救えない、救わない

「え!?何ですって!?」

 思わず携帯電話を握り潰しそうになる程、力が入る。

『だから健寿教の教祖他信者達が全員死んだんだよ!』

「で、でも、健寿教は一万人以上の信者を抱えている筈じゃ…」

 全国に小さいながらも支部がある新興宗教が、ほんの数日で全員死ぬ事なんてあるのだろうか?

『私も信じられないが、事実だ!』

 呪術師が私達を恐れて全員殺した…のか?

『北嶋君は?』

 考えている私に、菊地原さんが北嶋さんと代わるよう、促した。

「北嶋さんは、2日程前から別の方向から探っている最中です…」

 パチンコ屋のイベントとかに出掛けたまま、既に2日経過していた。本当に探っているならいいんだけど…

『じゃあ私から北嶋君にも話しておくよ。今後どうするかは後程連絡する』

「は、はい。お願いします」

 電話を終えた私は、再び考える。

 あの日、タマに見破られた呪術師は、正体が発覚するのを恐れ、自分を雇った健寿教を全滅させた。

 その仮説が正しいかどうかは別として、一万人を越える人間を、更に全国にある支部の人間も殺した。

「たった2日で!?」

 敵の正体云々はともかく、私達も危ない。

 胸騒ぎを止める為に、私は携帯を握り締めて俯いた…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ふーん。そっか」

『ふーんって…一万人を越える人間を殺したんだぞ!?』

 菊地原のオッサンは苛立ちながら声を荒げた。だが待って欲しい。俺にも言い分があるのだ。決して世界一どうでもいいとは思っていない。9割程度しか。

「オッサン、オッサンの依頼は、健寿教が人殺しをしている証拠だろ?雇われた馬鹿が裏切って教団の人間を殺したのは、俺の預かり知らん所だ」

 呪殺を依頼したのは健寿教の教祖か幹部。全員死んだとなれば、俺の出る幕は無い。

 故に「ふーん」なのだ。

 決してインチキ宗教家のアホ信者が大量死しようが知ったこっちゃない訳ではないのだ。9割程度しかそう思っていないのだ。

『確かにそうだ!だが、大量殺人をした殺人鬼を許す訳にはいかん!』

 オッサンが憤っている。まあ、気持ちは解らんでもないが。

「んじゃ依頼変更か?」

『そうだ!殺した奴を警察に引き渡してくれ!』

 怒りで冷静さが無くなってしまったようだな。じゃあちょっと引き戻してやろう。

「死因は?」

『何か重い物を乗せられた…圧死だよ!』

「ほう、成程、解り易い殺し方だな。身内に圧死者が出たんだな」

 菊地原のオッサンは押し黙ってしまった。どうやら図星を付いたようだ。

「身内にスパイが居たんじゃ、捜査状況は筒抜けだったか」

『……返す言葉も無い…』

 菊地原のオッサンは、多分電話向こうで項垂れているに違いない。

 多少冷静になったようだ。引き戻しは成功したと言えよう。

 ならば、もうちょっと思考を回復させてあげよう。あんま金にならんとは言え大事なクライアントだ。今後の付き合いのための出血大サービスだ。

「オッサン、敵は呪術師だ。解るだろう?」

『無論解る。だから君に依頼したんだろう?』

「呪術師の殺し方は、証拠を残さず殺す。例え俺が捕まえて引き渡したとしても、証拠不十分で罪は着せられない」

『…………』

 再び押し黙るオッサン。

 気が付いたようだ。呪術師を檻に入れるのはかなり難しいと。思考も回復させたと言う事だ。別料金を請求してもいいレベルでのサービスだぞこれは。

「で、どうする?」

『どうすると言われても………』

 悩むオッサン。俺も返事が来るまで黙ってやった。

『………北嶋君、どうしようか?』

 なんで俺に聞くんだよ警視総監っ!!依頼者はアンタだろっての!!

