第四話 中間テストが始まっちゃう
五月六日木曜日、五連休明け。帰りのホームルームにて。
「それではみなさん、中間テストの日程範囲表を配るわね。もう二週間切ってるよ。ゴールデンウィークから頭を切り替えて、しっかりお勉強しましょうね」
楞野先生はこう忠告し、A4サイズのプリントを配布した。
「中学のテストって、難しいんだろうな」
「少なくとも公立中よりは難しいやろう。0点とったらどないしよう」
不安げな果歩と竹乃をよそに、
「まあ二人とも、そんなに心配せんと。リラックス、リラックス」
「小学校の延長みたいなものだからね」
栞と光子は余裕綽々だ。
☆
あっという間に訪れた五月十八日火曜日、中間テスト初日。朝、七時頃。
「おはようございます」
竹乃は、果歩のおウチのインターホンを押し、扉を開けた。
「おはよう、たけちゃん」
すると、玄関先に出て来たのはいつもとは違い、果歩であった。
「やあ果歩、もう制服に着替えとうやん。ちゃんと早起き出来たんや」
「うん。今、朝ごはん食べてるところ。入試の時みたいに、緊張してなかなか眠むれなかったよ」
果歩の目には、ちょっぴりくまが出来ていた。
「さすがの果歩も、昨晩は勉強したんやな?」
「いやいやー。そのはずがいつの間にか絵本読んでたよ」
果歩は眠い目をこすりながら告げた。
「うちと同じやな。うちも勉強の息抜きと思ったらついついラノベに手が伸びてたわ」
竹乃は苦笑いしながら語る。
「きっと、なんとかなるよね?」
「たぶんな」
無理やり楽観的な考えをしてみる二人は、今日は七時半過ぎ、時間にかなりゆとりを持っておウチを出発した。
一組の教室へ辿り着いたのは八時頃のこと。
「あっ、おはよう栞、光子」
「みっちゃん、しーちゃん、もう来てたんだ。バスで会わなかったからもしかしたらって思ってたけど」
「うん。今日は一時間くらい前には来てたよ。開門時間が来てすぐに」
「わたしは栞ちゃんの付き添いで仕方なく来てるの。眠いのに。早起きするために九時頃に布団入ってもなかなか眠れないもん」
「ミツリン、ワタシは深夜アニメ三時半頃まで見てたんよ。ほんまはもう少し早く寝るつもりだったのにプロ野球中継ダラダラ延長してたから、仕方なかってん。ミツリン以上に睡眠時間削っとうよ」
「栞は余裕やな。さて、うちは最後の悪あがきでもしよう」
竹乃は英語の教科書を取り出し、試験範囲のページに書かれている英文に目を通す。
ところが五分も経つと、
「あー、飽きてきたわ」
竹乃は嫌気がさしたのか、教科書をパタリと閉じた。
「たけちゃん、気分を変えて暗記系の社会やろうよ」
果歩は教科書の太字で書かれた用語を一生懸命覚えようとしていた。
「その方がええな」
竹乃も社会科の教科書を取り出す。
そうこうしているうちに八時半のチャイムが鳴り、楞野先生がやって来た。
「グッモーンニン。中学生活最初の中間テストですが、リラックスして臨んで下さいね。机の中、携帯の電源、確認はいいかな? それでは冊子を配るね。中に問題用紙と解答用紙が入っているかチェックしてね」
テスト用紙が後ろの方の果歩の席にも行き渡った。
(こっ、これが中学のテスト問題か)
果歩の心臓の鼓動はやや高まる。
そして八時四〇分。
「それでは始めて下さい」
チャイムの音と共に、楞野先生から合図がかかった。
一教科目、英語。
試験時間は授業時間よりも五分長く、五〇分間設けられている。
果歩と竹乃は一問目から手をつけた。
(えっ!? これ、教科書やワークの問題と違うよね。聞いてないよこんなの。全然分からないよう)
(嘘やっ。こんなはずじゃ……どないしょう)
果歩と竹乃、予想外のレベルの高さに戸惑う。
