超絶変身ユカリオン(2014年版)

服部匠

本編

プロローグ 炎の記憶 

 それは、紅い炎に包まれた、記憶。


 ベルの音がけたたましく鳴り響く。焦げ臭い匂いと熱さが渦巻く部屋で、幼い由香利ゆかりは隅でおびえていた。

 周りに家族は居ない。居ないなら探しに行かなくては。そう思って、由香利は大声で泣きながら部屋を出た。見慣れた研究所が迷路のように感じた。とにかく走った、走って誰か居ないか探した。お父さん、お母さん、早田はやたさん。家族のことを、何度も繰り返し叫びながら走った。

 ドアを叩くようにして外に出たその時、後ろで爆発が起きた。由香利の身体は吹き飛ばされて、空中を舞い、地面へと叩きつけられた。胸に熱い痛みを感じていた。

 薄れ行く意識の中、炎の中から、が飛び出すのが見えた。

 は手に光る剣を持ち、研究所を襲った化け物と戦っていた。化け物へ果敢に立ち向かっていくは、由香利たちの味方だった。

 あちらこちらで爆発が起きる中、父と早田が自分の名前を叫んでいるのが聞こえてきた。しかし、すでに身体を動かせなくなっていた。由香利は死んでしまうのだと思った―その時だった。

「由香利は私が守るわ、絶対に助ける!」

 優しく、力強い声が聞こえた。

 全身が暖かい何かに包まれたのが分かった。胸の痛みが和らいでいく。誰かが由香利を助けてくれたのだ。

 そして由香利はゆっくりと、瞼を閉じた。


***


 ――まるで赤ちゃんみたいだ、こんな風に丸まっているなんて。

 由香利はそんなことを考えながら、いつの間にか自分の両膝を抱えてまどろんでいた。あたりは真っ黒で、何も見えず、プールに潜った時のような、柔らかい何かに、身体は優しく包まれていた。

 ここは安全だと誰かが囁き、優しく頭をなでられた。暖かな手の感触を享受しながら、由香利は心から安堵した。だけど、もう二度とそうしてもらえないような感じがして、思わず由香利は手を伸ばした。

 しかし、暖かさに触れた瞬間、消え失せた。まるで繊細なシャーベットが、舌先に触れたその時、溶けて消えるかのように、儚かった。

 ふと、伸ばしたままの指先に、が転がった。雨粒のように腕を踊って降りてきた何かを、由香利は握った。ほのかに暖かいは、緑色の光を携えていた。握った手をゆっくりと開く。宝石だった。緑色の淡い光を放つ、結晶クリスタル

 

【……ユカリ】


 名前を呼ばれたそのとき、手の中の宝石から光が溢れ、徐々に明るさを増していく。すると、由香利を取り巻く暗闇を消し去った。辺り一面が、真っ白な光に包まれた。

 手のひらの上の宝石は、温もりを失ったりはしていなかった。由香利は両手で包み込み、大切に胸に抱いた。


***


「――ああ」

 夢心地のまま眼が覚めると、由香利は布団の中に居た。

 また真っ暗な場所に戻ってしまったのかと思ったが、よくよく見ると、薄暗い自分の部屋だった。胸に抱いたはずの宝石は無く、暖かさはあくまでも自分の体温なのだと自覚した。

 あの暖かさが懐かしい。記憶の底からよみがえる思いを感じながら、由香利は再び目を閉じた。

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