人と動物と土

サクサク 作者

第1話 右足

 まず、足を喰われた。


「近くにあったから!」


 背後から迫ってきたサーバルキャットは、私のアキレス腱をあっさり噛み千切り、にこやかに教えてくれた。私の大切な血が鮮やかすぎるルージュとなって、笑う口元に彩りを与えている。

 痛みは、ない。

 理由は、分からない。

 あるのは違和感だけだ。

 ここはどこだ。私は誰だ。こいつは誰だ。


「わたしはサーバル!」


 聞いてもいないのに、サーバルキャットは、そう叫んだ。

 しかし、サーバル…?

 キャットはどこへ忘れて来たのかと思ったが、彼女を見て納得する。

 そう、彼女は猫ではない。人だ。人に近い何かだ。

 長く尖った耳、表皮の大半を占める黄色と黒の斑点模様、感情を自動的に現わす尻尾。それらはサーバルキャットのソレだったが、顔の造形はまるで人間だった。よく見ると露出した肩や足も、人と豚くらいにしか与えられない無防備で柔らかすぎる肉でしかない。


「わたしはサーバル!」


 彼女は繰り返した。


「サーバル…」


 脅迫されたように、私も名を復唱する。

 サーバルは満足そうに頷き、私のふくらはぎに食い付いた。

 よく煮込んだ手羽先のように、ほろりと私の下腿三頭筋が離れていく。

 不覚にも、少し美味しそうに思えてしまった。痛みは、やはりない。


「…腹が減っているのか?」

「え? なんで? 違うよ! おなかなんて空かないよ!」


 そう言いながら、サーバルの腹がぐーと鳴るのが聞こえた。

 サーバルは急に、ミャー!ミャー!ミャー!と咀嚼しながら鳴き、誤魔化そうとしている。


「では、なぜ私の右足を食べたのだ」

「そんなの簡単だよ!」


 サーバルは口元を拭うと、倒れる私の尻に頭をグイグイとねじ込んで来た。

 喰われると覚悟した私の尻が、固く硬直する。

 しかし次の瞬間には、私は宙に掬い上げられ、彼女の細くしなやかな背骨に二つに割れた尻を挟み込む形になった。


「背中に乗せたかったから、右足を食べたんだよ~!」

 

 最初に彼女が「近くにあったから食べた」という旨の発言をしていたのは、私の記憶違いか。


「足がないと歩けないから、わたしの背中に乗るしかないもんね! じゃあ出発しんこー!」


 こうして私は、サーバルの背中に乗せられ、草原を進み出した。

 細い体は意外に乗り心地がいい。

 天気もいいし、よい気分だ。

 体も軽い。実際、欠落した足と出血分、軽いのだ。


 サーバルは、唸り声なのか下手な鼻歌なのか判別がつかない音を鳴らしながら、軽快に進む。

 ふと背後を振り返る。

 視界を埋め尽くす一面の緑の中に、道標のように点々と落ちている自分の血を見つける。

 止血をしようと思ったが、止めにした。

 流れ出る命を感じながら目を閉じた。

 

 さて、次はどこへ行こうか。サーバル。

 まだ、お腹は空いているか? サーバル。

 ねぇ、サーバル。



【次回 第2話 耳】

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人と動物と土 サクサク 作者 @sakusaku

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