九時半、試験時間終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
「みなさん、シャープペンシルを置いて下さい。一番後ろの人が回収してね」
「先生、あと五分だけ下さーっい」
果歩は焦りの表情を浮かべながら挙手をして、楞野先生に懇願した。
「いけません。不正をすると全科目0点になりますからね」
楞野先生はにこっと微笑みながら果歩に優しく注意した。
「わーん。まだ半分くらいしか埋まってないのにーっ」
「あのう、早く渡してね」
果歩の答案を回収しに来た子は、大変申し訳なさそうに回収していた。
「たけちゃんも、英語出来なかったよね?」
「うん。やっぱ英語はむずいわ~」
「ほんと難し過ぎるよ」
休み時間、果歩と竹乃はぶつぶつ不平を述べていた。
続いて社会科。十時半、チャイムが鳴って一日目の試験日程は終了。
「果歩、社会の方はどうやった?」
「こっ、こんなはずじゃ……社会も得意なはずなのに。難しかったよ。50点あればいい方かな」
果歩はがっくり肩を落としていた。
「うちも、そんくらいかな、たぶん」
「お二人とも気にしないで。誰もが通る道だと思うので……」
光子は二人に励ましのお言葉をかけた。
三教科目の国語は、果歩も竹乃もそこそこ出来たようだ。
「ハァー、明日は私の一番苦手な理科に、数学だよ」
「数学は難しいよな」
「カホミン、タケノン、そう悩まんと。これから気晴らしにゲーセン行こうぜ」
「たまには脳をリフレッシュすることも大事よ」
栞と光子は、自信を無くしている二人を勇気づけようとした。
「学校帰りに、しかもテスト期間中に、ええんかな?」
後ろめたそうにしている竹乃に、
「もっちろん! 校則にはないからね。ワタシ小学校の頃から保護者不在で行きまくっとうよ」
栞はきっぱりと言い張った。
そういうわけでこの四人は、近くのショッピングセンター内の女性・ファミリー向けゲームセンターへ。
「カホミンとタケノンはどれで遊びたい?」
「私、あそこのUFOキャッチャーやりたぁーい!」
果歩は興奮気味に希望を伝えた。
「カホミンはぬいぐるみが取りたいんやな?」
「うん!」
四人はさっそくそのゲーム機の所へ近寄る。
「あっ、あのオランウータンさんのぬいぐるみさんかわいい! 私、めちゃくちゃ欲しい!」
果歩はケースに手のひらを張り付けて叫び、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「果歩ちゃん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるよ。物理学的視点で考えても難易度は相当高いよ」
「大丈夫!」
光子のアドバイスに対し、果歩は自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。
「果歩、頑張りやっ!」
「よぉーし。絶対とるよ!」
慎重にボタンを操作してクレーンを操り、目的のぬいぐるみの真上まで持っていくことが出来た。
続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。
「あっ、失敗しちゃった。もう一度」
ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間がいっぱいとなってしまった。
「もう一回やるう!」
果歩はもう一度お金を入れ、再挑戦。しかし今回も失敗。
「今度こそ絶対とるよ!」
この作業をさらに三度繰り返した。けれども一度もクレーンでつかみ上げることすら出来ず、
「わぁーん、たけちゃあああっん。あれとってえええええええ」
