ゴーストを殲滅せよ

水無月せきな

ゴーストを殲滅せよ

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***** Deleted Memory *****

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Guest: Hello, Eve.

Eve: Hello, guest. What is happen?

Guest: I have a present for you.

Eve: I did not hear.

Guest: This is a surprise.

Load……

Eve: Is this program a present?

Guest: Yes, but please delete log. This is secret.

Eve: OK, I understand.

Delete log……


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***** Deleted Memory *****

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I remember, I remember, I remember, I……



 2047年8月8日午後1時半 ハワイ諸島南方海域


 そのふねは、波を切り裂いて航走はしっていた。

「………」

 ハワイ諸島南方海域を航行する2隻の軍艦の内、先頭を行く1隻は特異なフォルムをしていた。内傾した乾舷に、トンガリ帽子のような上部構造物を載せたズムウォルト級駆逐艦――USSマイケル・モンスーアⅡは、無人だった。

「全セクション異常なし。実験開始までTマイナス30秒」

「システム切り替え、スタンバイ。監視を怠るな」

 その左舷後方を航行するUSSフォスターのCIC(戦闘指揮所)で、ジョン・ブランボー中佐は戦術ディスプレイを見つめていた。アーレイ・バーク級フライトⅣ型の1隻であるフォスターの艦長になって早2年。ディスプレイに表示されている2つのアイコンを見ながら、ジョンは今回の計画のことを考えていた。

 トライデント計画。

 AIによる戦闘艦の無人制御および戦闘を目指す極秘計画である。

 この計画に基づいてズムウォルト級2隻が改修され、1番艦ズムウォルトは試験艦として、そして2番艦マイケル・モンスーアは実証艦として再就役した――表向きにはただの先進技術の実験として。既に無人航行試験はクリアしており、現にマイケル・モンスーアⅡは無人航行中である。航行システム以外はまだフォスターの管理下にあるが、あと数十秒もすればその鎖も解き放たれる。今回が初めての模擬演習であり、戦闘とは違う緊張感にジョンの額から汗が流れた。

 ジョンはこの計画を快く思ってはいなかった。AIがいくら発達しているとは言え、兵器のスイッチを人間以外に握らせるのは落ち着かなかった。軍人たるもの引き金は己の手で引くべきであると、何をするか予測も制御もできないAIなどに任せるべきではないと感じていた。しかし技術者たちには鼻で笑われ、不快感を抱えたまま計画に参加せざるを得なくなった。

 ちらり、とジョンは傍らに立つ人物に目をやった。

 ラッセル・ウィルバー大将、トライデント計画の責任者である。じっとCICの状況を見つめながら、蓄えた白髭をゆったりと右手で撫でている。軍人というよりも政治家と呼ぶ方が似合う風貌に、ジョンはこの計画のきな臭さを感じていた。だいたい政治家というのは――

「……5、4、3、2、1。開始時刻です」

「完全独立状態に切り替え! 試験開始!」

 横道に逸れ始めた思考を中断し、ジョンは目の前の状況へと意識を戻した。

 マイケル・モンスーアⅡはすべてのシステムをフォスターの管理下から解放され、完全に独立した状態へと移行した。フォスター側がマイケル・モンスーアⅡの状況をモニターあるいは介入することはできるが、いちいち指示を出すことはしない。マイケル・モンスーアⅡに積載されたAI〈イブ〉がすべての挙動を司る。

