第1章 ライオネル王国

第1話 王城逃亡

VR(バーチャルリアリティ)、このシステムが1年前に開発されてからゲームはやるのではなく体験するに変わっていた。

頭に装置を着け、意識だけを仮想空間に送る技術だが、剣や魔法、銃などゲームによってさまざまな事が可能になる世界。世界中の人の興味を惹かない訳はなかった。装置だけでも発売日に取り合いになる位だ。

そういった取り合いに対して規制がかけられ、少ない台数を抽選で当たった人のみ購入が可能になった。


悠も抽選で当たった数少ない幸運の持ち主だ。値段はするものの親に頼み込み高校入学のお祝いとしてなんとか買って貰えたのだ。

高校入学後、悠は毎日学校が終わると急いで家に帰りゲームに熱中していた。朝方までゲームの中におりゲーム中に寝落ちすることはまれではない。寝落ち後、目を覚ませばだいたい学校が始まって居る。これが遅刻の常習犯となる理由だ。親からはさんざん怒られたがやめられる訳がなかった。


そんな悠は、新しいゲームはないかと毎日ネットで調べている。そんな時見つけたのが、


VRMMORPGゲーム『イストワール』


完全スキル性職業別ロールプレイングゲーム。

ゲームの説明文には、それしか書かれていなかった。しかし悠は、妙に心惹かれ気づけばゲームをインストールしていた。

実際にゲームをプレイしてみると、CGを駆使したようなグラフィックや自由度の高さに、まるで現実の世界に居るように感じられた。

ゲームの世界観としては、中世ヨーロッパのような世界に定番のファンタジーをくっつけただけな感じだったが、現実の世界のように感じられる『イストワール』に悠は、のめり込んでいった。

そのゲームに、プレイ初期に出てくる国の国王と王女が目の前の二人だ。

先ほどの思い出せなかった文字は、ゲーム開始時に職業選択として問われる一文だ。いくつかの選択をしていき選択結果として、職業が決まる。あの文章をYESと答えると、勇者や魔法戦士・僧侶といった職業の分岐に進むはずだ。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


悠の呟きからしばらくした頃、召喚の場所である王座の間は静けさを取り戻していた。

今では、仲間同士ひそひそと話をしているくらいだ。

初めは「ここはどこだ」、「あんたらは、誰だ」などの怒声がとびかっていたが、国王陛下の


「騒ぐのも分かる。いましばらく待たれよ。詳しい説明は全員揃ってからにいたす」


と言う厳格な雰囲気の一言によって言い返せなくなったのだ。

待っている間にも続々と光が現れては、人を生み出していた。今では全体で50人位は居るのではないだろうか。悠の知り合いは、ほとんどいない。まぁ、悠自体に知り合いと言える人は幼馴染である女子と隣の席のクラスメイトと教師くらいだ。学校にいる間は、イストワールの攻略のことしか考えていなくノートには攻略サイトに書かれている情報や昨日プレイした内容をまとめたものしか書いていないくらいだ。


「そろそろ時間か。召喚の儀の効力も終わり、もう召喚される者もいないだろう」


(お、やっと説明か。何もしないで待ってるの苦痛なんだよな)


国王の言葉で、いままでボーとしていた悠は態度を改める。


「皆の者、待たせてしまって申し訳ない。今回の召喚に応じてくれて感謝している。

我はこの国『ライオネル』の国王をしているオルロス・ライオネルと申す。

皆には我らの願いを聞き世界に平和をもたらすことに期待している」


「すみません。あなた方の願いと言うのは何でしょうか? そもそもなぜ私たちはここにいるのでしょう? さっきまで学校にいたのですが」


教師の一人がこの状況で慌てることなく、国王に質問をしている。

まわりの生徒や教師は、一人の教師が発言したことによって他に何か言える空気ではなくなった。


「ああ、すまないな。この人数が応じてくれるとは思ってもみなかったのでな。興奮して説明を飛ばしておったわ。

まずは皆がここにいる理由だが、それは我々が行った『召喚の儀』。これは異世界より召喚に応じてくれる者を選別するための儀式だ。応じてくれた者は、この世界に召喚される。だから、皆は問いかけに応じこの世界に召喚されたのだ。

次に我らの願い、これは召喚の儀でも問いていたが皆には我らの世界を平和にしていただきたいということだ。

この世界には今、魔王がいる。魔王は魔族を率いて我らを滅ぼそうとしている。皆には魔王を討ちいま一度世界に平和をもたらしてもらいたい」


「話は大体は、わかりました」


(えっ!!今の長い話わかったの。あんたどれだけ優秀なんだよ)


「これは誰かのいたずらかドッキリなのでしょう。手の込んだ事をするものですね」


(あーまぁそうだよな。普通なら召喚・魔王なんて話されても信じないよね)