とうとう泣き出してしまった。お目当てのものを指差しながら竹乃に抱きつく。
「まかせとき、機械に食われた果歩のお小遣い五百円の敵、うちが討ったる!」
「あっ、ありがとう。たけちゃん、いつも頼りにしてごめんね」
「ええって、ええって」
竹乃は果歩の頭をそっとなでた。
「タケノン、優しいな」
「果歩ちゃんもよく頑張ってたよ」
その様子を、栞と光子はほのぼのと眺めていた。
「まっ、まさかこんなに上手くいくとは――」
取り出し口に、ポトリと落ちたオランウータンのぬいぐるみ。
竹乃は、一発でいとも簡単に果歩のお目当てのものをゲットしてしまったのだ。
「おーっ、タケノンすげえな。ワタシでもあれは無理っぽいのに。二人の友情パワーはそれだけ強いんやね」
「竹乃ちゃんお見事です!」
「さすがたけちゃんだ」
三人は大きく拍手した。
「うち、別に得意でもないのにたまたま取れただけやって。先に果歩がちょっとだけ取り易いところに動かしてくれたおかげでもあるんやで。はい、果歩」
竹乃は照れくさそうに語る。一番驚いていたのは彼女自身だった。
「ありがとう、たけちゃん。オランウーさん、こんにちは」
受け取った時の果歩の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。果歩はそのぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始めた。
その時、
「おーい、キミたち。そこで何やってるのかなー?」
背後から何者かに声をかけられた。果歩は肩をポンポンッと叩かれた。
「え? こっ、このトーンの高いお声は……」
恐る恐る振り向くと、
「きゃっ、きゃあああああああっ、やっ、やっぱり、横嶋先生だった!」
びっくりして、ぬいぐるみを床に落っことしてしまった。
「あっ、オランウーさんが」
慌てて拾い上げる。
「うわっ、出よった」
竹乃も慌てふためいた。
しかし光子と栞は冷静。
「横嶋先生、やはりテリトリーであるこのお店では出没率が高いですね」
「勇者栞は『よこしま』に出くわしてしまった。逃げた。失敗した」
「栞ちゃん、毒魔法で攻撃すると効果的よ」
「おいおいおい、きみたちにとってオイラはRPGのモンスター的存在なのかよん? ま、それはそれで嬉しいけどなん。それにしてもきみたち、制服姿でゲーセンとは素晴らしい心構えだな」
横嶋先生はそう告げながら、栞のそばに歩み寄る。
「ひょっとしたら来るかなぁ、とは思ってたんよワタシ」
「テスト期間中は教員も昼まででお勤め終わりだからねん。暇だから遊びに来たのさ。それよりきみたちいいのっかなん? 明日も試験があるのに、オイラの聖地で遊んでてさ」
「横嶋先生、これは遊びじゃなくて実践的な数学と物理のお勉強なの。UFOキャッチャーからは確率論と力学が学べるでしょう」
光子は強く主張した。
「確かに間違っちゃあいないがなん。まあ魚井君と二星君には全然問題ないだろうけど、安福君と武貞君はどうなんだろうかなん? 普段の小テストの結果を見ていると、オイラ非常に心配だよん」
横嶋先生はにやりと怪しい笑みを浮かべる。
「だっ、大丈夫やって」
「私、明日の試験はいつも以上に本気出しますよ」
「そいつは楽しみだな。そうだ! きみたち、オイラと音ゲー勝負してみるかい? もしも、きみたちが勝つようなことがあったならば、明日のテストできみたちが取得した点数に、さらに30点分サービスで加点してあげるよーん。ま、おいらが負けることは絶対ありえないけどな」
「いいぜ。やったるわ!」
栞は即、横嶋先生の挑発に乗った。
