9.月はあやかしの…

 古くに栄えた街は、何かを建てようと掘り起こすと、古い遺跡が発掘されてしまうことが多い。

 ほんとうに重要な遺跡かもしれないので、徹底的に調べ、データを採取してから、その上にものを建てて良いかどうか判断を下す。

 調べる時間に労力に資金、狂う建設予定。そんなことが多いためか、中心都市であるにもかかわらず、大がかりな都市計画もなく、鉄道の発達を遂げることが出来なかった。

 隣の小郡に新幹線駅が出来てしまったのもその為だと聞かされている。


 だから、この街はいつも静か。ずっと歴史の空気をまとわせて、日本の匂いをゆっくりと時間を遅らせるようにして大切に大切に残している。

 それを良いと思う人もいれば、特に若い人は『ここは違う』と思って出て行く者も多い。

 カナは好きだった。ここで静かに、この街のような色合いのガラスを造る。かの時代の人々も、異国からやってきた透き通るガラスに魅入られた。そんな人の心を思いながら、ここの色を探って――。


 この街は、このままでいい。

 どこにでもあるような街になって欲しくない。

 現代社会の最先端から多少取り残されていても、美しい古都のままでいて欲しい。


 それでもカナが子供の頃に比べると、西の京も少しずつ変わっている。

 同じように、人の関わりも少しずつ変わっていく。

 そして、秘密もいつまでもおなじ状態のままではいてくれない。


 小郡の新山口駅から乗車した新幹線は、すぐに広島駅に到着した。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 金子氏はすぐわかる場所で待っていてくれた。

 新幹線の改札を出て、その人をすぐに見つけたカナは、ドキリとした。

 たくさんの人々が行き交う中、金子氏はその中にうまく溶け込むよう、あの日のように凛々しいスーツ姿でいたからだった。

 夏らしいライトグレーのジャケットに、クールビズの白いシャツ。そして眼鏡をかけている。出張で駆け回っているエリートビジネスマンに見え、この人混みの中に違和感なく立っていた。

 彼が言うところの『いつもの無頓着な僕』であったら、この大きな駅の構内では、かえって目立っていたことだろう。そういう使い分けをしていることをわかっていても、やはりこの金子氏に会うとカナは緊張してしまった。

「お待ちしておりました。最初に記した日に来てくださるだなんて」

「たまたま今日は工房の定休日だったんです」

「そうでしたか。ですが、ご足労させてしまいましたね」

 カナは首を振った。

 三通り記した日時、どの日も彼はこうして待つつもりだったのだろう。カナに会うために、えらく手が込んでいる。それだけにカナは、その手間をかけてまで会おうとしているその事情を知るのが怖い。

「では行きましょうか」

 どこで話すのか。颯爽としているビジネスマンの姿で微笑む彼の後を、カナはついていく。

 硬い面持ちでいたのだろう。黙って後ろをついてくるカナへと、金子氏が振り返る。眼鏡の顔で彼が笑った。

「僕が怖いですか」

「い、いえ」

 彼はクスリとこぼすと、そんなカナをじっと見下ろしている。

 そんなに背丈が高い男性ではないけれど、身なり、着こなし、仕草に、雰囲気、すべてが出来る男の空気をまとっている。たぶん……、この人の『本気のベクトル』が『普通の男性』だったのなら、間違いなくエリートビジネスマンだったと思う。実際に彼は『ネクラ男』と称されていたが、国大をトップクラスで卒業していると姉から教えてもらっていた。

 そういう頭脳をこの人は、『自分を守るため』に使ってしまっている。そうしてカナが不思議そうに彼を見つめると、彼もカナをじっと見つめ返してくる。

「大人になりましたね、花南さん」

 カナも普段は女らしさを横に置いて、ガラスを操る灼熱を前に汗まみれで過ごしている。そんなカナも今日は、藍色のシックなワンピースに七分袖の白いジャケットを羽織り、ハイクラスのバッグを持って新幹線に乗ってきた。ジャケットの衿には自分で創ったガラスのブローチを着けてきた。最後に会った時の品格ある彼が忘れられず、カナはそんな彼に合わせるようにして、きちんとした服装を選んでしまっていたが、これで正解だったと胸を撫で下ろしているほど。今日の金子氏は、品格ある彼のほうだった。