「冗談などではありません! 私たちは毎日魔王の脅威を恐れながら生きているのです!」


いままで二人の会話を聞いていた王女が声を上げる。

さずがに、自分たちに迫る脅威をいたずらかドッキリ扱いされた事に黙っていられなかったようだ。


「リリアナよ!落ち着きなさい」


「ですがお父様」


「お前の気持ちもわかる。しかし、召喚に応じてくれたとは言えこちらは彼らにお願いしなければならない立場なのだ。ここで揉めでもしたら協力を得る事も出来なくなってしまうぞ」


「・・・わかりました。いきなりの発言、申し訳ありませんでした」


王女は、気の強い性格なのか不承不承といった感じで引き下がった。

突然の二人のやり取りに周りは唖然としている。


「皆の者、悪かった。しかし、これは決して冗談などではないのだ。

異世界の住人に助けを借りなければならない程に、我らは魔王によって甚大な被害をおっておる。どうが信じてほしい」


「冗談ではないと言いますが、その話が本当だと言う証拠もないのではないでしょうか?」


(すげーなあんた。この状況でどれだけ冷静なんだよ)


国王と教師のやり取りを聞いていた悠は、一人ツッコミを思うのだった。けして声に出して言わないのは目立つのが嫌と言うわけではない、だためんどくさいからだ。


「証拠となるかわからんが、今から皆には英雄の腕輪を渡しある物を見てもらう」


国王の言葉で、周りに立っていた兵士たちが動き始める。

どうやら、英雄の腕輪なる物をみんなに配るようだ。

兵士たちの動きに無駄はなくものの5分で全員に配り終わる。


「どうやら皆に行き渡ったようだな。この腕輪は、異世界から召喚した者しか身に着けることが出来ないと伝承にある物でな。製造も錬金術のみでしか作ることができん。

効果は、身に着けた者には自分の職業とスキルが見ることができるそうだ」


悠は、ためらいもなく腕に嵌めてみる。

嵌めると視界の隅に、『名前』『職業』『HP』『MP』『スキル一覧』と言う文字が浮かび上がる。


(これまた、ゲームと同じ表示だな。ただログアウトがないのが気になるが)


ゲームではスキル一覧の下にログアウトの表示がある。

ログアウトと念じると【ログアウトしますか? YES/NO】と表示される。それにYESと答えるとログアウトしゲームをやめることが出来る。


「なんだこれまた文字が出てきた」

「何がどうなってるんだ」


何人かから声が聞こえる。どうやら腕輪を嵌めたようだ。

まだ数人嵌めるのにためらわれている。それもそうだいきなり嵌めろと言われても疑問に思い付けることなんて出来ない。


「まだ数人付けていないようだが、時間が惜しい。皆にはこれからある物を見てもらう」


国王がそう言うと、王座の間にある扉が開く。

扉の奥からズルズルと引きずるような音と共に数人の兵士が姿を現す。


「きゃー」


兵士に引きずられていたものを見た瞬間、女子から悲鳴が上がる。男子は皆、息を飲みこんでいるようだ。


「皆の者、落ち着いて欲しい。これは我らが討伐した魔族だ。もう生きてはいない」


魔族、国王はそう言ってそれを示す。

身長は、2mを軽く超えているだろう。肌の色は真っ黒で頭には角、背中には翼が生えている。見た目だけでも誰もが嫌悪する姿をしていた。

魔族は、あまりの生々しさに作り物ではないと感じさせる。


「我らは、この魔族一匹を討伐するのに多大な被害を受けもはや魔族との戦いに生き延びられる状態ではない」


国王は、悲痛な顔つきで説明を始める。もはや誰も言い返せる雰囲気ではない。


「そこで、異世界の者に助けを求めたのだ。異世界から来た者は強力なスキルが与えられ魔族との戦いを勝利を導くとされている。証拠になっていないかもしれんが信じてほしい」


(この状況で何か言い返せって無理だよな。こんな物見せられて何か言えたらそれは空気読めない馬鹿だ)


「・・・・・・。

異論はないようだな。これから皆には職業とスキルを教えてほしい。

職業とスキルにあった支援を我らが全力で協力させてもらう」


そう言うと、また兵士たちが無駄のない動きで聞き込みを始める。

どうや兵士たちで一人一人聞いていくようだ。


(どうでもいいけど、この動き練習でもしているのかね?)


