綺羅綺姫

詩吟子

第1話 それはおとぎ話の終わり

 あるとき、その額に目映いばかりの鉱石を宿した君子が現れた。君子は同様に鉱石を身体に宿した七人の賢人を市中から集め島を平定した。

 それがこの国の成り立ちの話。

 だからこの島国の乙女は、いつの日か自分の身体にきらめく宝石が顕れて、都からお迎えがくるのを待っている。

 しかし、長じるにつれ、それはおとぎ話なのだと皆納得し、そして身の丈にあった職に就き、身の丈にあった相手と結ばれたり結ばれなかったりする。

 私だって、人よりかなり早めに、そんな奇蹟があるわけないと気付いて、勉学に励み、それなりに恋愛もした。残念ながら、全てそんなにモノにならなかったけれど。

 だから、今日も今日とて、家のパン屋の店先で、ずっとそこに住み着いた魔女のごとき風体で店番にいそしんでいるのだ。

 仕事に不満はない。あとは実直で、私よりは背が高くて、できればパンを上手に焼ける旦那様が見つかればいいな、と思うくらいだった。

 朝のお客さんが途切れたので、ご用の方はこちらのベルでお呼びくださいと書かれたプレートと、ハンドベルをカウンターに置いて立ち上がる。昨日から近くの狩り場に何やら尊い方が来ているようで、お客さんが多いため、昼食に向けたサンドイッチの仕込みを手伝うよう、頼まれているのだ。

 街で噂になっている尊い方がなんぼのもんか興味はないが、売り上げが増えるのは単純に嬉しい。

「コーラル!ちょっときておくれ」

 最近腰を痛めた母さんの声が響く。重いものを運べということだろう。新しい春服でも買ってもらおう、去年の流行りだったワンピースは袖がだぶついているデザインがいかにも流行遅れだし、そう思いながら、コーラルはバックヤードへ続く扉を開けようとした。

 と、同時に店の扉に付けたベルが涼やかに鳴った。

「いらっしゃいませ」

 視線を向けると、今年の流行りの若草色の上等なシャツを着た眼鏡の男が微笑む。この辺りでは見かけない顔だし、この辺りにはあり得ない品の良さだった。

 母さんにちょっと待ってと言わなきゃ、と考えていたコーラルは、ちり、と痛んだ胸元を押さえて静止する。なんだ、これ。

「はじめまして」

 男は滑らかに腰を折る。想像していたより声が高い。もしかしたら見た目よりも年上なのかもしれない。

 そして、依然胸の痛みは消えない。熱くなってきた気がする。もしかして恋か?んなバカな。

「コーラルカーネギーさん、主と天の命に従い、お迎えに上がりました」

 お迎え?私、死ぬの?胸熱いし。

「コーラル、何やってるんだい!?」

 しびれを切らしてやって来た母さんが、お客さんがいるのを見て、さっと目元をゆるめる。

「あら、いらっしゃいませ。お客さんがいらしてるなら、そう言っておくれ。ごゆっくりどうぞ」

「どうか、お母上もお聞きください」

 バックヤードへ退こうとした母さんを男が呼び止める。オハハウエって誰?

 男がカウンター越しにずいと近づいてくる。パーソナルスペースは広めに取りたい私にとっては、ちょっと近い。

「胸が熱いですか?ちょうどいい」

 何が、と聞く暇はあたえず、男はカウンター上の私の手を取り、出てくるよう促した。

 促されるまま、カウンターを出て、店を出る。店の外はいつの間にか人で埋め尽くされていた。私の名を呼ぶ顔見知りもいる。

 正面の道には、きらびやかな輿が置かれ、綺麗な男の人が両脇に傅いていた。

 そう、輿である。人が持ち上げて運ぶ輿だ。

「えっと、これ、なんの茶番?」

 説明を求めようと、手を引く男を見上げる。男はふわりと笑った。

「大丈夫」

 かすかに囁かれて、いや、意味わからんと声をあげる前に、男が輿に向かって膝をつく。先程とはうってかわり朗々とした声が響く。

「陛下のお言葉通り、巫女姫をお連れいたしました」

 輿に垂らされた薄布がさらりと揺れる。最初に見えたのは手だった。真っ白な手。

 ゆるりと、輿から人が降りてくる。辺りがしんと静まった。こんなに沢山人がいるのに、音がしないなんて、不思議だ。なんとなく、エプロンを外してくればよかった気がする。

 薄布をくぐるようにして、出てきた人の顔を両脇に傅いていた男が大きな扇で隠す。扇に描かれているのは双頭のドラゴン。王家の印。肩口から零れた白銀色の髪が日の光を反射してきらめいた。胸が、とにかく熱い。

「狩りの帰りにそなたがここにいるのが見えた。迎えに来たぞ」

 扇の下から、手がこちらへ伸びてくる。手のひらは上を向いていて、手を置くことを求められている気がした。

 手を、滑り込ませるように乗せると、目の前が白くなった。


 後程、客観的に捉え直したところ、目の前が白くなったのではなく、私の胸元が猛烈に光っていたのだ。

 さすがに集まっていた人々がどよめく。胸元のボタンが弾けとんだのも、おそらくこの時だったのだろう。

「コーラル!」

 母さんが私の名前を呼ぶ。振り返る頃には、視界は元通りだった。狼狽える母の顔。

「あんた、それ、髪も..」

「へ?」

 そして、気づく。

 先程まで熱かった胸元がはだけ、磨きあげたピンク色の卵大の石が輝いていたのだ。その回りには入れ墨のような不思議な模様も描かれている。また、肩にかかる髪は栗毛からもえるような赤毛に変化していた。なお、後で確認したところ瞳の色も同様に変化していた。

「そなたには、未来を見渡す力がある。私とともに来い、奇蹟の巫女姫」

 ちょっとまて、という暇を与えずに白い手が私の手をぐいと引っ張った。バランスを崩して抱き留められると、そのまま輿の中に入る。ああ、ないがしろにされる私のパーソナルスペース..。背後で、国王を賛美する声が束になって上がったがひどく遠く感じた。

 恐る恐る顔を上げると、恐ろしいほどの美貌と目があった。額には、伝説と相違ない虹色の宝石..。

 国王陛下は目が合うと、ニヤリと人の悪そうな笑顔を浮かべた。


 かくして、私、コーラルカーネギーのおとぎ話は完全に霧散した。

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