 苛々した俺はタバコに火を点け、落ち着く。セルフサービスだな。自分からは金が取れんし。

 じゃあ、と提案してみる。

「呪術師は俺が始末してやるよ」

『君が死刑にすると言うのか!!』

 電話向こうでバン!と激しく机を叩く音がする。俺は耳がキーンとなった。

「騒ぐなよオッサン。殺しはしないよ。ただ、二度とオイタができないように躾るだけだ」

『……どうするつもりだ?』

 俺はキーンとなった耳をほじりながら話を続ける。

「廃人くらいにはなって貰うさ」

『廃人?』

「敵は用心深く、執念深い。俺が捕らえたとしたなら、俺を未来永劫付け狙うだろう。そんな気すら起こさないように追い込むさ」

 灰皿代わりに空き缶でタバコの火を消しながら話す。

『…では警察には………?』

「んなもん、警察病院に突っ込んどきゃいいだろ」

 結果的にしょっぴく形となり、無期懲役モドキにはなるだろう。

『………しかしなぁ…』

 煮え切らないオッサンに苛立つ俺。

「なら手を引くぞ!面倒臭いからなっ!」

 面倒ならば手を引く。仕方がないから今回は経費だけ請求させて貰おう。

『わ、解った!じゃあそれで頼む!』

 警視総監に半殺しの許可を貰った俺。国家権力を裏で牛耳る日も近い。面倒臭いから絶対にやらないが。

「じゃあ千堂にも引き続き調べとけと言っておいてくれ。俺は俺でやる事があるからさ」

『解った。伝えておく。よろしく頼む』

 菊地原のオッサンとの電話を終えた俺は、丸本のオッサンを見る。

 丸本のオッサンは、今は昼寝中だが、オッサンの女房は飽きもせずに俺に土下座したままだった。

「タマ、お前千堂にこれ渡してこい」

 俺はタマに俺お手製の護符を渡す。

――妾にも触れんではないか?

 あ、そっか。タマは妖だったぜ。

 仕方ない、面倒だが一度合流すっか。

 俺は丸本のオッサンに蹴りを入れて叩き起こす。

「うわっ!?」

 オッサンはビックリして飛び起きた。

「オッサン、ちょっと野暮用で出てくるからさ、帰ってくるまで朝飯終わっていろよ」

 丸本のオッサンに2日連続パチンコで勝たせた俺は、対価として鉱山の情報と案内をして貰わなければならない。

 本来は必要ない対価だが、無料で自堕落なオッサンに勝たせたくは無い。大体、女房の頼みで留まっている事自体奇跡なのだ。

「ああ、解った。ちゃんと仕事はするから」

 オッサンは生欠伸をしながら返事をする。

 気に入らん。非常に気に入らん。

 何故俺が仕事もしない、ニートなオッサンを起こし、尚且つ朝飯の指示までしなきゃならんのだ?

 ムカついて俺はオッサンの頭を小突く。

「いって……」

 オッサンは頭を押さえる。微妙に涙目だった。

「帰ってきたら直ぐに出掛けるから、ちゃんと準備してろよな」

「わ、解っているよぉ…」

 俺のプチ脅しにビビるオッサンを横目にし、俺は千堂が居る民宿に向かった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 あの若者が出掛けて行った直ぐ後、俺もコンビニに飯を買いに出た。

 パチンコで30万くらい勝たせて貰った礼に、以前勤めていた鉱山の案内を買って出たん だが、面倒で面倒で仕方ない。ついつい言葉に出してしまう程。

「あーあ、面倒くせえな…本当に面倒くせえ」

 面倒だが、約束を破ると、後が怖い。

 あいつは本当に怖い。

 何か解らないが、元々気性が荒く、喧嘩っ早い俺が殴られても蹴られても、仕返ししようと思えない程、怖い。

「何者なんだろうなぁ…」

 たまにサングラスを掛けて独り言を言ったり、ペットの仔犬と話をしたり、俺の身辺を言い当てたり…

「超能力者とか?」

 独り言を言いながらコンビニに向かう道中、俺を避けて歩く連中が目に付く。

 俺は傷害で警察の厄介になった事もあるのを、近所の連中は知っている。そんな俺に恐怖心を植え付けるとは…

 超能力者だろうが、何だろうが、俺はあいつが怖いから約束を守る事にする。だからコンビニで飯を買い、あいつの帰りを待つ事にした。

 そんな事を考えながら歩いていた俺の前に、黒いドレスみたいなワンピースを着た女が微笑を浮かべながら立っていた。

「邪魔だ!退けオラ!」

 女を退けようと手を伸ばした俺だが、その手を止めた。

 黒い帽子を被っていたので気が付かなかったが、髪の色が白髪…いや、銀色だ。

 瞳も銀色、つまり外国人だ。

 こんな辺鄙な町に似つかわしく無い、かなりの美人。

 観光か仕事かは解らないが、外国人に偉そうにしても仕方がない。よって伸ばした手を引っ込める。

「今、君の家に若者が転がり込んでいる。間違いないよね」

 女は微笑しながら俺に訊ねてきた。

「ああ?何で知ってんだ!?お前何者だ!?」

 声を荒げる俺に、女の後ろから青白い顔をした男がスッと前に出る。

 男は懐から茶封筒を取り出して俺に差し出す。

 訳も解らずに茶封筒を受け取り、中身を見る。

「!!!」

 驚き、男と女を交互に見る。

 封筒の中身は、一万円札の束、ちゃんと数えていないが、百万円くらいは入っている!!

