第二話 楽しい遠足日和

四月三十日、金曜日。今日は、新入生オリエンテーションの一つ、山登りが行われる。生徒たちは全員、体操服でもあるジャージを着用していた。

昔遊び同好会の四人は、まとまって一緒に登ることに。

「ハァハァ……あの、たけちゃん、私、疲れてきたよ」

「果歩、大丈夫? でもまだ登り始めてから五分くらいしか経ってへんけど。荷物持ってあげよっか?」

「ありがとう、たけちゃん」

果歩はさっそくリュックサックを下ろし、竹乃に手渡す。

「うわっ。重たっ! こん中って、もしかして……」

竹乃は果歩のリュックを下ろし、チャックを開けてみた。

「あ、やっぱり……」

 中身を知った瞬間、少し顔を顰める。

「えへへへ すごいでしょう? たけちゃんちのもたくさんあるよ」

果歩のリュックの中身は、はち切れんばかりのお菓子類でパンパンに詰まっていた。

「果歩ちゃん、わたしも、これはちょっとやり過ぎに思うよ」

 光子は微笑みながら忠告した。

「だって、中学の遠足は値段制限無いもん!」

 果歩はきっぱりと言い張る。

「カホミンらしい行動やな」

「まあそうやけど。食べ切れんやん。うちにも分けてな」

「もちろんだよ。みんなで食べるためにいっぱい持って来たんだもん」

 そんなわけで果歩の持ってきたお菓子類は、三人のリュックに振り分けた。

「荷物が軽くなって、だいぶ楽になったよ。私、これなら余裕で登れそう」

四人は頂上に向かって再び登山コースを前進。

 約三〇分後。

「ねえ、たけちゃん、今度は本当に疲れてきたよう。おんぶーっ」

 果歩は再び竹乃に縋り付く。

「山頂まであともう少しやねんけど。しゃぁないなぁ」

 と言いつつも竹乃は嬉しそう。しゃがみこみ、果歩を背中に担いだ。

「わーい。楽ちん、楽ちん」

「重たいなぁ。果歩、ひょっとして体重増えた?」

「たけちゃんひどーい、私そんなに増えてないよう」

 果歩は竹乃の肩をポカポカ叩き始めた。

「肩叩きしてくれてありがとな。気持ちええよ」

 竹乃はにこっと笑う。

「もう、たけちゃんってば」

 果歩はぷっくりふくれっ面になった。

「カホミン、おんぶされとうと、ますます幼く見えるな」

「果歩ちゃんと竹乃ちゃん、姉妹を越えて親子みたいだね」

 光子はにこにこしながら、うらやましそうに眺めていた。

「ミツリン、ワタシもおんぶしてあげようか?」

 栞は光子の手をつかみ、顔を近づけて問い詰める。

「あ、しっ、栞ちゃん、わたしはいいよ。恥ずかしいから」

 すると光子の頬は、ほんのり赤く染まった。彼女も本心としては、栞におんぶしてもらいたいなと思っていたみたい。

正午過ぎに、他の集団からやや遅れをとって、四人もようやく山頂に到着した。ここでお昼ご飯をとる。

栞が持参したレジャーシートを広げる。四人同じシートに座った。

「ねえねえ、お弁当見せ合いっこしよう」

 果歩は、プラスチック容器を開け、中身を三人に見せた。

「私のお弁当は、お母さんに作ってもらったの。タコさんウィンナーが一番のお気に入り」

「カホミンのめっちゃ美味そうやね。ワタシのなんかコンビニ弁当だよ。昨日ママとケンカしてん。小遣いもっとあげてって交渉したらな、めっちゃキレられてな。そんで今朝も弁当作ってくれんかってんよ」