 金子氏がそんなカナを感慨深そうに眺めている。カナはちょっと気恥ずかしくなって目線を逸らした。

「お別れした時はまだ生意気ざかりな女の子という感じでしたね。すっかり女性という雰囲気になっていますね。ですがお姉さんとは色合いが違います。美月も言っていました。怪しい月は姉のわたしで、カナはコケティッシュにみせかけた純情な花だと」

 だけれどカナは彼に対して『男性的な目線』という嫌なものを感じることはなかった。この人の本性を知っているから。彼を男として例えるなら『オペラ座の怪人』。姉をさらっていった男。姉が自分の中身を捧げた男。

「ガラス職人としての活躍も、影ながら応援しておりましたよ。お姉さんが望んだとおりの職人活動をされているようで、よろしかったですね」

 こうして何事も紳士的な微笑みをみせ、彼はまた歩き始めた。

 駅の構内を出て、賑やかな交差点を歩く。緑が陽差しに透けて輝き、ざわざわと心地よい風にそよいでいる爽やかな空気。なのに緊張をして、なにを喋ったら良いかわからないカナを察して、金子氏はいろいろと話しかけてくれる。

「ずっと、ご実家でガラスをされていたのですか」

「いえ。姉がいなくなって暫くは実家が落ち着くまで手伝っていましたが、その後は小樽の工房で吹いていました」

「美月のバックアップがなくなって、大変だったのでは?」

「はい。大変でした。うまくいかなくなって解散になりました。ですが、身ひとつで小樽に行ったことは、わたしにとってとても良い経験でした」

「いまの工房は、実家のお兄様が起こされた会社だそうですね」

 なんでも知っているようだった。そう、この人はこういう人。だからカナも逆らわない。

「はい。実家の家業のためだから戻ってこいと、小樽から無理矢理に連れ戻されました。親方と結託して、小樽の工房をやめる方向に追い込まれ、帰らざるえませんでした」

 すると金子氏が眼鏡の横顔で笑った。

「なるほど。気に病んだのでしょうね、お兄様も」

 え? カナは眼鏡の男を、きょとんと見上げた。

「そこのところはまだお嬢様ですね、花南さんは。お兄様は、花南さんが豊浦の実家を出て行ったのは、婿養子である自分のせい――と思っていたのかもしれません。だからガラス工房をつくって、貴女の居場所を作ってやろうとしたのではないでしょうか」

 まさか。カナはひとり青ざめた。ただ義兄は、実家で自分の居場所を固めるために、自分の会社を起こしただけ。倉重グループの主であるカナの父が、それを許しやすいように、娘のカナを使ったのだと思っていた。もちろん、ガラスに没頭したいカナを助けるためでもあって、自分のため。一石二鳥の、ちょうど良い事業として選んだだけで……。そんなカナの居場所を『婿の俺が奪った』と気に病んでなんて、思いもつかなかった。

 そんなカナを見て、金子氏はまた静かに笑みを浮かべている。

「花南さんも、お兄さんを想うあまり、だったかもしれませんね」

 そう。この十年、カナは耀平義兄に秘密を知られないようすることだけを、気にしていたのかもしれない。ただ義兄が知らなければ、彼は傷つかずに済むからと、彼から逃げて逃げて……。傍にいても、完全には彼には捕まらないようにして、全てを許さず素っ気ないふりばかりしてきた。でも義兄は違った? 奪ったままでは申し訳ない、カナの場所を作ったから帰ってこいと? 

 もちろん金子氏の憶測に過ぎないけれど、もし、義兄が本当にカナの居場所を作ってやろうと工房を起こしたのなら……。カナはそんなことは望んでいなかったのに……。ただ、秘密を義兄から遠ざけたくて出て行ったのに。あんな強引に連れ戻したのも、家業に協力しろなんて高圧的だったのも、本心はそうだったのだろうか。思わず目頭が熱くなってしまう。

 十年ぶりに会ったのに、金子氏はまるで側にいたかのように、なにもかも知っている。それはそれで空恐ろしくもなるが、でも金子氏もそうして『倉重を影で守ってきてくれた』とも言えるので、カナはなにも言えなくなる。