「なぁ!!ななななななななな!!!!」

 慌てふためくとはこの事だ。

 俺は茶封筒を伸ばしたり引っ込めたりと大忙しになった。

「何、私のお願いを一つだけ聞いてくれると約束したら、それをお礼としてあげようか、と思ってね」

 微笑を崩さずに続ける女。

 お願い?ヤバい事か?ナリはこんなでヤクザ者によく間違われるが、ただ、少し喧嘩っ早い中年だぞ!?

「ば、ばばば、売人とかは無理!!」

 慌てて封筒をつっ返す。

「アハハハハ。そんな物騒な事は頼まないよ。ただ、君の家に居る男を案内する時、横穴の事を言わないで欲しいんだ」

 横穴?何の事だ?

 隣に居る青白い顔の男が苛立ちながら口を挟む。

「この所、死体が上がっている横穴だ。もっとも、貴様が知りうる情報などたかが知れているだろうがな」

 確かに、鉱山で観光客が心臓麻痺とやらでバタバタくたばっているのは聞いた事があるが、どこの横穴だ?

 口に出さずに考えている。

「君が面白い金属を見つけた横穴だよ」

 ギョッとして女を見る。言葉に出していない筈なのに、何故この女は答えられる!?

「何、気にする事はないよ。私は全て『識る』事ができる。君の今の心境もね」

 俺の心境も?

 やはりじっと女を見る俺。

 銀の瞳に俺が映り込んでいる…

「やってくれるね?」

 俺から目を逸らさずに、茶封筒をスッと押し返す女。だが、あの男に嘘がバレたら……

「大丈夫だよ。彼は君が嘘を言った所で君を殺しはしない」

 確かに、命まで取ろうとはしないだろうが……

「彼が君にもたらしたお金は30万そこそこだろう?私は君が横穴の事を言わないだけで百万支払う、と言っているんだよ?」

 言わないだけで百万…

 言わないだけで…

 銀の瞳が光を増したような気がした。

「わ、解った……」

 俺は言わない事にした。

 言わないだけで百万。訳が解らないが、こんな美味しい話はない。

 先程まで気味が悪かった感があったが、今は俺の唇は上に吊り上がっていた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 小走りに帰宅する中年を見ながら、俺はリリスに訊ねた。

「あんな中年…ぶっ殺した方が早いだろう?」

「何、まだ早い。それだけだよ」

 何が早いのか解らないが、リリスの思うが儘にする事にした。

 まぁ、リリスの金だしな。俺も一体とはいえ、魂を手に入れた。あの中年に憑いていた、中年の女房らしき女を取り込んだ。

 小さな存在だが、ほんの少しだけでも足しにはなる。

「あのお方も面倒そうにしていたからね。その霊体は」

 クスクスとリリスが笑う。

「そんなに可笑しいか?」

「そりゃ可笑しいよ。だって…」

 リリスはゾッとする程冷たい笑顔を俺に向けた。

「だって、これで君はあのお方との対決を避けられなくなったんだからね」

「…覚悟はできているんだよ」

 俺はリリスに恐怖を感じて背中を向けて歩き出した。

「いや、解ってないね」

 歩みを止めて振り返る。

「あのお方の見せてない力を君は『見せて』くれるんだよ!!こんなに貴重な事はない!!ハハハハハハ!!」

 相変わらず美しいリリスだが、その笑顔は歪んで見えた。

 まるで捻れた鏡に姿を映し込んだように…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 私から彼が離れて行く。

