(12) 攻防・下
考えるよりも早く、ヒカリは精霊を召喚しようとした。
早く唄を助けなくてはいけない。
けれど、無線から聞こえてきた声がそれを制止する。
『ヒカリ待って。いま出て行ったら相手の思う壺や』
「でも唄がっ!」
『……だからと言って、ヒカリまで掴まったらどうするんや』
「俺はそんなヘマしねぇよ!」
『……一直線やね』
無線越しからため息が聞こえてきた。
『好きにしたら』
「言われなくっても! 光の精霊ルナよ、わたしに力を貸してください。早く、お願い!」
――キンッ。
甲高い音が、一瞬耳障りに響く。
光の球がぽつぽつと現れたかと思うと、その間から眩い光を発している少女が現れた。
眩い光を発する金髪は地面につくほど長く、白いロングワンピースは髪の粒子により光っているように見える。対照的に瞳は黒く、くりくりとした目を眠たげに細めた少女が、『ふぁ~あ』と欠伸をしてこちらを向いた。
『眠い』
ヒカリが契約している『光の精霊』ルナは非常にマイペースで、そういうところがヒカリは苦手だった。
眩い美貌に緊張しながらも、ヒカリはルナに声をかける。
「ルナ、唄を助けて」
『えー、いきなりそれ? まあ、いいけどさ。キミのガールフレンド、どこにいるの?』
「が、がーる、ふ、ふふれえぇぇぇじゃねぇけどッ! 唄がピンチなんだよ!」
『……わかったよ。ほんと、精霊使いが荒いんだから』
「ご、ごめん」
光の精霊ルナはくすっと笑った。
眠たげな瞼を開けて、ビルの屋上から空を見上げる。
『満月じゃないから力のすべては出せないけど、しょうがないよね。あの子は……あそこかなぁ』
光の粒子が弾けるように、目の前から少女の姿が消える。
ルナは、遥か下方に見える家の窓際に一瞬で移動すると、唄の首に爪を立てている女性の脇にずっつきを食らわせた。
◇◆◇
「これは、光の精霊!」
刑事の声が上がる。
それを聞くよりも早く、袋小路の手を逃れた唄は窓に背を向けたままそこから飛び降りた。
『軽業』の力を使い、唄は体を軽くするとコンクリートの地面に足をつけて踏ん張る。唄の力は体を軽くすることしかできず、これはあくまでサーカスなどで人を欺くための能力でしかない。飛んだり跳ねたりはできるがそれ以上の力はない。重力を操っているというわけでもない。
窓から袋小路の顔が覗く。
能面のような顔はすぐに引っ込んだ。
光の粒子が瞬き、唄の隣に少女の姿をかたどって現れる。
『これだよね、キミたちの得物』
少女は片手に額縁に入った絵画を抱えていた。それは光の粒子となり消える。
「ありがとう」
『ちょっと力使いすぎたかも。ボク以外を粒子にするのはね、結構力がいるんだよ。限界かなぁー。人には使えないし。キミは、自分の力で逃げられる?』
眠たげな顔で少女は微笑んだ。
光の精霊ルナが、眩い光の残像の中消えていく――。
曲がり角の向こうから声が聞こえてきた。
「怪盗メロディーはこっちだぁ!」
「捕まえろぉー!」
唄は再び体を軽くすると別方向に走り出した。
「回り込め―!」
喜多野家とは別方向の住宅の屋根を伝うべく、地面を蹴って塀に上り、そのまま屋根の上に降り立つ。
「お待ちしておりました」
鋭い鷹のような双眸をした女性――袋小路がそこに立っていた。
その爪が鋭く光ったかと思うと、喉にチクッとした痛みが走る。
向かい合った袋小路は住宅の屋根の上で伸ばした爪を構えている。下の方から穏やかな声が追い打ちをかけるように語りかけてきた。
「僕たちをあまり舐めない方がいいよ。君と中澤ヒカリ君のことはよく調べているんだ。もちろん能力もね。彼が精霊を召喚してくれたおかげで、彼の居場所も掴めた」
(嵌められた)
唄は唇を湿らせるが、言葉を発する前に首に当たる爪が少し食い込んでくる。
「させません」
(知ってる。どうせ、この力は発動に時間がかかるし、殺傷能力はないのだから)
下から聞こえてくる声が騒がしくなる。どうやら探偵だけではなく、警察も集まり出したらしい。
「いたぞ! 皆いっせいにっ」
「待ってください、勝警部! いまは危険です」
ふと眉の刑事の声を遮り、異能を使う刑事の声が上がる。
甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「警察の皆さんはそこで待機していてください。怪盗メロディーは僕が捕まえます」
「させないよ」
七時間ぶりだろうか。
久しぶりに耳にする声は、風と共に現れた。
『あらあら、楽しそうなことをしているのですね。わたくしも混ぜていただけません?』
彼と契約している風の精霊シルフがくすくすっと笑い声を上げて傍に現れる。
地面につくほど長い髪の毛は水色だが、所々に緑が混じっている。黄色がかった白い肌に、白いワンピースを着ている少女の姿をした精霊は、素足のまま空に浮いていた。額の中心にある緑のひし形から伸びている二本の触角がぴょこんと動く。
シルフが楽しそうに声を上げて手を一閃させる。
辺りに風が吹き荒れた。
袋小路が後方に飛ばされ、屋根の上から下に落ちる。
手が引かれたのに気づき、唄は『軽業』で体を軽くした。
風使いの少年、喜多野風羽と風の精霊シルフの熾す風に乗り、三人はその場から離脱した。
紺色の靄で体を覆っていた佐々部は額を押さえる。
(あちゃー。得物を獲られた上にメロディーに逃げられちゃったら、これ、クビコース決定じゃね)
次の就職先をどうしようかなぁと考えながら、佐々部は眼前で尻餅をついている英を眺める。
温厚な笑みを崩した英は、忌々しそうに双眸を顰め、憎らしそうに風が消えて行った方向を睨みつけていた。
(こっわ)
二十二時半を過ぎた時のことである。
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