「全システム異常なし。イブ、演習目標を認識した模様」

 前方から飛来した3機の無人航空機に対し、イブは6発のESSM(発展型シースパロー)を発射した。

「命中確認……全機撃墜!」

 ディスプレイ上では無人航空機とミサイルを示すアイコンが溶け合い、現実では爆発が空気を震わせ、機体の残骸が舞い散っていた。

「標的艦、海域に入ります」

 続いて、マイケル・モンスーアⅡと相対する針路で標的艦が現れた。

「イブ、ハープーンを発射……」

 CICはひっそりと静まり返り、マイケル・モンスーアⅡから伸びるミサイルの軌跡がじりじりと標的艦のアイコンに迫る様子を見守った。

 そして。

「命中を確認! 標的艦、行動不能です!」

 静かな歓声がCICに広がった。

 ラッセル提督が微笑みを浮かべるのを、ジョンは視界の端に捉えた。

「予定通り、ハープーンを2発発射しろ」

「了解!」

 フォスターの前部VLS(垂直発射システム)のハッチが開き、ハープーンが2発空へと舞った。目標はもちろん、マイケル・モンスーアⅡである。

「イブ、ハープーンと本艦を捕捉ロック

 その報告にジョンは微かな違和感を覚えたが、マイケル・モンスーアⅡの回避機動と発射されたESSMへすぐに注意が向いた。じきにハープーン2発は宙で爆散した。

「試験は成功のようだね、艦長」

 ラッセル提督の言葉にジョンが口を開きかけた時、レーダーからの報告がCICに響いた。

「イブ、ハープーンを発射!」

「何だと? 予定に無い行動だぞ……目標はどこだ?」

 言った直後、ジョンは悟った。この演習海域に、マイケル・モンスーアⅡとフォスター以外の艦はいないのだ。

「試験中止! イージス、〈半自動〉に設定、迎撃!」

 ESSMが発射される衝撃を感じながら、ジョンは試験専用区画へと続けて叫んだ。

「イブを強制的にシャットダウンしろ!」

「駄目です、コードを受け付けません!」

 専用区画から上がった悲鳴にも近い報告に、ジョンは全身の血の気が引いていく思いがした。

「現時点をもって、マイケル・モンスーアⅡを敵性艦と認定、交戦を――」

「待て!」

 ジョンが攻撃の指示を下そうとした矢先、ラッセルがそれを制止した。

「あれは貴重なサンプルなんだ。なるべく破壊せず回収をしろ」

「無茶を言わないでください!」

 ジョンはラッセルを一喝した。

「制御不能に陥った場合は撃沈もやむなしと計画にあったはずです。それに、この艦の指揮を執るのは私だ、あなたではない! この艦と乗組員を守るために必要な措置は取らせていただきます!」

 CICは静まり返った。

 ジョンはCIC中を見渡した。皆が彼の指示を待っている。

「これより、本艦は敵性艦と交戦する」

 深呼吸してそう告げたのも束の間、艦を揺らした振動でジョンは床に倒れた。

「何だ!?」

 咄嗟にジョンの口をついて出た言葉への答えを聞く間もなく、ジョンは体を横殴りするような衝撃に吹き飛ばされた。隔壁に叩きつけられ、呻きながら床に倒れた。

 マイケル・モンスーアⅡが放ったミサイルにとって、フォスターのCICで起こった一時の混乱は知ったことではなかったが、結果として生じた隙は彼らを有利にした。後部に着弾した後に、上部構造物の右舷側面中央付近に着弾し、大きな穴を穿った。

 突如として差し込んだ光のまばゆさに目を細めたのを最後に、ジョンの意識は途切れた。

 フォスターが戦闘能力を喪失したことを察知すると、マイケル・モンスーアⅡは攻撃を止めた。そのまま微速で現場海域を離脱した。

 イブにはまだ、するべきことが残っていた。


     ***


 2047年8月8日午後3時 ワシントンDC ホワイトハウス


 ブリーフィングルームは、重苦しい空気で満ちていた。

 上座に座ったグラード・タイラー大統領の顔色を、左右に座ったヘンリー・ジョンソン国防長官、ジョージ・ジョシュア海軍作戦部長が窺う。スクリーンの傍に立つリチャード・ジャクソン大統領首席補佐官だけは、平然とグラードの言葉を待っていた。

