隔離都市に転生した無力な俺と、チートなその他大勢【BGM有り】

@rsky

第1話 「雨音と靴」【OP曲有り】

OP曲「To You」

https://youtu.be/xBmpdpXP-LY


 まず、女を憂鬱にさせたのは靴だった。


 靴下の先の先まで染み込む雨水は、肌にまとわる湿気以上に不快を誘う。人口二万に満たない小都市を覆う乱層雲は、想定外の地雨を誘っていた。こんな日に限ってお気に入りの靴を履いて来た自分と、こんな日に限って降る雨――そのどちらに苛立てば良いのか分からず、女はとりあえず一つ息をこぼす。


 濡つ睫をわずかに揺らし、女は靄に揺れる石畳の沿道を見やる。連なるのは麻の布で覆った小高い山。雨滴を飲み色を濁す布の下には、栄養失調の果てに路上で息絶えた者達が累々と転がっているはずだ。そこが、彼女の足を浸す雨水の上流だった。


 今すぐにでも靴を脱ぎ捨てて、質屋にでも売り飛ばしてしまいたいものだが、そうもいかない。外部からの物流の途絶えた今日日、一点物のシルクブーツなど、まずお目に掛かれない。結局、女は腐臭まみれのたんぱく質達を足元に侍らせる他なかった。たとえ、今、シルクに付加価値が皆無だとしても、だ。やはりいつの時代も、女性は気高くなくてはならない。そう女は胸を張る。


 憂鬱の原因は靴だけではない。女を囲む四人の軟派な出で立ちの男達。飯を寄こせ、金を寄こせ、飲み物を寄こせ、と寄こせ寄こせの大合唱。四人が、数個の名詞と「よこせ」しか話せないのは、きっと義務教育の制度が無いためで、むしろこの者達は被害者なのではないかとさえ女は思う。

 女の同情などお構いなしに、なおも猛る寄こせ四人衆。街道には、多くの通行人がいたが、悪漢達に眉を寄せることこそすれど、一人として両者の間に入る者はいない。同じようにたかられることの無いよう祈り、足を早めるだけだ。


 埒が明かないので、男達に飲み物は、頭上の雨雲がいくらでも届けてくれると助言。もっとも、味も健康も保証は出来ないが。


一つ、気がかりなのは、体を寄こせとは言われないことだ。求められたところでハナから差し出すつもりなどさらさらないが、いざ何もその事に触れられないと妙に寂しい。出所の分からない曖昧な不満を胸に女は頭を垂れた。降り注ぐ滴が重い。


 男の一人が女に詰め寄った。そうして男が女へと放った怒号は、だが突然の轟音に切り裂かれた。

降りしきる雨と往来の人ごみをかき分け、大小合わせ十数の幌馬車が前進する。馬車群が、女と男達の手前に差しかかる。途端、隊列は速度を落とし、五人を中心とし、半放射状に展開。そうして、最後尾の一台が停車する頃には、既に車両群による滑らかな弧が出来上がっていた。


 雨音をかき消す号令。同時に、荷台より、一斉に隊員達が飛び出した。そして各々が下車の勢いもそのままに、携行した武器を少女とごろつきに向ける。模範的かつ機敏な行動に、女はいたく感心。そして感動。法は、そして正義はまだ残っていた。ならず者に囲まれた哀れな少女の為に、出動した軍人の数およそ百と幾つ。圧倒的な物量作戦を前に、女の周りの男達は意気消沈。先ほどまでの勢いは鳴りを潜め、代わって幼子のように瞳を震わせる。


 ――ああ。麗しき無秩序の中の正義。どうぞこの者達を地獄へと導いてください。どうぞこの哀れな少女を助けてください。

 かくして、女の祈りが通じたのか、隊員の一人、この中隊の指揮官と思しき者が、隊員達の作る弧から一歩前へと歩み出た。


「該当地区にて対象発見」


 指揮官らしき男は、瞼を閉じ、一度呼吸を整えた

 そして――。


「――転生人を確認」


 言葉の終わらぬ内に、女を取り巻いた四人は絶叫。先ほどまでの稚児の震えもそのままに、抜けた腰で、それこそ赤子のように地べたを這いだした。彼らの第一声は、いや、男声四部合唱は、驀進的拡がりを見せ、往来のそこかしこで将棋倒しが起こる。我先に、とその場を逃れようとする者達が犇き、重なり、辺りはたちまち阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。


 その混乱と喧騒の渦は、女の本日、三つ目の憂鬱となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る