「それはかわいそうやな。うちのは、おむすび弁当や」

 竹乃のお弁当は、竹の皮で包まれた、懐かしさを感じさせるものだった。

「すげえ。かの山下画伯もちぎり絵そっちのけで大喜びしそうやね」

「富士山の上で食べたらもっと美味しそうだ」

 果歩はそのお弁当をじっと見つめる。今、彼女の脳内では、小学校の入学式でよく歌われるあの童謡のメロディーが流れていた。

「竹乃ちゃんのお弁当はとっても風流ね。ワタシのは、自分で作ったの」

 光子のお弁当には餃子やシューマイ、麻婆春雨など中華料理を中心に詰められていた。

「わあ、みっちゃんのもすごい!」

「きれいに形が整って、高級料理店にも並べられそうな出来やな」

 果歩と竹乃はパチパチパチと大きく拍手した。

「いえ。昨日の晩、南京町へ寄って買ってきたのをただ並べただけなの」

 光子は照れくさそうに打ち明けた。

「ミツリンのも実質ワタシのと変わらへんね。カホミンとタケノンの本当の手作りのん、うらやましい」

「それじゃ、みんなで分け合いっこしようよ」

 果歩は提案する。他の三人も大いに賛成した。

「いただきまーす」

 果歩が、竹乃のお弁当のおかず・オカカ味のおむすびにかぶりつこうとしたその矢先、

「きゃーっ!」

 とある昆虫が、果歩の鼻の上辺り目掛けて飛んできた。

「あっ……」

 果歩は驚いてとっさに手で大きく振り払い、その際いっしょにおむすびまで放り投げてしまった。

「あーん、待ってーっ、おむすびさーん」

そのおむすびはそのまま山の斜面をコロコロコロリン勢いよく転がっていく。

果歩は慌てて拾いに行こうとするも、

「危ないからやめ!」

 竹乃に袖をクイッと引かれ、阻止される。そこは登山コースから外れた急斜面だったからだ。

「でっ、でも、たけちゃんの、おむすびが……」

 むなしく木立の中へと消えていく。

果歩はとても悲しそうな表情を浮かべていた。目には涙がうるうると。

「ハハハッ、実写版〝おむすびころりん〟やな」

 栞は大声で笑う。

「素晴らしい物理法則を目撃させてもらいました」

 光子は水筒の烏龍茶を飲みながら、微笑ましく眺めていた。

「わーん、こうなったのもクマバチさんのせいだーっ。たけちゃん、ゴメンね。せっかくのおむすびさん」

「ええって、ええって。あんなに見事に転がっていってもうて、うちも見ていて楽しかったよ。はい果歩、もう一個やるな」

 竹乃は、今度は昆布味のおむすびを果歩に差し上げた。

「あっ、ありがとうたけちゃん」

 果歩はおむすびを両手にしっかり持ち、一口齧るごとに辺りをきょろきょろ見渡し警戒しながら慎重に食べていた。

「タンポポさん、モンシロチョウさん、こんにちは」

食べ終えたあとは、お花摘みに興じ始める。

「果歩ちゃん、野鳥観察しませんか?」

 光子はリュックからコンパクトサイズの双眼鏡を自分用も含め三つ取り出し、そんな果歩に話しかけた。

「……あっ、私、またいつの間にか自分の世界に浸ってたよ」

 果歩は我に返り、照れくさそうに答える。

「竹乃ちゃんもどうぞ」

「ありがとな、光子」

 竹乃も受け取るとさっそく野鳥観察をし始める。

「あそこにいるのがツツドリで、あっ、サシバもいた。珍しい」

 光子はやや興奮気味になりながら周囲の風景を見渡す。

「六甲山って、本当にいろんな種類の鳥さんがいるんだね。みっちゃんは鳥さんのお名前に詳しいね。さすがバードウォッチング部も兼部してるだけはあるよ」

「ええ眺めやっ! 神戸の街並みも一望出来るし。遠くの方に関空も見えるな」

「大都市であり、異人館や中華街があって異国情緒漂ってて、豊かな大自然もあるのが神戸の魅力だよね。わたし、そんな神戸が大好きなの」

「なぁミツリン、ワタシにも貸してーな」

 栞は光子の肩を背後からポンポンッと叩いた。

「えー、栞ちゃんさっきわたしにミートボール渡してくれた時、タバスコいっぱいふりかけたじゃない。わたし辛いもの苦手なの知ってるくせに絶対わざとでしょ? 栞ちゃんのいじわる。どうしても見たいって言うんなら、百円払ってね」

 光子は顔をプイッと横に向けながら、手を差し出す。

「もう、ミツリンったらすぐ拗ねる」

光子は、口ではああ言いつつも結局、栞に快く双眼鏡を手渡していた。


「みなさーん、そろそろ出発しますよ」

 午後一時半、楞野先生から合図がかかった。

 下りは登りよりも楽ちん。スムーズに足が進む。一組のクラスメイトは誰一人とも体調を崩すことなく、無事下山完了。

午後三時過ぎ、登山口付近で学年主任から一年生全クラスの点呼を取られたあとは、自由解散。昔遊び同好会の四人はたわいない会話を弾ませながら、自宅までの帰り道を一緒に歩き進んでいく。

「あー、うち、今日はめっちゃ疲れたわ。今日は早めに寝よ」

「私もくたくただあ。でもやっぱ山登りはすごく楽しいよね?」

「せやな。果歩が一人で歩いてくれたら、うちももっと楽しめたやろな」

 竹乃はにこっと微笑み、人差し指で果歩のほっぺたをツンツンつついた。

「ゴメンね、たけちゃん。下りもおんぶしてもらって。ちょっと、痛いな」


明日からは、中学生活最初の大型連休が始まる。

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