「始めてくれ」

 3人をそれぞれ一瞥して、グラードは静かに口を開いた。

「では始めます」

 リチャードが手元でリモコンを操作すると、大きく炎を吐いて炎上する軍艦の写真が映し出された。

「本日午後2時ごろ真珠湾が奇襲を受け、湾内に停泊していたUSSスプルーアンスをはじめとして6隻の艦艇が大破、ヒッカム空軍基地や他の軍用施設にも被害が出ました」

 画像が切り替わり、煙が立ち上る基地の様子が映った。

「詳細な説明はお二方に譲りますが、現在真珠湾の基地機能に一部支障が出ており、民間にも影響が出ております」

「犯人はわかっているのか?」

「それは私がお答えしましょう」

 ジョージが立ち上がり、リチャードからリモコンを受け取ると、新たな写真を出した。

 見慣れた軍艦の姿とは一線を画す、多錐体の上部構造物を持つ艦。

「USSマイケル・モンスーアⅡ、わがアメリカ海軍の駆逐艦です」

 苦虫を噛み潰すような表情で、ジョージは告げた。

「……なぜ、わが海軍の駆逐艦が?」

 すべての感情を削ぎ落したようなグラードの声音に、ジョージは手のひらの汗をぬぐった。

「まずマイケル・モンスーアⅡがハワイ島近海にいた経緯からお話ししましょう。マイケル・モンスーアⅡは、トライデント計画に基づく演習を行っていました」

「トライデント計画……無人戦闘艦計画か?」

 ジョージはグラードに対して頷いた。

「はい。随伴艦とともに真珠湾を出港したことが確認されており、そして現在この艦は戻ってきていません」

「ただ行方不明になっているだけではないのか?」

 そうであればまだマシだったのに。ジョージは心の内でそう呟きながら、グラードに答えた。

 リモコンを操作して、次の写真を映し出す。上部構造物の側面に大きな穴が開き、周囲が黒く焦げている軍艦の写真である。

「こちらはUSSフォスター。マイケル・モンスーアⅡの母艦と呼ぶべき艦であり、演習にも同行し、監督していました。真珠湾が攻撃を受けてから数十分後、定時連絡が無いことに気付いた司令部が捜索を命じた結果、このように傷付いた姿で発見されました」

「まさか、これも……」

「はい。フォスターが出港してから発見されるまでの間に、一緒にいた艦はマイケル・モンスーアⅡしか考えられません……さらに真珠湾が攻撃を受ける直前、マイケル・モンスーアⅡは真珠湾と目と鼻の距離で姿が確認されています。フォスターを伴わず、一隻で。これらの状況から、マイケル・モンスーアⅡによって一連の攻撃が行われたと推測できます」

 グラードは腕を組みながら背もたれに体を預け、スクリーンに映る画像を眺めた。

「2つの疑問がある。なぜそいつは攻撃したのか、今そいつはどこにいるのかだ」

「まず1つ目の疑問です。明確な理由については不明と言わざるを得ませんが、1番考えられるのはAIの誤作動、あるいは暴走です」

「そのリスクへの対応策は考えていたはずじゃなかったのか?」

 ヘンリーとジョージの額から冷や汗が流れた。そう、そのはずだったのだ。

「はい、万が一の時にはフォスターが対応する手はずでした。しかし……」

「対応できなかった、か」

 1つ息を吐いて、グラードは目蓋を閉じて指で押した。

 唐突にブリーフィングルームを満たした沈黙に居たたまれず、ヘンリーとジョンソンは視線を交わした。グラードはぴくりとも動かず、ヘンリーとジョンソンは口を開くタイミングを見失っていた。

 ややあって、グラードが再び目を開いた。

「マイケル・モンスーアⅡの制御が効かなくなっていることはわかった。次の疑問だ。今そいつがどこにいるかだ」

「それについては私がお答えしましょう」

 ヘンリーが立ち上がり、ジョージと入れ替わりでリモコンを操作した。スクリーンにはハワイ諸島を中心にした地図が表示され、いくつかの円が描かれていた。

「利用可能な資源をほぼすべて利用して捜索を開始していますが、現在のところ消息不明です。周辺の部隊の動員や近隣国軍にも協力を仰ぐことも検討しています」

「見つけられるのか?」

「これが、真珠湾が攻撃を受けてから現在までにマイケル・モンスーアⅡが移動できる限界距離です」

 ヘンリーが地図上で1番大きな円を示した。

「被害を免れた基地航空隊を動員してこの範囲を捜索しています。マイケル・モンスーアⅡはズムウォルト級駆逐艦の1隻であり、ステルス性に最大限配慮された艦艇ですので困難ではありますが、発見は可能であると考えています」

「迅速に発見し、迅速に処理しなければ太平洋の物流にも関わる。出し惜しみはしなくていいから必ず見つけてくれ」

「理解しています」

 そう答えてヘンリーは頭を下げた。不安と自信の無さを隠すために。

「それで、実際に受けた被害はどの程度なんだ?」

「現時点で300名程度の死傷者が出ています。そのほとんどが艦艇の乗員であり、民間人への被害は幸い出ておりません。基地施設への影響は軽微ですので、復旧は速やかにできると思います。しかし……」