「ふふふ、オイラはお子様相手だからって一切手加減なんてしないよ~ん。カードゲーム大会では小学生を何度も泣かせたことがあるよん。オイラは自慢じゃないが学生時代、学校にいる時間よりも、ゲーセンにいたり、家に引き篭ってTVゲームしたりしている時間の方が遥かに長かったんだよん。ゲーム歴は三十年以上。まだファ○コンすら発売されていない、ス○ースイン○ーダーの頃からのベテランゲーマーであるオイラの実力を見せてやるよん。オイラはきみたちが生きてきた時間の倍以上はゲームに親しんでいるんだぞ! 今までに発売されたコンシューマーゲームも数え切れないほど遊んできたんだぞ。そんなオイラに勝てるなんて、まさか本気で思ってないよねん?」
横嶋先生はどうでもいい自慢話を長々と続ける。
「まあ見てなってよこしま。ワタシも音ゲーには自信あるから」
「ふふーん。そいつは楽しみだなぁ。ハッハッハ」
栞と横嶋先生はじっと睨み合う。二人の間には、目には見えない激しい火花がバチバチ飛び交っていた。
「よこしまからお先にどうぞ」
「親切だなぁ二星君は。だが、そんなことしてくれたってオイラは本気でやるからねん」
横嶋先生は二百円を投入口に入れ、難易度は『むずかしい』を選択した。選んだ曲は、今流行のアニメソングだった。
「ほいさっ、ほいさっ」
開始直後から横嶋先生は、必死にバチをバチバチ連打する。
「どうだ! はぁはぁはぁ……」
曲が流れ終わったあと、横嶋先生は全身汗びっしょりになっていた。
横嶋先生の叩き出した点数は、1061900点。
「オッ、オイラの、自己ベスト更新しちゃったよ。大人げなかったかなぁ」
息を切らしながらにやりと微笑む。
「次はワタシじゃな。公平な勝負するから、同じ曲同じ難易度にしてあげるよ」
「ふふふ、見栄張っちゃって。おいらの記録、ぬっけるかなん」
「ほんじゃ、やるよ!」
栞もバチを両手に持ち、流れてくる演奏に合わせて叩き始めた。
「んぬ!? なっ、なかなか上手いではないかあ二星君、だが、そんな程度でこのオイラに勝てるなんて思うなよん。経験の差ってのが違うんだよーん」
横嶋先生は目をパチリと見開いたあと、再び余裕の表情に戻る。
それから約二分後、
「よっしゃ! ワタシの勝ちーっ。気分爽快!」
栞はガッツポーズをして快哉を叫んだ。『1082600』の文字がピカピカ光り輝いていたのだ。
「栞ちゃんおめでとう!」
「しーちゃん強すぎーっ」
「やるな栞、自称ベテランゲーマーの横嶋先生をボロ負けにさせてまうなんて。先生、約束どおり加点してな」
栞の後ろ側に立って応援していた三人は、パチパチ大きく拍手した。
「まっ、負けただと!! この、おいらが――」
横嶋先生は口をあんぐり開けた。
「もっ、もう一度だけ勝負してくれないかなん? 今のはね、おいらのきみたちに対する優しさから不覚にも手加減してしまっただけなんだよん」
焦りの表情を見せながら、やや早口調で栞に頼み込んでみた。
「嫌や。ワタシら、早く帰って試験勉強せんとあかんのに」
栞はにっこり微笑みながら告げ、スッと席を立つ。
「なっ、何だよもう! どうせやらないくせにーっ。いいもん! ママに言いつけてやるもんねっ! うおおおおおおお」
すると横嶋先生は突然両手をド○えもんの手の形にして、筐体をバンバンバンバン激しく叩き始めた。その音が店内中に鳴り響く。
「お客様、機械が故障致しますのでおやめ下さーい!」
案の定、すぐに店員さんがすっ飛んできた。
「だってだってだってーっ。というかこれさあ、始めから一部の機能がぶっ壊れてたんじゃないのかい? 店員君。どう考えても不自然なんだよ。このオイラがプレ○テ2すら知らない女子中学生ごときに負けたんだから」
横嶋先生はいろいろケチつけて、尚も筐体をバシバシ叩き続ける。
「お客様……」
店員さんの表情はますます険しくなっていく。