 そして金子氏は、姉の夫だった男と親密な暮しをしているカナについては、言及しようとはしなかった。

 駅前の交差点を渡って、そう遠くはない大きなホテルに、金子氏が入っていった。

「ここに部屋を取っています。外で聞かれたくない話なので」

 さすがに躊躇した。格式ある大手のホテルなのでいかがわしくはないだろうが、それでも男が泊まっている部屋に向かうということが。

「ここです」

 静かな廊下に、金子氏とカナだけ。彼がカードキーでロックを解き、ドアが開く。

「花南さん?」

 やはり怖かった。この男の人が理知的でも理性的でも。男と二人、ホテルの一室に入ることは、いまのカナにとってはとても憚ること。義兄の優しい顔が浮かんでしまい、泣きたくなってしまった。

 金子氏も察したのか、そのまま部屋に入らず、ドアを閉めてしまった。

「ですよね。信じてくださっていると思っていた僕が馬鹿でした。ではレンタカーでも借りて車の中で……いえ、これもだめですね。では、電車に乗って人気のない海辺とか……」

「いえ。結構です。わたしこそ、大変失礼いたしました」

「いいのですよ。やはり僕のこと、怖いのですね」

「いえ、そんな……」

「ここのほうが、大きな声を出せば、すぐ人にわかりますよ」

 わかっている。でもカナはとうとう彼に言ってしまう。

「でも金子さんは、声が出ないようにしてしまうのでしょう」

 さすがに彼も困った顔をした。

「まあ、そうですけれど。僕の信条として『レイプ』は快楽への手段にはなりません。僕のような人間も、残虐性も併せて様々な程度に種別に別れますが、僕はその残虐性には食指が動かなかった種です。なによりも犯罪めいたことは僕の秘密が守れないし、制約されてしまう。それがいちばん困るんですよ。自ら日陰で生きていくためには、なるべくリスクを少なくすることです」

 ここまで自分のことをカナには吐露してくれる金子氏に、カナは改めて謝罪する。

「ほんとうに、失礼いたしました」

「どうぞ」

 金子氏が改めてドアを開ける。カナはそっとその部屋に自分から入っていった。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 ビジネスマンが出張で寝泊まりするようなスタンダードな部屋だった。こじんまりとしていたが、テーブルと椅子があったので、そこに金子氏と向かい合って座った。

 お茶なども準備はせず、彼はすぐに側にあったビジネスバッグを膝に置いた。

「手短に行きますね」

 カナの胸の鼓動が止まらない。ここまでしてカナを呼んだ金子氏が告げようとしていることはなんなのか。いまカナが知っている秘密以上のものが飛び出てきたら困る。もうこれ以上の秘密には耐えたくない。

 ただでさえ姉の秘密は、他人様には言えない強烈なもので……。

 金子氏は、カナの目の前に写真を数枚、平気な顔で並べた。その写真を見て、カナの息が大きく引いた。

「女性にあからさまに見せるようなものではないとわかっておりますが、花南さんは、もうご存じであって、知っておいて欲しいので」

 その写真は、カナが学生の時に衝撃を受けた姉の本当の姿が写し出されていた。

「DVDから焼いたものです。お姉さんも持っていたでしょう」

「は、はい」

 姉がそれをカナの下宿先で観ていたことから、秘密は発覚してしまったものだった。カナの中であの時の横殴りにされたような痛みが胸に湧き起こった。

「もうDVDは処分しました。この写真も花南さんにお見せしたら処分いたします」

 それはほんとうに強烈な映像と画像だった。


 


 目隠しをされた姉がそこにいる。そんな姉の白く柔らかい肌に、下から上まで縦横無尽に食い込む縄。首に繋がっている縄をひっぱっているのは金子氏だった。

 それでもなお、しとやかな姉らしい女の顔。

 そんなふたりの姿がそこに残されていた。


 


 姉は『マゾヒスト』という性癖の持ち主だった。


 


 金子氏は、そんな姉を陵辱する側の男で、つまり二人は『性のパートナー』だったと言えばいいのか。

 どちらかというと、姉が彼から離れられなかったようにカナは感じている。


 カナはそんな姉の実態は、広島で学生生活をしていたマンションに、姉が駆け込んできた時、既に目の当たりにしていたので、もういまはショックではない。

 金子氏も『美月の妹は知っている』とわかっているので、平気な顔でカナの目の前に在りし日の姉を並べて見せている。


 でも。カナは写真を見るなり、震えが止まらなくなった。その写真におぞましいものが写っていた。

 これが、これが、カナに知っておいて欲しかったこと!?