 私に恐怖、いや、狂気を感じたのだろう。

 だが私は気にしない。慣れているからだ。

『普通の人間』ならば、私に恐怖を感じるのは当たり前の事だから。

 東雲 翔…彼も多少並み外れているとはいえ、やはり『ただの人間』。

 短い時間ならば大丈夫だろうが、長時間、私と二人きりになると恐怖が沸き起こる。

 心が拒絶するのだ。例え魅了の術を使おうとも。

「そんなに怖いのかね。別に殺しはしないのに」

 笑ってしまう。私の両親も私を怖がり、あまり私と接しようとしない。代わりに私には干渉しない。

 だからSPと称して、全国から転生した名のある魂の持ち主を集める事ができるのだが。

「彼はここまでかな?」

 やはり名のある魂の持ち主でなくば、私の仲間にはなれないようだ。

 彼はここで終わる。

「せめてあのお方に一目会わせてくれよ?そうでなければ、君に目を付けた意味が無くなるからね」

 主水を呼ぶ。

「居るよお嬢」

 私の影から松山が現れる。

「今日は少し疲れた。宿まで送ってくれないか」

「お安い御用だ」

 松山が私の背後から手を肩に添える。刹那、私達はその場から『周りの認識』ごと消えた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「勇さん」

 民宿に来た俺の姿を発見した千堂が駆け寄ってくる。

 瞬間、タマが俺の前に立ち、ウウ~ッ!とか言って威嚇する。

「おっと…」

 千堂が退いた。

「タマ、威嚇はいらねーから」

 俺はタマを避ける。

「菊地原さんの依頼の事でしょ?」

「そっちにも話をしてくれと言ったからな」

 俺は懐から俺お手製の札を取り出し、渡した。

「何ですかこれ?」

 千堂が不思議そうな表情をして札をジロジロ見ている。

「それは石橋のオッサンから習った札だ。もっとも、俺のオリジナルだが」

 札には筆ペンで『侵入禁止』の文字が書かれている。

「これで何の侵入を止めるんですか?」

「呪術の侵入だ」

 押し黙る千堂。一度憑かれた事がかなり気に入らないようだ。

「それで、何か情報はあったか?」

 タバコに火を点けながら訊く俺。

 ハードボイルドを意識したポーズだ。

 我ながら気に入っているポージングだが、誰も気にとめてくれないのが少し寂しい。

 少しいじける。

「……だそうです」

「え?」

 千堂が何か話していたが、いじけていた俺は話を聞いていなかったのだ。

「え?って、聞いていなかった、とか?」

 千堂が白い目を俺に向ける。

「ば、馬鹿言うな!ちゃんと聞いていたぞ!」

 咄嗟に嘘を言うも、千堂の白い目が俺の良心をギリギリと痛め付ける。

「……もう一度言ってくれ…」

 俺は項垂れてお願いした。良心の呵責に耐えきれなかったからだ。

「…はぁ…まぁいいわ。鉱山跡地で死んだ人間は例外無く、横穴付近、もしくは横穴に入って死んでいるんです」

 千堂が携帯で撮った写メを俺に見せる。

「このバリケードがある横穴か」

「そして不思議なのが、呪術的に殺されたにせよ、事故にせよ、病死にせよ、迷える魂がある筈なのに、ここには全く無いんです」

 ふーん、と頷く俺。

 だが、実はよく意味が解らない。解らないが頷く。

「あと、横穴から微量な神気を感じた。微量過ぎて解らないけど、裏山の守護神に引けを取らない程の力の持ち主かも…」

 千堂は何か神妙な表情をしていた。

 俺はうーん…と考える振りをして聞いていた。

「よし、引き続き探ってくれ」

 指示を偉そうに出す。所長だから当然だ。

「解っているけど、勇さんの方はどうなんですか?」

 ギクッとした。実は昨日までサボっていたとは言えん。いや、サボっていた訳じゃないが、心情的にな。多分。

「き、今日から一人オッサンに案内されて調べる事にしているんだ」

「………今日から?」

 またまたギクッとする。

「き、昨日はオッサンが都合悪くてな」

 まさかパチンコで勝たせたとは言えない。

 いや、対価だから特に問題ない筈だが、良心がギリギリと…

「…解りました。頑張ってくださいね、勇さん」

 千堂はとびっきりの笑顔を俺に向けた。最高潮に良心がギリギリギリギリと痛む!!

「あ、ああ…せ、千堂、護り札はいつも身に付けていろよ」

「勿論です。勇さんが私を心配して渡してくれた御札ですから。肌身離さず持っていますよ」

 やはりとびっきりの笑顔を俺に向けながら嬉しそうに札を抱く千堂…

 も、もうこの場には居られない。良心の呵責で押し潰されそうだ。

「じ、じゃあまた進展があったら連絡をくれ」

「はい。頑張って勇さん!」

 俺は逃げるよう、その場を後にする。後ろを振り返ると、千堂がニコニコしながら手を振っていた。

 ギリギリギリギリギリギリと良心が痛むからダッシュで逃げ出した事は言うまでも無い。

 まさに逃げるようにオッサンの家に戻った俺。

 さて、オッサンは準備しているかな?

