退廃のグリス

木島別弥(旧:へげぞぞ)

第1話

 町を歩きまわる怪物たちが電子貨幣で物を売り買いし、斧や銃火器で暴れまわる世界。魔術と機械の世界。人類で生き残った者は少なく、ぼくらはめったに人に出会わない暮らしをしていた。ロボットの生産力は地球上のすべての生物を養えるだけあり、働かなくても暮らしていける時代だった。働かない人類はどうなったかというと、よくわからない。死に絶えたということはないだろうが、人類が生きている証拠をぼく自身の体でしか証明できないのだから、難しいものだ。ひょっとしたら、人類はぼくを除いて絶滅したのだろうか。

 なんせ、怪物たちが暴れるので、ぼくも武装しないわけにはいかない。具体的には、斧とマシンガンを持っているのだが、これを背中に背負うとけっこう邪魔になる。

「少年よ、きみを産んだ母は甲殻類だった。父親はおそらく巨大なカエルだろう」

 そういうのは壊れた自動販売機だ。なぜこの自動販売機がぼくの両親について知っているのかわからないが、ぼくは甲殻類とカエルの間に生まれた人類の子供であるらしい。

「人間を探しているんだ」

 ぼくが自動販売機にいうと、自動販売機はぶしゅうと蒸気を出した。

「人間は最近はあんまり見かけないね。地下鉄に乗ると帝国の首都に行けるらしいから、行って見ると何かわかるかもしれないね」

 帝国の首都には行ったことはあるのだが、今度行く時は国会議事堂や首相官邸にも入ってみようかとぼくは思った。

 すると、部屋の中に牛が入ってきた。牛は肉が美味いから古代文明によって繁殖して、今では人類つまりぼくを超越するほどの知恵をつけていた。そこら中に牛がいて歩いている。

 牛はいった。

「今では人間より牛や豚の数の方が多い。だが、人間は絶滅したわけじゃないので安心しろ。町を自由に出歩けるようになった牛や豚が人類に感謝することは多大である。牛や豚は人類に感謝している。例え、おまえ以外にその姿を見なくても、人類に感謝することを忘れることはない。安心しろ」

 ぼくは牛が襲って来ないことを確認しながらも、斧を両手で握った。

「牛も豚も人間も働かなくても食べるものが充分にある。それでなぜ争いが起ころうか」

 牛はいうが、ぼくは疑問を感じて答えた。

「だが、いつも怪物たちは暴れて、牛や豚や人間を殺しているぞ。ぼくだっていつ殺されるか」

 牛は憐れんで答えた。

「おお、か弱き甲殻類とカエルの子供よ。おまえはどこから見ても人間だよ。あの怪物たちはね、元は人間だったのさ。働かなくて暮らせる社会が来たから、自分たちを好きなように改造して遊び放題遊んでいるのさ。ここは魔術と機械の楽園、快楽の国だよ」

 ぼくは驚いた。あの怪物たちは人間の遺伝子改良とか整形手術とかされた者たちなのだろうか。機械と結合してサイボーグになっているものも大勢いる。あいつらは対戦車砲を体に埋め込んでいるので、ぼくのマシンガンではちょっと勝ち目がない。

「すると、ぼくを産んだ甲殻類とカエルの両親も、人間から改良された品種なんだね」

「まあ、そうだろうな。おまえは遺伝子を調べても人間なのだから」

 自動販売機がいった。

「酒でも飲め。『百年の孤独』だ」

 ぼくは出された酒をちびっと飲み込む。

「だけど、あの怪物たちは脳に直結して快楽物質を打ち込んで、いつも意識酩酊にラリッているよ。あいつら、おかしいよ。聞いたことあるだろ。核兵器に滅ぼされた大陸のことを。このままでは人類は滅んでしまうよ。おれは人類が情けない」

 牛は笑って答えた。

「なんでも、月に移住したらやってみたいこと一位が核戦争だったんだってな。それで核戦争が月で流行って、そのまま、地球でも始まったとか。北米が核兵器で滅んだんだったかな。北米は廃墟の土地としてはなかなか面白いところだぞ。あそこに忘れられた都もある」

「忘れられた都? なんだい、それは」

「そりゃ、人類がまだ人の形をしていた頃の都さ。核戦争でぶっ壊されながらも、核シェルターで生きのびたやつらがいたんだ。そいつらは今でも世界経済会議とかを開いているらしい。いったい何を話し合ってるんだか見当がつかねえな」

 わっはっはっはと牛は笑った。

「話は変わるけどさ。ぼくは女の子の製造法を探しているんだ。ぼくの父親はカエルなのに甲殻類の母さんに子供を作らせたらしいけど、ぼくは人型の女の子でなければ生殖できないよ」

「なんだ。スケベなガキだな。あえて、熊と交尾して子供を作るから面白いんだろうが。性欲なら機械でいくらでも満たせるだろう。そんな古代の風習みたいな交尾して何が面白いんだ。あの怪物たちだってゲテモノと交尾しまくってるぞ」

「それはそうなんだけど」

 とそこに巨大な蟻が入ってきた。六本の足を持ち、強い顎の牙を持った獰猛なやつだ。ぼくの斧とマシンガンで倒すのは難しい。

 巨大な蟻は群れでやってきて、次々と建物に体当たりし始めたからぼくはびっくりした。牛も自動販売機もびっくりしたらしく、蟻が何をしようとしているのかわからないまま建物を出た。

「ああ、また蟻の建設かい? また町の構造を徹底的に変えてしまうんだろうね」

「蟻は働き者だからな」

 そして、ぼくは牛と自動販売機と別れ、別の町へ移動することにした。地下鉄にのって、鋳造所を目指した。

 地下鉄には怪物がいっぱいいて、わいわいがやがや騒がしかった。すぐに喧嘩も始めるし、こいつらいったいなんなんだ。

 ぼくは地下鉄の中で脳に快楽物質を打ち込み、気合いを入れると、人間を誰一人見かけない駅で降りて、怪物たちと町へ出て行った。

 ぼくは生物屋に入った。

「いらっしゃい」

 珍しく店番をやっているらしきゾウガメに挨拶された。

「人間の女のデータ見せてくれない」

「うあ、いいけど」

 そして、ぼくは女の子のデータを見た。過去に存在したあらゆる種類の女の子の画像と性格、能力、お楽しみ機能などがついた機械とがちゃがちゃやってから、すごい美少女ばかりだとためいきが出て、機械を終了させた。

 高度に発達した科学は魔法と区別がつかない。まさにそんな世界だ。ぼくも甲殻類のメスに精液をぶっかけて予測不可能な子供を作るんだろう。

「ぼくはよ、ロマンスってやつを求めているんだよ」

「がははははっ、ロマンスはさんざん実験されて、おまえさんがさっき試した機械よりつまらないものなのは証明されてるぜ」

 ゾウガメが嘲笑った。

 うーん、これでいいのかなあ。そんなことを思い、ぼくは人間のいない未来の理想郷の中で考えるのだった。

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