 カナはいくつかの写真の中から、それがはっきりと写りこんでいる一枚を指さした。

「あの、この男性達は……」

 震える声で問うと、金子氏が初めて、苦悶を滲ませる面差しで俯いてしまう。そして黙っている。

「金子さん! どういうことなのですか!」

 はっきりと写っている一枚には、何人かの男が姉の身体にまとわりついていた。


 カナは、さらなる姉の秘めた本性に、今度こそ吐き気を催した。

 金子氏の申し訳なさそうな顔が目の前にあるが、もう直視できなかった。

「美月が最後に望んだことでした」

「姉さんが……望んだ……?」

「複数の男と、そうなりたいと。そうしたら、その後はいっさいを封印して、貞淑な妻として母として生きていくからと……」

 これでも『そんな人々もこの世にいることだろう。それが姉であっただけだ』と、それぐらいは妹としても受け入れることが出来ていた。仕方がない、そうして生まれてしまったのだからと飲み込めた。

 でも、今日は違う。いままでと意味合いが異なってしまう。男が群がる姉を見て、カナの身体中にざっと鳥肌が立っていた。姉のそんな強烈な姿なんて今更。おぞましいのは、素性もわからない男が姉と関わった事実。

「こ、これは、いつのことだったのでしょう……」

 また、金子氏が黙り込んだ。今度はもっと長く。さらに苦々しい様子でうなだれている。

「花南さんの下宿先であったマンションに逃げ込んできたことがあったでしょう。あの時です。わかるでしょう。こんな男達に荒らされた身体で、ご主人のところに帰れる訳がないでしょう」

 どうしておぞましく戦慄いているのか。姉の身体に流し込まれたものを思って、カナは戦慄いている。

 これまで、姉は金子氏と耀平義兄だけしか受け入れなかったと思っていたから。こんな、こんな、幾人もの男と……!?

「姉が、荒れた身体でわたしの下宿に駆け込んできたすぐ後。妊娠がわかりましたよね……」

「はい。あの時も、ご主人の子か僕の子かと……」

 これが姉の最大の秘密だった。結局、姉は結婚後もその性を抹消することが出来なかった。結婚する為に別れたはずの金子氏に『身体がどうしようもないの、助けて』と広島にやってきて、夫を一度だけ裏切った。

 その時に姉が、あちこち傷めたカラダで、カナの下宿に逃げ込んできたのだ。

 荒れた身体が癒えるまで、姉をかくまうことになってしまった。

 ……その後、妊娠が判明した。

 若いカナは、姉の秘密に否応なしに引きずり込まれたのが、この時。  耀平義兄の子か、金子氏の子か。姉だけが秘めていてくれたら、カナはもっと素直な女として生きていられたと思う。でもたったひとりどうにもならない姉が、妹を頼ってきてくれたのだから、拒めなかった。

 そして姉は以後、言葉通りに金子氏との接触を断ち、良妻賢母の道を歩んでいた。だから、だから、カナも、姉と金子氏と共に『墓場まで持っていく』という決意をしたのに。

「まだ、金子さんであれば……わたしは……それでも……黙っていられると思っていたに」

 それでも充分、義兄を傷つけて、裏切っている。それでも、金子氏だったなら、墓場まで持っていくと思えた。なのにこんな何人もの男が!