「横嶋先生、そういうのはワ○ワ○パニックでやった方がいいですよ」
「それではよこしまよ、さらばだ。グッバイ!」
光子と栞はにこにこ笑いながら、いい年をして店員さんに叱られている横嶋先生を楽しそうに眺めていた。
こんな哀れな彼のことなど放っておいて、四人はゲームセンターをあとにした。
「もう夕方かーっ。ついつい遊びすぎてしもうた。ゲーセンの魔力や。カホミン、タケノン、すまんな、一時間くらいで帰るつもりやったんやけど」
「いやいやしーちゃん。すごい楽しかったよ。それにしても生徒と一緒になって遊んでくれる横嶋先生ってやっぱ素敵だよね。私、数学は大嫌いだけど先生は好きだからなんとかやっていけそう」
「なかなかええやつやな。あいつ」
果歩と竹乃の、横嶋先生に対する株はさらに上昇したようだ。
「さあ、帰ったら明日の試験勉強しなきゃ」
「やる気出んけど、やらなあかんな」
果歩と竹乃は気持ちを切り替えようとしている。
「わたし、果歩ちゃんと竹乃ちゃんのためにテストに出ると思われる分野の予想問題集を作ったの」
光子はクリアファイルからホッチキスで留められたプリントの束を取り出し、二人に手渡す。
「サンキュ光子、めっちゃ助かるわ」
「みっちゃんお手製のプリント、これを丸暗記すれば百点間違いなしだね」
「あくまでもわたしが勝手に予想して作ったものなので、あまり過度な期待はしないでね」
光子は完全に頼りきっている二人に釘を刺しておいた。
翌日、全ての教科が終了後、四人は寄り添って感想を言い合う。
「やっとテスト終わったよ。たけちゃん、とても長かったよね」
「うん。一週間くらいに感じた。どの教科も全然あかんかったけどな。結果が怖い」
嬉しさ半分、不安も半分の竹乃。
「わたしは今回もいい結果が残せそうだよ」
「早く期末にならんかな。昼までで終わるからあと遊べるし」
光子と栞にとって、定期考査は楽しみな行事の一つらしい。
五月二十四日、月曜日。
今日までに全ての教科が返却され、その日の帰りのホームルームで楞野先生から中間テスト個人成績表が配布された。個人の取得点はもちろん、教科毎の平均点と偏差値、学年順位も記載されている。
「また今回も取れて良かった。嬉しい。期末も頑張ろう」
光子は結果を知った瞬間微笑んだ。五〇〇点満点で、彼女の総合得点は四九六点。新入生テストに続いて全教科、学年トップだったのだ。
「ええなあミツリン。ワタシ、国語と英語でかなり足引っ張ってもうた」
栞は四八五点。理科と数学で満点を取るも、学年八位に終わる。
平均点は三八九点。
果歩と竹乃については伏せておくが、二人とも同じような点数で、全六クラス二三八人受けた中で、下に三十数人程度しかいなかった。
☆
五月二十六日、水曜日。
「おっはよう! カホミン、タケノン。こっち来てや」
朝、果歩と竹乃が教室へ入るなり、栞は二人に手を振った。
「あ、クーラーボックス持って来とうやん。何に使うん?」
「今日の早朝な、散歩ついでに海釣り行ってきたんよ。ゴムボートに乗ってな」
栞は見てくれといわんばかりに蓋を開けた。
「二時間くらいしかやってないけど、いろいろ釣れたよ。小イワシに小アジに小サバに、他にもエビや貝も何個か入っとうよ。あと漁師のおっちゃんからもらったタコ一杯も。鯛が一匹も釣れんかったのは少し心残りやったな」
「しーちゃんすごーい!」
「やるなぁ栞。そういや釣り好きやって言っとったな」
果歩と竹乃は中をじっくり眺める。
「今日の放課後、こいつらでシーフードバーベキューしようぜ!」
と、栞は提案する。
「それはいいわね。でも栞ちゃん。これ、氷が入ってないし、今日は結構暑いからここにそのまま置いといたら腐っちゃうかもしれないよ」