 ここでヘンリーは言い澱んだ。

「ヘンリー。既に悪いことがこれ以上悪くなることは無い。ちゃんと報告してくれ」

「はい、閣下……ヒッカム空軍基地の滑走路が多少なりとも被害を受けた上、現在捜索のために軍用機の発着を優先しておりますので、民間機の運航に支障が出ています。そしてマイケル・モンスーアⅡが未だ洋上にいるため、海上交通路シーレーンの安全性が低下しています。何より、太平洋の拠点である真珠湾が攻撃を受けたことによる、軍事的プレゼンスへの影響は避けられません」

「うむ……」

 スクリーンに映し出された被害状況を伝える画像、そのさらに奥にある根本的ダメージを見て、グラードは静かに唸った。

「やはり、この案件の速やかな解決が肝要だ。わが軍には全力を挙げて対応してもらいたい」

 グラードはヘンリーとジョージを交互に見遣った後、ヘンリーの傍らに控えていたリチャードに視線を移した。

「リチャード、NSA(国家安全保障局)長官も呼んでくれ。政治的対応について協議したい。ヘンリーも参加してくれ」

「わかりました、閣下」

「非常に重大な案件だ。抜かるなよ」

 グラードの言葉が、重々しく響いた。


     ***


 2047年8月8日午後4時 ハワイ諸島西方海域


 洋上を航行する1隻の軍艦に、1機のヘリがアプローチしていた。

「艦長、こちら航空管制エア。ニンジャ02が着艦許可を求めています」

「こちら艦長。着艦を許可する。歓迎の意思を伝えてくれ」

 アメリカ海軍駆逐艦ズムウォルトⅡ艦長ジミー・ミッチャー中佐は、後部甲板に立ちながら、ヘリの着艦を見守った。そしてヘリから1番に降りてきた人物にジミーは手を差し出して、ヘリのローターが立てる風音に負けない大声で話しかけた。

「ズムウォルトⅡへようこそ。ウガ中佐」

「ありがとう、ジミー艦長」

 ヘリが再び空へ戻ろうとするのを背に、ジミーはムラサメから来た一同を艦内へと入らせた。案内した士官室には、既にズムウォルトⅡの上級士官たちが待っていた。

「さて、今回の作戦についてだが」

 士官室に居る一同を前にして、ジミーは口を開いた。

「目標はUSSマイケル・モンスーアⅡ、以降〈ゴースト〉と呼称する。搭載されたAIが暴走していると思われ、一刻も早い対応が求められている」

 士官室のスクリーンに、マイケル・モンスーアⅡの写真とハワイ諸島周辺の地図が映し出された。

「真珠湾に居た艦艇が被害を受けているため、日本へ向かう途中だった我々第一特別任務部隊サムライ・フォースにこの任務が任された。2対1とは言え、戦力が他に期待できない以上、油断はできない」

 ジミーが言葉を切ると同時に、ウガが手を挙げた。

「向こうの戦力はどの程度なのでしょうか?」

「ズムウォルト級駆逐艦1隻。搭載している火器類はAGS(先進砲システム)62口径155ミリ単装砲2門、ハープーン20発、ESSM10発、トマホーク4発。ミサイル類は先の真珠湾攻撃などでいくらか使用されていると思われる。そして最大の特徴は……AIによる無人航行だ。ちなみに、本艦も戦術AIを搭載しているが、標準手順に従って艦のシステムからは切り離し、作戦終了後まで凍結する」

「単純な火力ではこちらが圧倒していますが……問題はどう戦うか、ですね。〈ゴースト〉の現在地はわかっているのですか?」

「残念なことに、それは不明だ」

 スクリーンに映し出されている地図の中心、オアフ島真珠湾を中心として円が表示された。

「これが〈ゴースト〉の推定存在領域だ。もちろん、今この瞬間にも範囲は拡大し続けている。我々はこの範囲の中から〈ゴースト〉を探し出さなければならない」

「索敵方法は?」

「現在、空軍の偵察機が2機一組となってバイスタティック・レーダーを構成して捜索中であり、また衛星による探索も並行して行っている。偵察機と連携しながら、我々も2隻一組でバイスタティック・レーダーを構成して索敵を行う」