「これでは、航の父親が誰かわからないということではないですか」

「はい」

 少しも否定しなかった彼を、カナは初めてぶん殴りたくなった。

「イヤー!!」

 カナは悲鳴をあげながら、テーブルに並べられた写真をザッと払い落とした。

 それでも金子氏は気強く、落ちた写真の中から一枚を探し当て、それをもう一度カナの前に突き出した。


「この男です。僕と美月の素性を暴こうとしています」


 取り乱すカナに構わず、金子氏は『もう言わねば』と決したように口早に告げた。


 さらにカナは震えた……。


「ど、どういうことですか」

「彼等を集めたのは僕です。顔は見せないという約束でした。その後、いっさい関わらないようにしています。美月にもこれ一度限りと約束させました」

「では、どうして」

「そこです。やはり僕は僕の信条を守って、複数を望む美月を拒めば良かったと思っています。僕はその危険性を避け、信頼した相手としか交渉を持ちません。それが信条でした。ただあの切羽詰まった美月を見ていたら、彼女のことだから後先考えず手当たり次第に男を集めるような行動に打って出たらどうしようかと心配で、それなら僕が集めると僕も一緒にプレイすることで宥めたんです」

「何故。わたしのところに姉が駆け込んできた時、金子さんと一対一の交渉ではなくて、複数だったと……おっしゃってくださらなかったのですか」

「あの時、まだ未成年だった貴女にどうしてこんな忌まわしい真実を言えますか? 聞いたら苦しむだけです。これ以上、若い花南さんに追い打ちをかけてはいけない。言うまでもない。それこそ、僕が墓場まで持っていく。倉重の家には迷惑はかけない。平穏無事であればそれでいいのだと思っていたものですから」

 カナと金子氏の罪はそれだった。姉がどちらの子供を身ごもったかわからない状態に陥った。ならば、『夫の子』と言い張る姉の言うとおりに、波風立てずにそのままにしようと。

 姉は産むと決意していたし、義兄も初めての子がすぐに出来て喜んでいたし、なによりも両親が初孫だと幸せそうな顔をしていた。

 違うよ、違うかもしれないよ。違う男性の子供かもしれないよ。だって姉さんが……。

 ――いわないで。カナ。大騒ぎにするの。したいの。

 姉の鬼気迫る念押しも恐ろしかった。

 ――大丈夫よ。金子とは避妊をしていたから。絶対に耀平さんの子よ。

 その言葉を信じた。カナも賭けた。絶対に義兄の子だと……。

 生まれた男の子は、姉にもよく似ていたし、義兄にも似ていると誰もが言って祝福された。

 カナもそう思う時もあるし、でもたまに、歳の割には落ち着いている涼しげな眼差しが金子氏を思い出させて、カナの心に影を落とすこともあった。

 そうだ、わたしも墓場まで持っていこう。義兄の子だろうし、金子氏の子供かもしれない。でも、航は姉の血で生まれたのは間違いない。倉重の血をひいている。倉重の家に生まれて、倉重の空気で育っていく。育てていけば、倉重の子。わたしの甥っ子。

 わたしは、甥っ子を全力で愛す。逝ってしまった姉の分まで、わたしが愛して守ってあげる。叔母さんが墓場まで持っていって、ぜったいに貴方を倉重の跡取りにしてあげる。そう決意もしていた。

 その為には、万が一、航が義兄の子でなくても『倉重の血をひく、たったひとりの跡取り孫』にしておかねばならなかった。姉の子に変わりはないが、父親もわからない死んだ姉の子よりも、入り婿として支えてきてくれた男と末娘から生まれた子供のほうが跡継ぎとして望まれることも出てくるかもしれない。

 だから、カナは義兄と子供を持つことを拒む。

 倉重の子供は航ひとりでいい。カナが義兄を拒否したのはそこにあった。


 それでもカナが墓場まで持っていこうと思えたのは、義兄も金子氏も、男として認められるものがあったからだ。

 どちらの子でも、航は倉重の子として育て上げ、跡取りにすればいい。

 なのに。こんな、金子氏か耀平義兄の子かと疑わしくなる結果を招いた『交わり』が、実は金子氏以外の複数の男が関わっていただなんて、最悪の真実。

 しかも、そのうちのひとりが、執拗に姉と金子氏を探していただなんて――。

 男の執拗さを、金子氏はこう言った。

「それだけ、美月が男にとって魅惑的な蜜のような女だったと言うことです。男が欲しい卑猥さや従順さだけではない、責めれば責めるほど清純な顔で女の匂いを放つ……。月のあやかしのような女でしたから」

 カナの目に、男の蜜となった卑猥な女の裸体が再び映る。穢らわしいはずの姉の姿は確かに、月夜のあやかしのように美しく、妖艶な匂いを放っていた。


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