「それならノープロブレム、調理実習室の冷凍庫使わせてもらうから」
帰りのホームルーム終了後、栞は一目散に調理実習室へ向かい、冷凍庫を開けた。
「あれれ? なぁ先生、ワタシがここに入れといたお魚さんたち知らんか?」
「それなら、本日調理実習があった中学部二年七組の子たちで全部いただきましたよ。開けてみたらあらまびっくり、こんなにたくさん新鮮な魚介類があったので、お好み焼きを作る予定だったのを急遽変更して、たこ焼きと白身魚のフライを作ることにしました。とても美味しかったわ。二星さん、残念でしたね」
家庭科の先生はにこにこしながら申した。
「そっ、そんなぁ。せっかくのバーベキューがあ」
「ここの冷蔵庫を無断で使った罰ですよ、二星さん」
「ええわ、ええわ、どうせ雑魚ばっかやったし」
と、言いつつも栞はがっくり肩を落とす。
「先生、また太るでーっ」
こんな失礼な捨て台詞を吐いて実習室から走り去り、下駄箱へ向かった。
「コレ、二星さん。待ちなさい!」
家庭科の先生は当然のようにご立腹。後姿の栞に向かって、甲高いソプラノボイスで叫ぶ。けれども追いかけることはしなかった。
「あー、あのおばさん、むかつくわー」
栞は苦い表情で愚痴をもらす。
「栞、そう落ち込まんと。今から池に釣りしに行こうや」
竹乃は栞の肩を叩いて慰めてあげた。
「池釣りか。それもまたええな。ありがとうタケノン」
二人は学校のすぐ近くにある池へ向かう。
「あ、そういやタケノン、釣り竿は? バケツとエサしか持ってへんみたいやけど」
「それなら、これで十分や」
竹乃はカバンの中から凧糸を取り出した。
「今からザリガニ釣りするねん」
「ザリガニ釣りか。ワタシ、それは初体験なんよ。コイとかフナ釣るんとはまた違った面白さがありそうやね」
池に辿り着くと、二人は凧糸にちくわやするめなどをくくりつけて糸を水中に垂らした。
「おう、タケノン、さっそくかかったよ。これも昔遊び同好会活動の一環になるな」
「簡単に釣れて楽しいやろ?」
その後も入れ食い状態。二人は次々とバケツに放り込んでいく。
「しーちゃん、カルメ焼き作ったよ。出来立てだよ。いっしょに食べよ。たけちゃんに言われた通り、ハマグリの貝殻も持ってきたよ」
「家庭科の先生に頼んで、調理実習室使わせてもらったの。あの先生すごくいい人だよ」
しばらくして、果歩と光子もこの場所へやって来た。
「あいつ、ミツリンには甘いからな」
「栞ちゃんは態度が悪いからよ」
光子は微笑みながら言った。
「それにしても、いっぱいとったね」
果歩はバケツの中を覗き込んだ。
「何匹いるのかな? 数えてみよう。いーち、にー、さーん……あいたたたっ!」
果歩は手をかざした際、一匹のザリガニに人差し指を挟まれたのだ。
「カホミン、大丈夫?」
「ちょっとだけ血が出た。もう、だめでしょアメリカザリガニさん」
そのザリガニに笑顔で優しく注意。
「カホミン、絆創膏貼ったるな」
「ありがとうしーちゃん」
栞はパッチポケットからかわいらしいカエルさん柄の絆創膏を取り出し、果歩の指に巻いてあげた。
「ところでタケノン、ハマグリの貝殻は何に使うん?」
「貝笛作るねん。貝殻を地面に擦って穴を開ければ出来るよ」
竹乃が手本を見せると、他の三人も挑戦してみた。
「あっ、割れちゃった」
「ワタシも。技術力はタケノンには適わんな」
「わたしはうまく出来たよ。嬉しい」
栞がとってきたハマグリは、こうした形で再利用されることとなった。
ちなみに捕まえたザリガニたちは、しばらく観察したあと全て池に戻してあげた。
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