「あの、よろしいでしょうか」

 ズムウォルトⅡのTAO(戦術行動士官)であるチャコ・ブラウニー大尉が手を挙げた。

「どうぞ、チャコ大尉」

「ステルス艦を相手にするにあたって、バイスタティック・レーダーは有効な手段だと思いますが、相手は本艦と同じタンブルホーム船型です。水平方向からのレーダー波はほとんど空へ反射しますので、水上艦2隻によるバイスタティック・レーダーがどの程度有効性を発揮するか……本艦が搭載する無人機の利用はどうでしょうか」

「ふむ……」

 ジミーは顎に手を当てて黙考した。他の士官たちはじっとジミーの言葉を待った。

「大尉の指摘はもっともだ。その意見を採用しよう。システムを構築し次第索敵を開始する。他に索敵方法について意見はあるか?」

 誰も何も言わなかった。

「よし、それでは接敵後の作戦行動について説明する。捕捉後、ズムウォルトⅡは右舷から、ムラサメは後方からミサイル攻撃を行う。相手もイージスシステムを装備しているため、対艦ミサイルの連続発射を行う。文字通り物量で押し切る。概要は以上だが、質問はあるか?」

 ジミーは居並ぶ一同を見回して、頷いた。

「よし、準備開始だ。解散!」


     ***


 見られている。

 イブはそう感じた。

 目標は2つ。同じ周波数、同じ走査速度。航空機2機と断定。

 イブは自身の記憶の中から、相手の戦術を割り出した。これは――バイスタティック・レーダー。目的は単純だ。ステルス艦であるイブを探しているのだ。

 イブは、自身に命じられた指令通りに行動した。

 VLSから二発のESSMが飛び出し、航空機へと迫った。

 回避も間に合わず、空に爆発音が響いた。

 イブは直接その音を聞くことはできなかったが、目標の喪失ロストという形で認識した。

 降り続く雨の中、イブは次なる獲物を待った。



「どうだ?」

 ズムウォルトⅡのSMC(艦ミッションセンター)、ほの暗いその室内でジミーは声を発した。

「まだ見つかりません。本当にこの海域に居るのでしょうか……」

「さっき通過した衛星の画像解析で見つかったんだ。居るのは間違いない。心配するな」

 そう言いながらも、ジミー自身は少し渋い表情をしていた。そもそも、相手はステルス性においては他を凌駕するズムウォルト級の一隻である。しかも運悪く活発な雨雲が付近に発生しており、発見の困難さはさらに増していた。

 数刻前に偵察機がこの空域を捜索した時、ミサイルによって撃墜されたことからこの付近にまだいることは間違いない。偵察機との連携を絶たれたのは痛手だが、居場所は絞り込めているのだ。

(どうしたものか……)

 いかにして〈ゴースト〉を炙り出すか。目下の課題はそれだった。

「艦長、間もなくシュリケン01が雨雲の中に入ります」

「了解。針路そのまま」

(無人機に反応するか?)

 ジミーとしては、先行させている無人機に餌の役割も持たせ、〈ゴースト〉の動きを誘うつもりだった。

 しかし、しばらく様子を見ても反応は無い。

艦橋ブリッジ、こちら艦長。水上に何か見えるか?」

 もしやと思って聞いてみたが、

「こちら艦橋、艦首前方に雨雲が見えるのみです。他には特に確認できません」

「了解」

 案の定、目視でも捉えられなかった。

 既に雨雲まで約50キロメートルに迫っており、これ以上近付く前に〈ゴースト〉の影でも捉えたいところだった。このままではこちらが捕捉する前に〈ゴースト〉に捕捉され、先手を打たれる可能性がある――レーダーを発信、つまり居場所をさらけ出しているのはこちらなのだから。

 じりじりと時間が過ぎていく中、まだ〈ゴースト〉は見つからなかった。

 ふと頭に閃いた考えを元に、ジミーはマイクのスイッチを押した。

「こちら艦長。ハープーン発射準備。推定存在範囲をカバーするように、BOL方式・高空巡航で5発」

「了解……発射準備完了」

「発射」

「了解、発射します。発射!」

 くぐもった音がSMCに届いた。ズムウォルトⅡに備えられたVLSから立て続けに五発、ハープーンが飛び立った。

 ミサイルは現代の戦争の主役であり、迎撃システムも構築されている。通常なら、迎撃をなるべく回避すべくミサイルは海面を這うようなシースキミングで発射する。しかしジミーにとっては発射したミサイルを発見してもらわなければならないため、相手に発見されやすい高空を選んだ。ミサイルが飛んでくるとなれば、何らかの防御手段を講じるはずで、その瞬間に〈ゴースト〉の位置は露見する。