「帰ったぞオッサン。出掛けても大丈夫か?」

 オッサンは奥からニコヤカな表情をしながらスキップして俺に向かって来た。

「大丈夫大丈夫!さっ!出発しようか!」

 気持ち悪い程機嫌が良いオッサン。

「なんだ?随分機嫌が良いな?百万でも拾ったか?」

 適当に放った言葉だが、オッサンが一瞬固まった。

「な、何を訳の解らない事を!さ、行こうぜ。先ずは俺の元同僚から話を聞こうか!」

 オッサンは俺の背中をグイグイ押す。

「なんか気味悪い程やる気満々だなぁ…」

 釈然としないながらも、俺も何か千堂に対して負い目みたいな物がある。だから俺も多少でもやる気にならなければならない。

「おし、早速案内しろオッサン」

「おう!鉱山閉鎖した後も仕事があんまり無いから、奴等も1日中家に居る筈だ!」

 オッサンと同じ自堕落な連中に話を聞きに行くのが不安だが、取り敢えずそいつ等に話を聞きに行く事にした。


 自堕落な連中と言ったのは撤回しよう。

 オッサンの元同僚は、その殆どが再就職をし、再就職をしていない連中は農業に取り組んでいたのだ。

 話を聞きに来たのは、農業に従事しているオッサン。

 元々農業が盛んだったこの町だから、とりあえず食うには困らない収入は得られるらしい。

「自堕落なのはオッサンだけか」

「ん?何か言ったか?」

 オッサンが振り向いて聞き直すも、俺は首を横に振る。そしてもう一人のオッサンの前に立つ。

「鉱山の事を調べているんだ。話を聞かせてくれたらありがたい」

 もう一人のオッサン、名取というオッサンは、ちょうど休憩だからと言って快く了承してくれた。

「おいオッサン。名取のオッサンに缶コーヒーでも買ってきてくれ」

 俺はオッサンに500玉を投げ渡した。

「解った!任せとけ!」

 オッサンは小走りで買いに出掛ける。

「……あんな暴れん坊をよく手懐けたなぁ?」

 感心する名取のオッサン。

「あのオッサンは自分より強い奴には媚びるんだよ」

「違いない。ガハハハハ!!」

 名取のオッサンは縁側に移動し、俺にも腰掛けるよう促した。

「さて、鉱山の話だったな。残念だが、今話題の観光客が不審死する理由は解らないよ?」

 まぁ、雑誌やテレビ局が取材しに来ているようだから、元勤めている人間にも話を聞きに来ているんだろう。

「死人の話はいいや。あの鉱山で昔、こんなの出たのか?」

 俺は丸本のオッサンから貰ったヒヒイロカネをポケットから取り出して見せる。

「……知らないなぁ…何だいこれ?」

 やはりヒヒイロカネは丸本のオッサン一人が偶然見つけた物か。

「解らないならいいや」

 ポケットにねじ込む。俺にとっちゃどうでも良い代物だが、他の連中にとってはそうじゃないようだからな。一応厳重を意識して。

「丸本の奴が見つけた物かい?」

「金になるかもしれないと思ってパクってきたらしい」

 顎に指を当てて考える名取のオッサン。

「…それを見つけた時期は解らないが、丸本は曰く付きの場所を掘ってた事があるんだよ」

 曰く付き?

