(9) 勇気をあげる
夕焼け空に黒が滲み、そして夜は均等にやってくる。
◇◆◇
佐々部はぼやいていた。口には出さず、心の中で苦言を漏らす。
(よくこんな絵画を所有しているよなぁ。警視総監もよく平常心を保っていられるものだ。いや、壊れていくのが自分でもわかっているから、逆に冷静になれるのかな)
どちらにしても、
「これ、絵画の所為じゃないよね」
喜多野警視総監の書斎に、佐々部はいま一人でいる。
無線はつけているものの、こちらの電源をオフにしているため他の刑事たちにぼやきを聞かれる心配はない。佐々部は人にぼやきを聞かれるのはあまり好きではなかった。
一応、警視庁で有数の異能力者なのだ。能力だけで刑事をやっていると思われている方が、いろいろと好都合だった。
(えーっと、これは幻惑かな。同時に幻術もかけられているかもしれない。描いてあるのはただの絵だけど、その周りに誰かが悪戯したのかなぁ。名のある画家のものではないね。ただのアクリル絵の具だ。というか、子供の落書きか?)
プツッと無線に連絡が入った。
勝警部からだ。
「どうだ」
「んー。まだ時間まであるので、何とも言えないですねー」
「……しくじるなよ」
「了解ですー」
気のない声で適当に返事をすると、ため息と共に無線が切れた。
(しくじったら、今度こそ辞表出さないといけなくなるかなぁ。それは、ちょっとめんどくさい)
別に刑事に固執しているつもりはないけれど。
(えっと、『怪盗メロディー』、か。あいつに訊いても知らないみたいだから、よくわからなかった。少なくとも、一人じゃないよね。二人か、三人、複数いるはずだけど……)
佐々部は警報装置や赤外線などの点検を済ませて不備はないかどうかを確認すると、絵画から距離を取った。
(とりあえず、
時刻は、もうすぐ二十二時を告げるところだった。
◇◆◇
廃墟となっているマンションの一室。
水練は、一人でパソコンに向かっていた。
イヤホンから音声が流れてくる。
『水練、どうだ』
「警備厳重やね」
『唄は大丈夫そうか?』
「風羽がいない分、厄介やないの~」
『だよなぁ』
情けない声。まるで自分の力ではどうにもできないと思っているかのようだ。
水練は無意識にため息をついた。
泣きごとなんて聞きたくない。ヒカリはあの時、誰からも見捨てられて孤独だった自分を助けてくれたのだから。自分はヒカリから勇気を貰ったのだから。
その本人が、自分には何もできないのだと、半ば諦めているような言葉を聞くのに耐えることはできない。
唄に聞こえていないことを確認して、水練はいつもよりも穏やかな口調を心掛けて言う。
「ヒカリ。あんたはやればできる。あの時あたしを助けてくれたように、その勇気を今度は唄に――いんや、自分が守りたい人に向けてあげて」
『でもよ、相手はあの探偵だろ。あと、能力を持った刑事もいるって話じゃねぇか。俺一人で、何ができるんだよ。風羽はやっぱ逃げたのかな』
「風羽がどうしているかなんてあたしにわからないけど、少なくともヒカリは一人やない。今の言葉、唄に訊かれたら泣かれるで」
『唄は、俺の言葉なんて聞かねぇよ』
まだ弱気なの。という言葉を飲み込み、水練は静かに言う。今は意地の悪い言葉を口に出している時間はない。
「あたしもいるし、唄やって、ヒカリがいるからこそ怪盗をやっているんやろ」
『……あ』
何かを思い出したのか、ヒカリの情けない声が消える。
「あたしはヒカリに頼まれたから仲間になっているけど、それだけじゃなかったりするんだよ……」
後半小声になった言葉は聴こえただろうか。
水練は一人で微笑んだ。
無線から、いつもの活気を取り戻した声が聞こえてくる。
『そ、そうだよな。俺は、唄が一緒に怪盗をやろうって、そう言ってくれたから一緒にいるわけだし。今、逃げたら恥だ。というか俺の信念が許さねぇ』
「おうおう、その意気や」
『俺は、唄を、守るッ! いつもは風羽に取られてばかりだけど、今はいないんだ。だから、俺がやらなくっちゃ。風羽の代わりにはなれないかもしれないけど、俺だって光の精霊と契約してるんだからなっ!』
「なんや、熱いんやないの?」
意地悪く言ってやると、
『当たり前だ! 俺は、唄のことが……うわああ』
熱さのまま言葉を出したヒカリが、途端に変な声を上げる。
それをニヤニヤと水連は聞いていた。
(これで、出だしは上々。さーて、どうなるか。風羽は……)
頼まれたわけではないが、水練は風羽の居場所を探していた。
(んー。家に帰っている気配はないし、何かの事件にでも巻き込まれたんやろうか)
それから最近うるさくパソコンに入り込んでくるウィルスを蹴散らしながら、水練はいろいろ隠しながら彼が勇気を貰えるような台詞を口に出す。
「頑張れ~」
『おうともよ!』
それで通信は一度切れた。
時刻は、ちょうど二十二時だった。
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