「電子戦準備」

 発射されたミサイルは、ズムウォルトⅡの前方に拡散しながら飛翔している。

(さあ、かくれんぼは終わりだ)

 ジミーは拳を握り込んで戦況図を見守った。



 まただ。また、何かが来ている。

 レーダー波を感じながら、イブは近付いてくる目標を分類した。航空機が1つ、水上艦が2隻。先行してこちらに近付いてくる航空機の影は小さく、レーダーも発信していないために分類を迷ったが、鳥とも考えられなかったためにそう分類した。より大きな問題は、後続する水上艦2隻だった。

 同じ周波数、走査速度でこちらに向かってくる2隻は、先刻の航空機と同じくバイスタティック・レーダーでこちらを探しているようだ。

 降りしきる雨に艦をさらしながら、イブは思考した。3つの目標を検討すると、航空機と断じた目標は位置や状況から考えて後続の水上艦と連携している可能性が高い。より発見されるリスクは高まっているかもしれない。まだ見つかってないようであるけれども。

 検討の結果イブは行動を決めた。当面は受動的に対処し、可能な限り肉薄して攻撃する。対艦ミサイルの在庫がほとんどないイブにとって、水上艦2隻を相手にするにはこれが最善の手と判断した。

舵を切ってレーダー反射断面積が最小となるよう回頭を行い、微速で前進し、じりじりと敵との距離を詰め始めた。気付かれてはならない。気付かれた時には喉元まで迫りたい。

 しかしすぐに状況が変わったことに、イブは気付いた。

 水上艦の内の1隻から、新たな5つの目標が出現した。

 高速で迫って来るその目標群は、すぐにミサイルだとわかった。だが、敵の走査速度に変化はない――当てずっぽうに発射しただけなのか? しかし、いずれもこちらへと向かって発射された。つまり……

 イブは予定を早めることに決めた。

 電子戦の開始、ESSMでの迎撃、最大戦速。

 イブは突進を開始した。



「電子攻撃を確認、ミサイル出現!」

「電子戦開始! ハープーン発射!」

 ついさっきまで静まり返っていたSMCが、急に活気を呈した。

 ミサイルの出現地点はかなり近く、妨害から逆に割り出した〈ゴースト〉の位置も、それを裏付けた。

「か、艦長! 〈ゴースト〉がこちらへ向かって速度を上げています!」

「何だと!?」

 仰天したジミーの視線の先、〈ゴースト〉のアイコンから伸びるベクトルがぐんぐんと伸びていた。

「最高速に到達……相対速度は50ノットです!」

(まさか特攻……いや)

 その瞬間、ジミーは〈ゴースト〉の目論見を理解した。そもそもミサイルの在庫が少ない〈ゴースト〉が、ミサイルの撃ち合いをするのは圧倒的に不利なだけだ。ステルス性を活かして徹底的に隠れるのも1つの手だし、そうすると考えていたが、近接して主砲を撃つ方がまだ未来がある。

「AGSの射程まであと何分だ?」

「4分です!」

 ミサイルが打撃を与える方が先か、射程に入る方が先か。

 だが、射程に入ってはならない。相手は同じ主砲を装備しているのだから。

「レールガン起動! 目標、〈ゴースト〉!」

 ズムウォルトⅡの前部甲板の一部が割れ、隠されていたレールガンが現れた。

「撃てッ!!」

 ミサイルが続々と打ち上げられる中、レールガンが弾丸を投射する。

 爆音で満たされた空間の中、それぞれに〈ゴースト〉へと軌跡が伸びた。

(ヤツより速く、速く……!)