「何だ?幽霊でも出る場所があるのか?」

 俺は笑いながら軽口を叩く。

「幽霊?まぁそうだな……」

 名取のオッサンが急に真剣な顔つきになった。

「昔は安全設備が甘かったから、事故死した連中が迷って出てきたのか?」

 工場中に事故死して、くたばったのも解らずに仕事に従事しようと現れる幽霊の話はよく聞く。これもそんな類だろう。

「あの鉱山は古くてな。江戸時代から鉄や銅を掘っていたらしいんだよ」

 ふーんと聞き流す俺。コーヒーまだかなぁ、とか思いながら。

「丸本が掘っていた場所は、そんな昔からの連中や、昨日、今日死んだ連中まで歩き回っていた場所らしいぜ」

 名取のオッサンが青ざめた顔を俺に向ける。

「冥穴にでも繋がっているのか?」

「メイケツってのは解らないが、そこに居る奴等は人間だけじゃないんだよ」

「そりゃ幽霊だから人間じゃないだろ」

 何を言ってんだこのオッサンは?だから鉱山クビになるんだよ。

「幽霊は人間の幽霊だけじゃない、って意味さ」

 真剣な顔つきで俺を見る名取のオッサン。

「人間の幽霊だけじゃないとは?」

 名取のオッサンは生唾を飲み込みながら、青い顔の儘続けた。

「デカい、バカみたいにデカい白い虎の幽霊が居るんだよ、あそこには…」

 その表情は恐怖に襲われた顔じゃなく、もっと、崇高な者を語るような顔になっていた。

「白い…虎?」

「ああ、江戸の昔から鉱山に祀られている、白い虎さ。その白い虎が幽霊達を導いているらしい。そして白い虎のおかげで、あの鉱山の鉄や銅、その他の鉱石は、他の鉱山よりも遥かに量があるって話だ。まぁ、昔話だが」

 昔話にしては、本気で信じているような…

 白い虎にヒヒイロカネ…幽霊が徘徊する場所…謎の大量不自然死…

 そんな場所にも関わらず、千堂は幽霊の気配を感じなかった。

 微量の神気は感じたらしいから、おそらく白い虎の物だな。

「ありがとう名取のオッサン。いい話を聞けたよ」

 俺は縁側から立ち上がる。

「え?あんな話でいいのかい?」

「大満足だ」

 申し訳なさそうにしている名取のオッサンの肩を軽く叩きながら笑う俺。

「お待たせだな!コーヒー買って来たぞ!」

 話が終わるな否や、コーヒーを持って参上した丸本のオッサン。コーヒーを一本ひったくり、名取のオッサンに渡す。

「礼と言ってはささやか過ぎるが、飲んでくれ。あと、だからリストラされるんだとか思ってスマン!!」

「そんな事を思っていたのか!?だが、まぁいいさ。コーヒーごちそうさん」

 名取のオッサンは微妙な笑顔を作り、俺に向けた。


 丸本のオッサンが出してくれた軽自動車に乗り込む俺。

「さあ、次は鉱山に頼むぜ」

「あいよ!」

 オッサンはキーを捻り、エンジンを掛ける。

「今日は仔犬は一緒じゃないのかい?」

「仔犬?タマの事か?タマは俺の言い付けを守っている最中だ」

「ふーん、利口なんだなぁ」

 そんな事を話しながら、車はどんどん進んで行く。

 田舎町だから交通量もあまり無く、スイスイと進んで行くと、そこはもう鉱山跡地。

「観光地化にした割には、全く客の姿が見えないな?」

「来る訳ないだろ?こんな面白くもない所にさぁ。隣町の小、中学校が社会見学とやらで来る程度さ」

 面白くなさそうに丸本のオッサンは駐車場に車を停める。

「さあ、入ろうか。ただの穴倉だけどな」

 入場料を支払い、俺とオッサンは鉱山跡地に入って行く。

 成程、これを観光にしようとは、かなり切羽詰まった選択だな。

 本当に面白くも無かったが、俺は丸本のオッサンにガイドをして貰いながら進んだ。

「ここには昔使った道具が展示してあるみたいだな」

 オッサンが差した穴倉に、ちょっとした広場的な場所があり、ガラスケースに昔使ったツルハシやらスコップやら展示している。

「……………ふーん……」

 これが精一杯の返事だ。

 ほんっっっとおに興味が起きない。江戸時代に使ったノミとか、見てもつまらないし、仕方ない。

 小、中学校の社会見学には適しているのだろうが。

「ん?」

 その道具が並んでいるガラスケースの一角に、置物が一つある。

「虎?」

 それは石で掘って作った50センチぐらいの虎の像。

 裏山にある、海神や死と再生の神の神体と比べると、あまりにも小さく、造りも雑だが、何か迫力がある。

 ような気がする。

 それをジーッと見ている俺。

「ああ、虎の石像か。それは昭和初期まで神棚に祀られていた像らしいぜ」

 神棚?そんなもん無かったが…

「神棚ってどこにあったんだよ?」

「今は取り壊されて、当然無いよ。場所は…ち、ちょっと忘れたな」

 丸本のオッサンが少しキョドった。忘れたのは仕方ないが、何故キョドる?

