エピローグ

七月二十日、火曜日。

今日は果歩たちの通う学校の一学期終業式。蒸し風呂のようになっている体育館内に中高合わせ一四〇〇名近い全校生徒と、先生方が一同に集う。

校長先生が開式の挨拶をされたあと、校歌斉唱が行われ、

「えー、夏休み期間中の、生活のことについてなんやけどもぉ。えー、楠羽中生の子達はわざわざ注意されんでも分かることやと思うねんけどな。深夜にふらふら出歩いたり、髪の毛染めたり、ピアスしたり、特に女の子は爪にマニキュアを塗ったり……コラそこぉ、パタパタ仰ぐなっ! 暑いんは四人同じやねん……《以下略》」

 強面な生徒指導部長の先生から長々と諸注意があり、閉式となった。

教室へ戻ったあとは、各クラスの楞野先生からお馴染みのあれが配布される。

一年一組の教室。

「はーい、安福さん」

「ありがとう先生。たけちゃん、一緒に開けよう」

「あー、めっちゃ緊張するわ」

 竹乃は果歩の通知表が渡されるまで、自分のも開かずに待っていた。

「予想通り、2ばっかりや」

「私、社会だけ4あったよ。あと国語が3。それ以外全部2以下だけど……」

「カホミン、タケノン、ワタシの見てみる?」

 栞が駆け寄って来て、自分の通知表を見せびらかしてくる。

「しーちゃんやっぱりすごいね、主要五教科はオール5だ」

「良過ぎや。うちのと交換して欲しいわ。あっ、でも、家庭科だけはうちより悪い2なんやな。エプロンが響いたんか?」

「あったり。じつはまだ出してないんよ」

「しーちゃん、それはダメだよ。ちゃんと真面目にやらなきゃ」

「2なわけやな」

 果歩と竹乃はやや呆れ気味。

「あいつにはいろいろイタズラしたし、1付けられんかっただけでも奇跡やと思う」

 栞はてへっと笑った。

「副教科でオール5を取るのは、至難の技ですね。わたしも保体と美術は5は無理でした」

 まもなく光子も近寄ってくる。彼女も主要五教科は、当然のようにオール5だった。

「私も二学期は、一つくらいは5をとりたいな」

「うちも、社会科くらいで」

 願望を呟く果歩と竹乃。

一学期最後の帰りのホームルームが終わってすぐ、

「おーい、武貞君、安福君。いい所で出会ったね」

タイミングを計ったかのように一組の教室に横嶋先生が姿を現した。

「あのう、何ですか? 先生」

「何か用か?」

「まあたいした用事ではないんだけど、きみたちには日頃からいろいろとお世話になってるからねん、感謝の意を込めて何かお礼をしなきゃと思ったんだ。ほい、これ。オイラからの暑中見舞いさ」

 横嶋先生から二人へ、きれいにラッピングされたプレゼント箱が手渡された。

「わぁー、嬉しい! お菓子か何かですか?」

 果歩は興奮気味に尋ねた。

「ふふふ、開けてからのお楽しみだよーん」

「先生、ありがとな。水色リボンとは涼しげや。真夏にぴったりやな」

 果歩と竹乃はわくわくしながらリボンをほどき、包装をはずして箱を開けた。

「あれ? 紙しか入ってないよ」

「何やこれ?」

中に封入されていたのは、二つ折にされたB4サイズの用紙。

「これはね、一学期学習内容の実力強化プリントなんだよん。通知表で2以下の子に見事授与されるペナルティーっさ。全部でたったの四〇枚。一日一枚ずつやれば、夏休み中に片付いて、おまけに実力考査にも通用する学力がついてくるよん。継続は力なりー」