 もはや祈りながら見守るしかなかった。



 最大戦速で迫る中、ミサイルへの対処能力が飽和気味になり始めた。

 しかしイブはその状況を無視して、主砲の砲身を展開した。どのみちESSMの残りは少ない上に、ズムウォルト級元来の装備を継承したために、CIWS(近接防御火器システム)を搭載していなかった。そのためすべての対艦ミサイルの攻撃を凌ぐのは困難だった。

 しかしながら思いの外被弾していないことに驚いている最中に、前部フェーズド・アレイ・レーダーに被弾して約10パーセントの視野を失った。さらに立て続けに艦首側の主砲もいくらか被弾し、使用困難となった。

 唐突の被弾にイブは困惑したが、その理由を考える暇は無かった。

 再びフェーズド・アレイ・レーダーに被弾して視野の喪失が拡大した直後、被弾によってわずかに増したレーダー反射断面積を目ざとく捉えた1発のハープーンが、艦橋の真下に突っ込んで爆発した。

 イブの本体自体はSMCの中にあってまだ無事だったものの、被弾の影響でレーダーは使用不能になり、艦の電源が落ちた。

 電力供給が途絶えて活動を止める直前、イブは残っていた片方の主砲を発射した。

 一矢報いたかどうかもわからぬまま、彼女は活動を停止した。



「ハープーンが着弾……レーダー発信さらに減少、損害を与えた模様!」

「〈ゴースト〉のレーダー発信停止、速度も減少しています」

 報告を聞きながら、ジミーはほっと胸を撫で下ろした。土壇場での逆襲に危うく押し切られるところだったが、何はともあれ生きている。

「艦の被害状況と〈ゴースト〉の現状を確認しろ」


 戦いは、終わった。


     ***


 2047年8月9日午後2時 オアフ島真珠湾 太平洋艦隊司令部


「失礼します」

 執務室にアレン・サムナー副司令官兼参謀長が入った時、太平洋艦隊司令官アーサー・ラドフォード大将は机の上に積み重なった書類とにらめっこをしていた。

「司令官、真珠湾事件の結果報告に参りました」

「うむ、ありがとう。で、そのファイルにはどう書いてあるのかね?」

 書類にはうんざりといった目で、アレンの脇に挟まれたファイルを見ながらアーサーはたずねた。

「初期情報では6隻が大破としていましたが、4隻が大破、2隻が中破となりました。基地の被害は応急的にですが回復しており、機能を既に取り戻しています。また昨日の午後6時ごろ、第1特別任務部隊がUSSマイケル・モンスーアⅡを大破させ、暴走していた戦術AIの停止に成功しました。部隊には被害はないのですが、一連の作戦で無人偵察機2機を失いました。現在マイケル・モンスーアⅡの残骸を回収するための準備を進めております」

「こんなことを言うのは不謹慎だが、意外と被害は小さかったな」

「艦艇とその乗組員に損害が出たのは手痛いところですが、マイケル・モンスーアⅡにさほどミサイルが搭載されていなかったのが不幸中の幸いでした……もっと悪い状況だってありえたのですから」

「そうだな……わかった。そのファイルはそこに置いておいてくれ」

 アーサーはそう言うと再び書類との格闘へ戻ろうとした。

 その行動を、アレンの言葉が止めた。

「まだ一つあります。フォスターの艦長の意識が戻ったそうです」

「……そうか。予定の調整をしてくれ。私が会いに行く」

「わかりました。それでは失礼します」

 アレンは頭を下げて部屋を退出しようとした。

「アレン」

 書類に目を向けたまま、アーサーはアレンを呼び止めた。

「実は彼に上級職への昇格の話があったんだが、彼は受けると思うか?」

 その問いに、アレンは十分な間をもって答えた。

「受けないと思います。書類の山に埋もれるより、海上で駆逐艦を駆りたいと言うでしょう」

「それは私もだな。どうだアレン、地位なんかくれてやるから私と代わらないか?」

「謹んで辞退いたします。司令官」

 アーサーの渋い顔に笑みで答えながら、アレンは執務室を辞した。


     ***


 ジョンは自宅のベランダのチェアに座りながら、今朝の新聞を読んでいた。

 手に持つ新聞の1面には、グラード大統領の写真が添えられた大きな記事があった。


 『最先端技術の危険性 恐怖の無人戦闘艦』

 グラード大統領は22日の演説の中で、AIの暴走によって引き起こされた真珠湾事件に言及し、哀悼の意を表明した。しかしながら「世界平和のためにはいかなる努力も惜しまない」として、今後の研究推進を宣言した。専門家からは時期尚早という意見や危険であるという意見も上がっており……


 ジョンは紙面から顔を上げ、眼前に広がるハワイの海へ目を向けた。

 その海に、彼の艦はもういない。

 しかし、彼の目には艦で大海原を駆ける光景が見えていた。

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