 何か引っ掛かるが、急かすオッサンに従って、俺はその場から離れた。


 一通り見て回ったが、何かおかしい。

 千堂の情報では、バリケードに隠されている横穴がある筈だが、そこを見ていない。

「これで全部か?」

「全部だよ。つまらなかっただろ?」

 俺を見ようともしないで返事をする丸本のオッサン。

「嘘、偽り無く全部だな?」

 更に念を押してズイっと詰め寄る。

「ぜ、全部だよ!も、勿論、昔の事だから忘れている所もあるだろうけどさ!」

 小刻みに震えている丸本のオッサン。

 おかしい…

 仕方ない、鏡を使うか。できれば、使いたくないんだが、余計な情報も入ってくるからな。

 俺はポケットから鏡を取り出して掛けた。

 丸本のオッサンをジッと見る。

「な、なんだよ…」

 俺は溜め息をついた。

「ご苦労だったなオッサン。もういいよ。帰りな」

 手で追い払う仕草をする俺。

「今日は終わりか…」

「いや、もういいや。大体理解したからな」

 丸本のオッサンはホッとした表情になる。

「解った!じゃあ、この町に居る間、必要なら声を掛けてくれよ!」

「もう『必要ない』よ。恐らく明日、明後日中に終わる仕事だ」

 俺は丸本のオッサンに背を向けて歩き出す。

 今後、不幸が起ころうが、俺の預かり知らん所だ。

 オッサンは、案じて成仏できなかった女房を『奪われ』、悪魔モドキと取引したのだから。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 健寿教の人間全てが圧死した事で、他にも何か事件が起こらなかったか調べた所、某暴力団の組長からチンピラまで、『内部抗争』によって死に絶えた、との報道を見つけた。

 何でも、組長方と若頭方と別れて『殺し合った』らしい。

 ある者は銃弾を受け、ある者は斬り付けられ、ある者は鈍器のような物で殴られ、死んだ。

 報道では、常日頃から覚醒剤の取引で揉めていた組長と若頭が、何らかの抗論から部下を使い、相手方を殺した事が発端、となっているが、私の霊視によると、操られて互いに殺し合ったようだ。

 操った者は、私に憑いていた呪術師だろう。『気』が同一な事から間違い無い。

 他にも、とある企業の重役や、芸能人などが心臓麻痺や事故で亡くなっている。

「何故一度にこんなに殺したの?」

 報道されているだけ『視』ても、これ程の人間を殺しているのだから、報道されていない物も含めると、昨日だけで何百人殺したのだろうか…

――考えても仕方あるまい。貴様は呪術師の所在を調べなければならぬ。早よう調べよ

 タマが面倒臭そうに欠伸をしながら私に促す。

「タマ、勇さんについてなくていいの?」

 先程勇さんと共に来たタマだが、勇さんについて行かずに、何故かここに留まっている。

――妾は勇に貴様を護れと頼まれた故に。そうでなくば、貴様の元になど来る訳が無かろう

 後ろ脚でカリカリと掻きながら言うタマ。本当に私には興味がないようだ。

「呪術師の所在って言っても、殺された人達は住んでいる所もバラバラ、殺された時間が多少ズレてるだけだから、どこに居るかなんて…」

――『視』れば良かろう?

 確かに霊視すれば、所在くらいは直ぐに解る。

 だが、何故か呪術師の姿も場所も、『視』る事ができないのだ。

 気を探るにしても、北海道から九州までの広範囲に渡って殺されているので、場所を特定するのも難しい…

――呪術師の周りには、他に誰か居らぬのか?

 私が沈黙しながら俯いていると、タマが暗にヒントじみた事を言った。

 呪術師の気を探っている最中、現れたり、消えたりしている気が確かにあった。

 だが、あまりにも頻繁に現れ、消える気だったので、私が迷っているせいだ、とばかり思っていた。

「てっきり気のせいだと思っていたけど…」

 改めて、その気を探る。


「居た!!」


 その気は呪術師と同じ場所に在る。

 だけど、それは、問題じゃない……!!

「呪術師を含めて4人…!!なんて事………!!」

 私に憑いていた大量殺人鬼の呪術師はかなりの技量だ。今の私には到底太刀打ちできない程。

 だが、残り3つの気は、その呪術師を遥かに超越している。

 その中でも、探る事すら憚れるような気!!

