第十四呪 牢獄人間 目日臼 勹牢
私は必死になって家篭くんを探したけれど、いまだに手がかりの一つすら見つかっていない。
もしかすると、県外に連れていかれたのかもしれないと、一週間前に
曰く、そもそも呪質持ちの人間というのは、この石柄町にしか存在しない。
呪質を持つ人間はこの町にしか存在しない。ということは、
(……きっと、どこかに隠れ家を作っているに違いないわ)
こういう時、自分の眠らなくてもいい体質のありがたさに気付く。この二週間、まったく眠ることも休むことも無く、町中を駆けまわることが出来たのだから。
そうして、私はひとつの仮説に辿り着いた。
(町にある建物は全て調べた……民家からビル、倉庫に至るまで全部調べ尽くしたはず……でも、どこも外れだった。……ということは、もう残るは一つ)
地上にある建物がすべて外れだったという事は、もうあとは地下、地面の下しか考えられなかった。
子供の頃、家族で団らんしているときに見たテレビ番組のことを思い出す。朝早くからやっていたその番組は、男の子の好きそうなヒーローものの特撮。弟が毎週欠かさず見ていた番組だ。
テレビの中では、悪の組織が正義のヒーローを倒すために地下に巨大な要塞を築いていて、ヒーローはその要塞に乗り込んで敵を壊滅させていた。
所詮、創作ものによくあるパターンだと当時は思っていたけれど、案外そういった地下施設というのは有効的だ。
地下へと通じる道をわかりづらくカモフラージュしておけば、まず見つからない。
自分たちが普段生活している地面の下に施設があるなんて、理外の考えだから。
(……けど、そうなると私だけじゃ見つけることは難しい)
アスファルトを片端から掘って調べるなんて、悪手にもほどがある。そもそもくまなく地面の下を調べるなんて時間的にも物理的にも不可能だ。人に不審がられて警察を呼ばれて終わり。
かと言って、地下に通じる道なんて扉一つで事足りるものだ。大きな入り口なんて必要ないし、作る意味が無い。そう言った入り口は出来る限りわかりづらく作られるものだ。
(……
けど、もし本当に地下に
そんな風に疑念を抱きつつも、私は
「―――あぁ、そこのおねーさん、ちょっとええかな?」
「……?」
背中側からかけられた声に振り向くと、少し離れたところに一人の女性が立っていた。
帽子を
「何か用かしら」
「いやぁ、なんや、ちょっと気になることがあってなぁ。……ん。これ見せればわかるかなぁ」
私のそばまで近づいた彼女は、羽織っていたジャケットの内ポケットから小さな手帳のようなものを取り出す。
二つ折りのそれが開かれ、金色の桜と、その上に刻まれたPOLICEの文字が私の眼に入る。
「……」
「うち、警察なんやけどな。おねーさんが肩にしょってるソレ……なんかなーって思てなぁ。ちょっと見せてもろてええやろか?」
殺してしまおうか。そう思った。
私はいつも、日本刀を携帯している。それは人目についても怪しまれないように竹刀袋に入れてあるのだけど、この女性警察官は明らかに怪しんで声をかけてきている。
幸い、ここは人通りの少ない路地だ。この女性を殺してしまっても誰かに目撃されて私の顔を覚えられる心配はない。
「……ただの竹刀ですよ。私、剣道をしているので」
「おぉー、剣道か。ええなぁ、うちも学生の頃は打ち込んだもんやでぇ。どんなもんつこてるんや? ちょっと出してみてや」
帽子の陰からのぞく彼女の口元がにっこりと笑む。
口調は柔らかで、こちらを威圧している雰囲気もまるで無いが、間違いなく彼女は私を疑っている。
……この町じゃ、私は周知の殺人鬼だ。長物を入れることの出来る袋を持っている人間を見つければ、警察関係者なら職務質問くらいするだろう。
大人しく従うフリをして、袋から刀を出した瞬間に斬り殺そう。私はそう考えた。
「本当にただの竹刀ですよ? ……いま見せてあげます」
肩にかけていた紐を外し、袋を縛っていた紐をほどいていく。
はらりと袋の先が開き、刀の柄が空気に触れる。右手でそれを握り、瞬きの間に抜刀しようとした―――が。
「―――変な動きはせんといてや、おねーさん?」
女性の手が、私の肩に置かれる。ぽん、と肩を叩くように。
するとその瞬間、動こうとしていた私の身体が、硬直してしまった。
(……!? ……身体が、動かない……!!)
「んー? なんやなんや。おねーさんが掴んでんの、日本刀の柄やないか。これが竹刀やなんて笑えん冗談やなぁ」
「……っ!」
おかしい。私は今にも刀を抜いてこの女に斬りかかろうとしているのに、身体が全く、指一本すら動かすことが出来ない。
「ビンゴみたいやなぁ。アンタ、石柄町の連続殺人犯やろ? ……これまで百以上の人を殺してきた、狂人や」
「……くっ、うぅッ!」
「あぁ、動こうとしても無駄やさかい。うちがアンタに触れてる間は、何しようとも動けへんで」
私の肩に置かれている、この女の手。この女に触れられているから、動けない?
だとしたら、この女も私と同じ―――。
「ごくろうさん。連続殺人鬼。アンタは今日から牢獄の中で死刑を待つだけや」
[
「―――と、言いたいところやけど」
彼女は私の肩に置いていた手を離した。
「いまんとこは―――ってうおっ!」
どんな呪質を持っているかはわからないが、彼女の手が身体から離れた途端に拘束は解けた。
私は一気に刀身を抜き、女に斬りかかる。
「ちょ、ちょっ待ちぃや!」
「―――はぁッ!」
腕を振るい、音を立てて死を
女は後ろに下がり続け私の攻撃を避ける。私は一歩、また一歩と詰め寄りながら、手を緩めない。あと少し、半歩ほど距離を詰めれば
「あぶっ……!」
「死になさい……っ!!」
足をもつれさせたか、女の身体が後ろに倒れるように傾く。私の刃は、彼女の頭めがけて一直線に突きを放った。
刃は彼女の額を掠め、帽子のつばを突き刺す。そのまま腕を引き顔面を両断しようとしたが、女は倒れながらも私の右腕を掴んでおり、またも身体は硬直し動かなくなった。
「くっ……!」
「ひ、人の話くらいもうちょい聞いてや! ……あぁー……この体勢っ、腹にキくわぁ……っ」
女はもう完全に後ろに倒れかけている。私の腕を掴んでいるおかげで、それを支点にして耐えてはいるが、彼女の両脚は小刻みに震えている。
「え、ええか
「……どうして私の名前を……?」
「ええな! 離すで! ……くぁっ!」
私の腕から手を離し、彼女は仰向けに倒れこむ。隙だらけだし、今なら簡単に刻み殺せるけど……なぜ私の名前を知っていたのかが気になった。
「はぁ……うちも歳かなぁ……いや、まだまだ20代や、きばらんと!」
「……あなた、一体何者?」
彼女は立ち上がり、背中をぱんぱんと手で払って私の顔を見た。
帽子は私の刀に突き刺さったままだから、そこでようやく彼女の表情を見る。金色のぼさぼさした髪、その毛先の隙間からのぞく緑色の小さな瞳。表情はとても朗らかで、口角は常にあがっていた。
「うちの名前は
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