 横嶋先生はにこにこしながら申した。

「そっ、そんな殺生な。お盆の分まで含まれてますやん」

「私、こんなプレゼントはいらないよぅ」

竹乃と果歩は即、望んでいない暑中見舞いを横嶋先生にお返ししようとした。

「返却は一切認めないよーん」

 けれども横嶋先生は両腕をクロスさせ、乗算記号×の形を作って拒否。

「もう、しゃぁないなぁ、やったる、やったる。なぁ、先生。夏休みはやっぱ、あの祭典行くつもりなんですか?」

 竹乃はにやにやしながら訊いた。

「そりゃそうさ。当たり前だろ。二〇年以上前から夏冬共に、毎年欠かさず参加してる恒例行事だもんね。祭りのあとは、そこで手にした戦利品を全部読まなきゃいけないから、オイラの夏休み後半は毎年とっても忙しいのさ。それじゃーね」

そう告げて、横嶋先生は走り去る。

このあと十一時からは、三者面談。

「あっ、お母さんだーっ。こっち、こっちーっ」

 一組教室前の廊下で待っていた果歩は、夏美お母さんの姿を見かけると嬉しそうに手を振った。

「うちの母さんは、まだ来てへんな」

「竹乃さーん。お母様、お店が忙しくて来られないって言ってたから、わたくしが竹乃さんの分も聞くわね」

 夏美お母さんはそう叫びながら、二人のもとへ歩み寄ってくる。

「えー、なんか恥ずかしいな」

 竹乃は苦笑いを浮かべたが、

「わーい。たけちゃんと一緒だぁっ。四者面談だね」

 果歩は満面の笑みで大喜びだ。

二人が楞野先生から申されたことは全く同じ内容だった。簡潔にまとめると、夏休みはしっかり勉強しましょう。とのこと。夏美お母さんは予想通りね、という感じで、終始上機嫌で聞いていた。

「竹乃さん、あとでこのことお母様に伝えておくわね」

「いえいえ、結構です。母さんも分かってると思いますので」

「ふふふ。それじゃ、黙っておくわ」

 夏美お母さんはにこにこ微笑む。彼女は来賓用の下駄箱を通り、先に一人で帰っていった。

「あーあ、最悪。七月いっぱいずっと特別補習あるやん」

「たけちゃんと補習仲間でよかった、よかった」

「果歩、あんまり喜ぶべきことやないねんで」

「そうなんだけど、なんか嬉しいな」

 楽しそうにおしゃべりしながら、竹乃と果歩は廊下をてくてく歩く。下駄箱前で、光子と栞が待ってくれていた。

「カホミン、タケノン、叱られた?」

 栞は嬉しそうに話しかけてくる。

「べつにー。こうなることは予想出来てたみたいだから」

「うちの母さんは来てへんから、果歩の母さんに聞いてもらってん」

 果歩と竹乃は笑みを浮かべながら、事も無げに答えた。

「羨ましい。ワタシなんて家庭科の件伝えられてママに往復ビンタの刑食らわされたんよ」

 栞は苦笑い。

「自業自得でしょ。果歩ちゃんと竹乃ちゃん、夏休みの宿題はわたしもお手伝いするよ」

「ワタシの手にかかれば、こんなんすぐよ!」

「ありがとう、みっちゃん、しーちゃん」

「ほんま、よろしく頼むな。さっそくやけど、うちんち来てくれへん? ご当地ラムネもようさん入荷したことやし」

「それは楽しみです♪ 宿題はさっさと終わらせて、夏休みはいっぱい遊びましょう」

「カホミン、タケノン、その代わりあとでワタシのエプロン手伝ってね。適当に縫い付けたら糸がこんがらがって手に負えんなってもたんよ」

「コラコラ、栞ちゃん」

四人は楽しそうに会話を弾ませながら、帰り道を進む。

中学生活はまだ始まったばかり。授業が難しくなるのはまだまだこれから。前途多難な果歩と竹乃、でもきっと大丈夫。成績優秀な光子と、栞がついているから。


夏休みに入り、書き入れ時を迎えた武貞駄菓子店。

訪れる子どもたちの数が、いつもの夏休みより増えているそうだ。

                                     (おしまい)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

駄菓子屋さんパレット 明石竜  @Akashiryu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