ネクストプロローグ

 これは、幻想祭一日目。

 バトルトーナメントの一回戦が終わり、二回戦までの短い時間のこと。

 出場者の一人、山原水鶏は二人の男女と一緒にいた。

 一人は赤い髪の男性で、もう一人は白い髪を麦わら帽子に隠した、少女のようにも見える女性。

 二人は仲睦まじい夫婦のように、女性が男性の手を引いている。

 水鶏は知っていた。

 二人が恋人関係ではないということを。

 それから、いくら水鶏が願おうと、男性の気持ちはこちらを向かないということを。

 もう水鶏は吹っ切れている。男性への思いは、ただの憧れであり、今更こんな光景を見て心を動かされてたまるものか、と前を歩く二人の背中を眺めていた。睨みはしない。


「陽性さん、たこ焼きが食べたいです。それから焼きそばと、クレープも美味しそう!」

「食べきれるの? まあ、残りはオレが食えば……」

「大丈夫です! 女は、別腹をいくつも持っているものですよ!」

「そ、そうなん、だ」

「ところで、琥珀さんは?」


 白い髪の女性――山原白亜やまはらはくあが辺りを見渡す。


「そういえば遅いな。もう一時間も経っている」


 赤い髪の男性――瓦解陽性がかいようせいも目を周囲に凝らす。

 どうやらお手洗いに行くと言ったきり、戻ってきてないようだ。

 数日前のことを思い出す。

 幻想祭に白亜と陽性が来ることを知り、一緒に暮らしている少年はやけに張りきっていた。

 それもその筈だろう。

 幻想祭一日目。十一月六日。

 今日は、彼の十五歳の誕生日でもあるのだから。

 その彼が、お手洗いだけで一時間もいなくなるとは考えられない。携帯は持たせてあるので戻ってこられない何かがあったのであれば、連絡がくるだろう。連絡がないということは、いま彼は連絡をできない状態にあるのかもしれない。

 琥珀にスマホで電話を掛けるが、通話は繋がらなかった。


「どうしたんだろう」


 何かトラブルがあったのだろうか。

 何せ幻想祭は人が多い。

 琥珀は強いが、まだ子供だ。

 不安に思い、水鶏はもう一度電話をかけた。通話は繋がらない。



    ◆◆◆



「くっ、はっははははははは! なんとっ! なんとなんとっ! 最高傑作を探していたら、まさかのまさか、実験体に相応しい素体を見つけてしまうとはっ。く、くくっ。はははははっ! 素晴らしい、素晴らしいぞ!」


 白衣を纏った男が、両手を広げて哄笑する。

 彼に付き従う、三人の女もそれぞれ称賛した。


「素晴らしいですワ、主様」と普段の調子で長女が。

「それよりもお腹すイた」とお腹をさすりながら次女が。

「次女ハそればっかリ」ともう次女と呼ぶことにした三女が。


 幻想学園の敷地内。人通りが全くない、校舎裏。

 そこに、一人の少年が血を流して倒れていた。制服からすると中等部の生徒だろうか。

 黄色いおかっぱのような髪や制服には、彼自身の血が付着している。


「実験のしがいがありそうな素体だなッ!」


 白衣を纏った男は、少年の体を起こす。

 息はあるようだ。血の量はそこまで多くはなく、腫れた顔が痛々しいけれど、致命傷はないだろう。誰かに一方的にいたぶられたようにもみえる。


「ふむ、この気配はもしかして……。陰みょッ」


 男の体を炎が霞める。

 途中で言葉を止められた男は、不機嫌そうに顔を上げた。


「誰だね、ワタシの邪魔をするものはッ!」


 赤い髪の男性と、ピンク色の髪をツインテールに結った少女がそこに立っていた。

 赤い炎を放ったと思われる男性が、警戒の籠った瞳でこちらを睨んでいる。

 その傍にいる少女は、血だらけの少年の姿に驚愕を露わにする。


「琥珀……? アンタら、何をして」

「ん? この怪我のことかね? ワタシは関係ないのだが? ワタシはただ、実験に相応しい素体を発見したので、持ち帰ろうとしただけなのだよッ! なのになんだね、キミたちは。ワタシの邪魔をしないでくれるかね」

「それは、オレたちの家族だから、あげないよ」

「ぬ? 家族? それにしては似てないようだが? ……ふむ、まあいいだろう。素晴らしい素体を手放すのは癪だが、身内がいるのなら仕方がない。返してあげようではないか」


 あっさりと男は引き下がった。

 三人の女を連れて、男は校舎裏からいなくなる。

 遠くから声が聞こえてきた。それは小さく、そして不愉快なことを口にする。


「むう、無性に実験がしたくなってきたよ。むず痒いのを鎮めるために、このあと孤児院に子供を買い取りに行こうじゃないか!」


 最高傑作探しをすっかり忘れた男は、そのまま幻想学園の敷地から出て行った。



 これは、幻想祭一日。

 バトルトーナメントの一回戦と二階戦の間の僅かな間のできことだった。

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