悠は、そんなことを思いながら自分の番になるのを待っていた。

周りでは、勇者・戦士・僧侶・武器職人などの答えが聞こえ盛り上がっているようだ。


「すみません。名前と職業とスキルを確認して教えていただけますか?」


「えっ」


ボーと周りを見ていた悠は、兵士に声を掛けられたことに一瞬戸惑ってしまった。


「いきなりすみません。私どもが全力で協力をいたしますので、どうかお教えください」


戸惑ったのを答えるのが嫌なのではないかと勘違いした兵士の言葉を掛かる。


「あっはい。名前は敷島悠(しきしま ゆう)、職業は『盗賊』になってます。スキルは」


「盗賊!? それは間違いないですか?」


「はい。間違ってないですよ」 (何をそんなに驚いているんだ? 職業答えただけだろ)


「そうですか。わかりました。この場を動かないで少々お待ちください」


そう言うと兵士は走ってどこかに行ってしまった。


「なんだったんだ一体」


兵士の奇妙な行動を不思議に思いながらも、言われた通りその場で待っていると兵士とフードを被った人たちを引き連れた国王が悠に向って歩いてくる。

3m位まで近づいただろう、立ち止まった。


「この者が、盗賊か。しかしなぜ盗賊を召喚したのだ? 召喚の儀では善性の者しか呼ばれないはずだが」


「陛下、伝承には善性の者の他に悪性の者も呼ばれると伝承にはあります。ただ悪性の者は数が少なく記述か少ないのです」


「そうであったか。なら何も問題はないのではないか」


「いいえ、問題がございます。記述によると悪性の者は、この世界にとって良い行いをしないそうです」


「そうか。ではどうする?」


「はい。ここは兵士の監視のもと城の一室にて暮らして貰うのがよろしいかと思います」


国王とフードを被った魔法使いらしき男の会話は悠を無視して続いていく。どうやら盗賊という職業は、今回の召喚の儀では望まれない物であるようだ。


「ちょっとまて!人を無視して話進めるなよ。なんだよ城で暮らす?兵士の監視?ただの幽閉じゃないか。そんなことされるくらいなら俺は帰らせてもらうぞ。さっさとログアウトさせろ!」


「ログアウト? お主は何を言っておるのだ?」


「ログアウトだよ。ログアウト。ゲームをやめるの」


「まあ落ち着け、混乱しておるのだな。これはゲームなどの遊びではなく現実の話なのだ。いきなり信じろと言う方がおかしかったか、徐々に信じてもらえればそれでいい」


悠は真顔で諭すように言う国王に対して、ゲームではなく現実なのだと感じさせられる。

しかし、だからと言って現実なのだと信じることは出来ない。

ましては現実だった場合、悠は城に幽閉されるのだ。


「百歩譲って現実だとしよう。でも俺は幽閉なんてごめんだ。どうにか出来ないのか?」


「どうにかとな。それは、自由を認めろということか?」


「陛下、それは余りにも危険です。悪性の者は、どのような悪事に手を染めるかわかりません。

野放しにするなど危険極まりない。幽閉する事以外ありえませんぞ」


(チッ、フードお前は黙ってろよ。国王だけなら幽閉だけでも免れたかもしれないのに)


「そうは言っても我らが召喚した手前、責は我らにあると思うのだがな」


「そんなことはありません。召喚の儀での選別はその者の本質が職業に反映されるのです。盗賊など悪性な人間しかなりえません。きっとこやつは何かしらの罪を犯した者です」


(好き勝手言ってくれるな。罪ってなんだよ。遅刻なら常習犯だがそれがそんなに重いのかよ)


これ以上話しても、話は良い方へ向かうことないだろうと思い始める悠。

正直めんどくさく感じている。


「もういい。わかった。俺はここを出ていく」


「貴様、そんなことが許されると思っているのか!」


「許す、許さないじゃない。俺はこれ以上めんどい言い合いは嫌いだ」


「めんどうだと!きさまいいかげんに」


『ブラックスモーク』


悠は、フードの男の言葉を最後まで聞かずに盗賊スキルを発動する。

このスキルは、辺り一帯に黒い煙を発生させるスキルだ。煙自体は人体には無害だが視界が奪われる。


「なんだこれは、なにをした!」、「陛下をお守りしろ!」


フードの男と兵士の声を尻目に悠は、扉へと駆け寄り開錠スキルで鍵を開け外へと飛び出す。

扉の外は廊下だった。所々に扉はあるが、悠は迷わず駆け出す。


(城の造りもゲームと一緒となるとやっぱこれゲームなんじゃないのか?)


城の造りは、攻略サイトで確認済みだ。意味もなく授業中に調べているわけではない。

いくつかの曲がり角を通り、城の玄関に到達する。扉の前には人は居ないが、外に人の気配を関知する。これも気配感知スキルによる効果だ。


(兵士の数は2人か。なら行けるはず)


悠は迷いなく扉を開く。


「?」×2


兵士2人は同時に反応するが、扉が開いた先に誰も居ないことに疑問を持った。


「なんで開いたんだ?」


「さぁわからん。風って事もないだろうが・・・」


悠は、悠々と兵士の間を通り抜け外へ出ていく。

隠者の歩、これもスキルを使った物だが人から認識されてない状態だと姿が見えないと言う効果を発揮させる。ただし姿が見ないのは10秒と短いし、感知系のスキルが高いと発見される。


(このまま城下町まで行って、金稼いで逃げるか)


悠は城からの脱出に成功し、城下町へと足を向けのだった。

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