5.勇気と決意!お母さんの想い

「――!?」

 思わず由香利は、持っていたマグカップを落としそうになり、固めていた意志はあっという間に崩れ去った。

 早田をまじまじと見つめるが、一体どこが宇宙人なのかが分からない。どう見たって人間の形をしているし、変な声でもない。どこからどう見ても、いつもの早田そのものだった。

「ずっと秘密にしていて、ごめん。でも、由香利ちゃんがアルファの力に目覚めるまでは、極力普通の生活を送ってもらいたくて……博士と相談して、そう決めたんだ」

「あいつあんなこと言ってるけどな、僕は話しても良いよって言ってたんだよ。でも早田が頑なに由香利に嫌われたくないって言うもんだから……」

「あ、博士、そんなこと由香利ちゃんの前で言わないでくださいっ」

「お前、宇宙人の癖に、妙な所で常識人なんだよなー」

「貴方が地球人の癖に、変な所で常識が無いんです。大体、宇宙人を目撃しておいて、いきなり嬉しがるのは貴方くらいなものですよ」

「え、そーなの? そんなもんなの? みんな嬉しいと思ってた。両手挙げてバンザーイって……」

「そんな訳無いでしょう!」

「あのお……」

 売れない漫才コンビのようになっている重三郎と早田の会話に、由香利はおずおずと口を挟む。二人がこうしている様は普段ならば微笑ましいが、今は状況が状況だった。

「わあっ、ごめん。簡単に説明すると、僕の本当の姿は、アメーバ状になっていて、いろんな生物の姿を生体模写コピーできるんだ。実際、今のこの身体は、初めて出会った時の博士をベースにして、ほんのちょっと骨格を変えただけ。本当は、こんな感じ」 

 マグカップを持つ早田の手が見る見るうちに透けていき、身体の中にたくさんの何かがうごめいていた。それは理科の教科書で見たことのある何かの細胞に似ていて、由香利はわっと声を上げ驚いた。

 慌てて口をふさいだが、思わず早田を見てしまった。ごめんなさい、と由香利が謝ると、早田は「いいんだよ、それが普通の反応だから」と言って、腕を伸ばした。いつものように頭を撫でてくれるのかと思いきや、由香利の目の前でその動きが止まり、ゆっくりと引っ込めた。

 由香利は一瞬、疑問に思った。しかし、早田の伏し目がちになった顔で分かった。己の身体を気にして、触るのを止めようとしたのだ。

(私が怖がっちゃったからだ)

「驚かせて、ごめんね」

 由香利に心配をかけまいと、固い笑顔を浮かべた早田を見て、由香利の胸が痛んだ。そして、姿かたちなどどうでもいい、そう思った瞬間、由香利は早田の手を取って、いとおしむ様にして頬に寄せた。    

暖かい、いつもの早田のぬくもりがそこにはあった。

「由香利ちゃん……!?」

「驚いてごめんなさい。でも、私、思ったの。どんな姿でも早田さんは早田さん。私の叔父さんで、私を大切にしてくれて、そして私の大好きな家族。今までも、これからもずっと、変わんないの。私は、そうしていたい」

 由香利は頬に手を当てたまま、素直な気持ちを口にした。早田の指が、優しく由香利の頬を撫でる。早田が目を細めて微笑むと「ありがとう」と囁く。その様子を黙って見守っていた重三郎は口元を緩めた。

「うむ、うむ。まずこれで一つ、大事な話が出来た。さあ、他にも話さなきゃいけない事がある。頼むぞ、早田」

 由香利は早田の手を離すと、気持ちを切り替えようとカフェ・オレに口をつけた。早田も同じようにマグカップから一口コーヒーを飲むと、居住まいを正した。

「リオンクリスタル・アルファとベータは、元々は僕の母星の、伝説の宝石なんだ。僕は、その二つの守人だった。だけどある日、宇宙漂流者・Dr.チートンの支配下に置かれ……星は滅ぼされた。僕だけが、アルファとベータの研究をさせられる為に拉致され、生き残った。リオンクリスタルは、不思議な力を秘めていたからね」

