が、細い路地へと入って行く。 素早く、車を路肩に止め( 少し斜めに駐車。 乗り捨てたと表現した方が適切 )、カメラをショルダーバッグに詰め込むと、葉山は車を降り、路地へと走った。 暗い路地を、左に回る自転車を確認。 その角まで、ダッシュ! 民家の塀から、そっと行き先をうかがう。 一樹氏の自転車は、更に次の路地を右折。 再び、ダーッシュ! どこかで、犬が吠え始めた。 そのまま自転車は、小さな用水沿いに直進。

( 見失ってたまるか! くそうっ…! 待てえっ )

 はい、そうですか、と待ってくれるワケが無い。 ドラマなどで刑事がよく口にする、間抜けなセリフ。 走りながら葉山は、マジにそう願っている自分の姿に苦笑いをした。

 体力に自信はないが、持久的なスタミナには、自信はある。 100メートルほど前を走る自転車を、葉山は、ひたすら追い掛けた。

 やがて、軒を同じくする数件の居酒屋の前で、自転車を止めている一樹氏を確認。

( メシでも、食うつもりかな? よし、入れ…! 一息、つけられる )

 やがて、葉山の希望通り、一樹氏は焼き鳥屋の暖簾をくぐると、店内に入って行った。

 物陰から、その様子をカメラに撮影していた葉山は、録画を止めると、小さく息をついた。

( …よし。 しかし、自転車とはな…! となると、住んでる所は、この近所か…… いや、待て… この後、戻って夜勤かもしれない )

 ふと、目をやると、電柱脇に自転車があった。 鍵は付いておらず、どうやら放置自転車らしい。 幾分、タイヤの空気が抜けているが、使えそうである。

( 拝借するか… )

 似たような経緯で所有している自転車が、葉山の事務所に数台あるが、どうやらそのコレクションに、これも加えられる事になりそうである。( 違法行為です )

 手ぶらで歩いている者は、男女の区別なく、どことなく怪しい。 手荷物が無いのであれば、自転車を押しているだけで、『 ご近所さん 』のイメージが湧く。 手ぶらで歩く行為は、探偵としては失格である。

 入手した自転車を押しながら、その焼き鳥屋に歩み寄る、葉山。 自転車を店先に置くと、しばらく思案した後、意を決して、その暖簾をくぐった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る