「この真ん中の気………こんな巨大な気は見た事も無い………!!」

 戦慄を覚える!!亡くなった水谷師匠をも凌駕している気だ!!

――驚いている暇があるのか?早よう場所を調べろ

「こんな化け物相手に、何ができると言うの!?」

 たまらずに声を荒げる。

 タマは欠伸を噛み締めながら呆れ顔で返す。

――化け物ならば、此方にも居ろう?世界に敵無しの化け物がな

「!こっちには勇さん……が居るわ!!」

――思い出したら早よう捜せ。妾は貴様と共に居るのが苦痛で仕方無いのだ

 タマはそう言って伏せて目を閉じる。

 敵の所在がはっきりすれば、タマは私から解放される。

 勇さんが呪術師だろうが、化け物だろうが、全て蹴散らすからだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「ふ、漸く此方に気が付いたみたいだね」

 リリスはアールグレイを啜りながら微笑んだ。

「いよいよ北嶋と対決か………」

 緊張が走る。噂に聞いた化け物と対峙するのだ。

 しかも、敵は北嶋だけじゃない、神崎と九尾狐、それに地の王…

 早まった事をしたのかもしれないと頭を抱え込んで蹲る。後悔している。覚悟を決めた筈なのに。この女に唆されたと今なら解る。

「何、心配する事はないよ。君はあのお方にのみ集中してくれ」

「残りはお前等が何とかしてくれるのか?」

 ティーカップを置き、俺を見るリリス。

「足止めぐらいはするさ」

「お前は未来さきが視えるんだろう?勝つのは俺か北嶋か?」

 リリスの唇が片方だけ上に微かに上がる。

「識ろうと思えば識る事ができる筈だが、あのお方に関しては、殆ど識る事ができないんだよ」

 この化け物でも予測不可能なのか北嶋…!!

 俺は居ても立ってもいられずに、外に飛び出した。


 気が付いたら、俺は競馬場に居た。

 このような場所は欲や喜びだけじゃない、負の念も沢山有る。

 負けて明日の糧すら得られない状態に陥っている連中が沢山いるのだ。

「もう少し…贄を集めておくか…」

 負けて明日の希望すら無い奴を捜す。要は死にたいと願っている奴を捜すのだ。

 自分が死にたいと願っているのだ。俺が親切で殺してやるだけ。

「む、あれは…」

 死にたいと願っている奴が居た。

 それは知った顔だ。

 午前中にリリスから百万貰った中年。

 馬鹿な奴が欲に駆られてもっと増やそうと願い、結果無一文になる。そんな連中を沢山見てきたが、あの中年もその一人だ。

 中年は項垂れて目を見開きながら、呆然としていた。

 俺は中年にそっと近付いた。

 俺の気配を察したか、中年がいきなり顔を上げる。

「アンタは…」

「あの金を全部使い切ったようだな…」

 先程の死にたいと願っていた念が消え、希望に溢れる念が発生した。

「アンタ、金貸してくれねぇか!?取り返したら返すからさ!!」

 俺に縋り付く中年。どうやら俺を金持ちだと思っているらしい。

「俺がお前に金を貸す事はできない。お前に金をやったのは、あの女だからな」

「じゃああの女に連絡してくれよ?もう少し金をくれないと、奴に横穴の事を喋るとよ?」

 中年はいやらしい顔をしながら笑っている。どうやら、脅し取るつもりらしい。

 馬鹿な奴だ。横穴の存在は、特に重視していない。地の王と北嶋の接触を、なるべく後にずらすのが目的だ。

 まぁ、ほんの数時間足らずしか効果が無かったが、リリスのあの駒を手配する時間には充分間に合った。だから目的は達した事になる。

「お前、救いようがない奴だな」

 呪を詠唱する。

「何をブツブツ言って……こおおおおおおおお!!?」

 中年は胸を押さえて倒れた。

「心臓に呪の杭を突き刺したんだよ。外傷も無い。俺が殺した証拠も無い」

 中年の汚い魂が身体から出てくる。

 俺は再び呪を唱え、その魂を拘束した。

「死にたかったんだろう?丁度良かったな」

 地べたに這うような形になりながら動かなくなった中年を横目に、俺はその場から立ち去った。

 一人殺したら落ち着いた。

 北嶋にだけ集中すれば、後はリリスがなんとかする。

 リリス頼みなのが多少情けないが、今更後には引けない。

 俺は頭を振りながら、競馬場を後にした。

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