 早田の横顔に、由香利の知らない宇宙が見えた気がした。自分の生まれた場所が無くなるという事が、どれだけ大きな悲しみなのかが、手に取るように解った。

「それからは生き地獄さ。いくつもの星の終わりをこの目で見てきた僕は、心も体もボロボロだった。だけどね、この地球を見たときに、ああ、なんて美しい星なんだろうって思ったんだ。そしてこの時、やっとあそこから逃げ出そうって決心したんだ。僕には精神感応テレパシーの能力もあって、宇宙船から地球に向けて、……地球人を探していたんだ」

「そして、早田を見つけたのが、お父さんだったという訳さ」

「お父さんが?」

「そう。じゃあ、続きを話そうかな。早田は宇宙船から、命からがら、アルファだけは取り返して脱出したんだ。あれはそうだな……ちょうど由利と婚約をした年だったなあ。星が綺麗な夜だったよ。空から何かが落ちてくるから、隕石だと思ってあわてて駆けつけた。その時は自分の直感だと思ったんだけど、後々、早田の精神感応の力だと知って、びっくりしたね。そして、地球侵略を企む、宇宙侵略者・Dr.チートンへ対抗する道具を、一緒に作ってほしいと頼まれた。リオンクリスタル・アルファというのは、生物が持つ生きる力『生体エナジー』を利用し、無から有を作り出すことの出来る、夢のような宝石だったんだよ」

 言葉を一旦切り、珈琲を口にする。

「お父さんはその頃からパワードスーツの研究をしていた。それを応用して作ったのが、生体エナジーを動力源にする、戦闘用パワードスーツ『リオンスーツ』だ……」

 重三郎は言葉を切り、椅子から立つと、パソコンデスクの近くにあったタブレット端末を持って戻ってきた。

「これだよ」

 差し出された画面には、銀色のロボットのようなスーツに身を包んだ人物の写真があった。ヘルメットの両側に付けられた部品が長く、顔の上半分はヘルメットと黒いバイザーで隠され、かすかに見えるのは口元だけだった。両腕と両足はロボットのように太くなっている。

「……

 無意識に口から出た単語に、由香利自身がびっくりして口をふさぐ。突如、由香利の脳裏に、紅く燃え盛る建物の記憶が蘇った。

意識は現実から遠く離れ、記憶の渦の中に飛び込んだようだった。

(……ああ!)

 六年前の火事の夜、炎の中から飛び出してきた……あれは、リオンスーツの姿だったのだ。


 ――紅く燃える炎がリオンスーツを照らしている。緑と紫の光がぶつかり合い、激しい戦いを繰り広げていた。リオンスーツのヘルメットが攻撃を受けて割れる。飛び散る破片の中に、懐かしい顔が見えた。

 険しい表情をしていたが、それはまさしく母の姿だった。

 ああお母さんが戦っているのだと由香利は理解した。重三郎と早田が自分の名前を叫んでいるのが聞こえたが、もう身体を動かすことが出来なかった。二人の声が遠くなって、聞こえなくなるその時だった


「由香利は私が守るわ、絶対に助ける」


 母の声が聞こえて、全身があったかい何かに包まれた。お母さんが抱きしめてくれたんだ。お母さんが助けてくれたんだ。お母さん、お母さん、おかあさん――。


「お母さん!」

 たまらず大声で由香利は叫んだ。

 一瞬で現実に引き戻されたのに、まだ身体が燃えるように熱かった。感情の高ぶりに任せ、身体をのけぞらせて喚き散らす。お母さん、お母さん、お母さんが死んじゃう。

「由香利っ……!」

「由香利ちゃん!」

 がちゃん、と二つの割れる音がした。重三郎と早田が、手に持ったカップの存在も忘れて、同時に由香利を抱きしめたのだ。

「……う、うう……」

 獣のように唸りながら、由香利は暴れるのを止めた。

思い出したのだ。

 リオンスーツを開発し、自ら着用した母親――「これは女の人しか着られないの。どうしてかは分からないけどね」未完成のリオンスーツの前、母の雑感が蘇る――化け物と戦っていた母――巻き込まれた自分――瀕死の重傷。

「スーツが完成したその日、研究所が襲われたんだ。アルファとベータの共鳴が引き金だった。Dr.チートンが、配下の異次元モンスターを引き連れて襲ってきた。奴の目的は、アルファの奪還だった。そして由利が戦った。しかし、由香利が巻き込まれて……由利が…………由香利を助けてくれた。自分の残り少ない生体エナジーを使って……由利は命を落として……。母さんを助けられなくて、済まない、本当に、済まない……ごめんよ、ごめん……いくら謝っても、謝りきれないんだ……」

 抱きしめる重三郎の腕の力が強くなる。

「僕も同罪なんだ……守れなかったんだ、由利さんを……」

 やがて二人の啜り泣きが聞こえ、由香利は段々と気分が落ち着いてきたのが分かった。重三郎と早田の袖から、今まで気づかなかった火傷の痕が見えて、傷ついたのは自分だけではない事を悟った。

 すると今度は悲しみで胸がいっぱいになって、わあわあと泣き出した。母親が死んだ事を改めて理解した。母親のおかげで生き残ったことを、強く感謝した。

 暫く泣き続けたあと、由香利が落ち着いた事を確認した二人は身体を離す。重三郎が由香利の頭を優しく撫で、早田が由香利の目じりにたまった涙を静かに拭った。居住まいを直した早田が、由香利の目を真っ直ぐに見る。

「由香利ちゃん、もう分かっていると思う。狙いは……由香利ちゃんの体内にある宝石……リオンクリスタル・アルファの結晶体」

「だから由香利……お前にこれを、託したい」

 重三郎は白衣から、箱を取り出して、由香利へと差し出した。手のひらに乗る大きさの、四角いアクセサリーケースだった。

「開けてごらん」

 言われるがままに箱を開ける。中に入っていたのは、緑色の宝石がはめ込まれた、六角形の銀色に輝くブローチだった。由香利がそっと触れると、緑色の宝石が煌めき、由香利の身体の中から、緑色の光が溢れ出した。今までとは違う、透明なエメラルドグリーンの光だった。

「!!」

【私の半身が、反応している】 

 まどろみの中で聞いたアルファの声が、由香利の脳裏にはっきりと聞こえた。

「アルファの半身……?」

「このブローチは『リオンチェンジャー』といって、リオンスーツを装着するために必要なアイテム。真ん中の宝石は、そう、アルファの欠片だよ」

「由香利、お前にこれを託す。これが、由香利を守る、唯一の存在なんだ」

 いつになく固い声で、重三郎は言った。

「これがあれば、異次元モンスターがいつ何時襲ってきても、対抗することが出来る。あれから六年、改良に改良を重ねた。絶対に由香利を守ることが出来る。たとえ僕たちが居なくなっても、由香利だけでも……」

「そんなの、嫌!」

 由香利は重三郎の言葉を遮った。母のように居なくなるなんて、二度と御免だった。

「お父さんも早田さんも、居なくなるなんて嫌だ! 私のせいで、誰かが傷つくなんて、絶対に嫌だ!」

 自分の体内にアルファが在る限り、異次元モンスターが現れる。そして、恩や他の子供たちのように、襲われる人が増えるかもしれない。

(お母さんは自分の命を犠牲にして、私たちを救ってくれた……だから、今度は、私が守るんだ)

「お父さん……早田さん……」

 由香利はブローチを手に取った。すると、ブローチと、自分の身体が完全に一体になるのが分かった。全身に溢れる力が、由香利に勇気を与えてくれた。それはまるで、あのまどろみの中で頭を撫でてくれた暖かさに似ていた。

(そうか……あの手はお母さんだったんだ。私を守ってくれた、お母さんの手だったんだ)

 重三郎と早田を真っ直ぐに見る。決意を秘めた瞳を、見てほしくて。


「お母さんみたいに、上手く戦えないかもしれない。今までより心配かけるかもしれない。でも、私、この力で戦いたい。守るために、戦いたい。お父さん、早田さん、私、リオンスーツで、異次元モンスターと戦う……!」

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