個別聴取
その後、俺達はさらに詳しく話をするため、一人一人別室で事情聴取を受ける事になった。別室といっても、隣のゼミ室を借りたようだ。
最初は落ち着いていた新原から始まり、林野、小田渕、柿澤、松田、豊島と続き、最後に俺が海藤に呼び出された。
「まずはお名前からお願いします」
「森繁悟史です」
正面の二人掛けのソファーに海藤、そして部下の刑事が並んで腰掛け、俺の隣にはレイが座る。部下の方は記録係だろう。手には手帳とペンが握られていた。
「学部と学年は?」
「あ、いや。俺はここの学生じゃないです」
「学生じゃない?」
俺はここに来た経緯を説明した。
「ほう。林野さんに誘われた、と」
「はい」
「それはそれは。こんな事態に巻き込まれて驚かれたでしょう」
「ええ、まあ」
「本当に? そうは見えませんが?」
隣の部下が疑わしげな目を向けながら俺に問い掛けてくる。だが、それもそうだろう。一人だけ学生ではなく、しかもたぶん七人の中で一番落ち着いている。警察から見れば怪しい人間として映っているに違いない。
「普通事件、特に殺人事件に巻き込まれたのであれば誰でも取り乱す。喚く事はなくても、落ち着かないはず。だが、あなたは随分と平静でいるように見えますが?」
威圧的な態度で刑事の部下が俺を見つめてくる。
覚悟はしていたが、こうも正面から疑いの目を向けられるのはやはりいい気分ではない。かといって、反抗したり何も話さずにいれば余計に印象が悪くなる。俺は正直に口を開いた。
「実は、こうした事件に遭遇するのは初めてではないので」
「というと?」
「過去に二回、殺人事件に巻き込まれています」
「それはどんな事件ですかな? 差し支えなければ教えていただいても?」
俺は以前遭遇したミステリーイベント、そして肝試しの事件を二人に話す。
「なるほど。その落ち着きは経験済みから来るものでしたか」
「あまり良い意味の経験ではないですがね」
「もっとも。しかし、だからこそこうして普通に会話のやり取りが出来る」
納得して一息付いたのか、用意されたお茶を海藤が一口啜る。俺もそれに倣って口にした。若干温い。
「では、林野さんに誘われた所からもう少し詳しくお聞かせ願いますかな?」
「詳しくも何も、今話した通りなんですが……」
「面倒臭いでしょうが、出来れば具体的に。それに、その前後も是非。例えば、速水さんのお参りに行くきっかけとか」
そこまで聞くのか、と少し驚くが、海藤が続けて説明する。
「さっき部下が言ったみたいに、他の皆さんは落胆していてあまり深く聞けなかったんです。そのような状態で無理に聞いても、相手は余計に落ち込むだけ。私は相手の気持ちを第一に考えて捜査をする事を方針にしています」
なるほど。稀に見るタイプの刑事だ。事件の早期解決のため、相手の心情など無視して近付いてくる刑事はよくいるが、海藤は違うらしい。
しかし、言い換えれば落ち着いた相手には攻める、という事。今俺はそれに当てはまるのだろう。
「きっかけというか、ちょっと顔を出そうと思ったので」
「林野さんから聞きましたが、速水さんはあなたの恋人だ、と」
「ええ……まあ」
俺は曖昧に頷く。実際は全くそんな関係じゃないので答えづらい。聞き取りで初めての嘘だろう。
当の本人だってそう思って――って何でお前は身体をくねらせてるんだよ! やめろ気持ち悪い!
横目で伺うと、レイがまた身体をくねくねと動かし、顔もどこか楽しそうだ。今のどこにそんな楽しい要素があったのだろうか。
「率直な疑問なんですが、なぜお墓ではないのですか?」
海藤の質問で意識を戻す。当然の疑問だ。誰だってそう思うだろう。
そうしないのは、単にレイの墓の場所を知らないだけだ。だが、そのまま伝えるわけにはいかない。恋人なのに相手の墓を知らないなどと言えるわけがない。
この疑問は集まったゼミ室で新原達からも聞かれるだろうと予想していた。その答えは用意してある。
「なんというか、あそこに行けばレ――紗栄子に会えるような気がするので」
ありきたりかもしれないが、ハズレのない答えだと我ながら思う。そして、効果は抜群だったようだ。言い方や声のトーンもうまくこなせたらしく、海藤も数回頷きそれ以上追及してこなかった。
「それで花を添えている時、その場所で林野さんと合い、この速水紗栄子さんの悼む会に誘われたわけですか」
「そうです」
「それまでに面識は?」
「いや、ないです」
「では、初めてお会いした?」
「はい」
「他の方とも?」
俺は海藤の目を見たまま頷く。
「そうですか。となると、亡くなった佐藤美優紀さんも今日の会で初めて会ったわけですね」
「そうですね」
「どんな方でしたか? 第一印象でも構いませんので」
「第一印象で言うなら派手な女の人だな、と。大学にあの格好で来るとは正直驚きました」
「ああ。たしかに服装は派手でしたね。赤のワンピースに高価そうなアクセサリー。まるでホステスだ」
俺と同じ印象を海藤も持っていたようだ。まあ、あの姿を見たら誰でもそう思うだろう。
「そういう所でアルバイトとかしていたんですかね」
「それはまだ現時点ではなんとも。これからの捜査で分かるでしょう」
警察とはいえ、まだここに駆けつけて間もないのだから知らないのも当然か。
そうなれば、この四人の中で一番知っているだろうレイに、俺は目で「知ってるか?」と目配せする。しかし、返事はノー。首を横に振っていた。
「他に何か彼女の事でありませんか?」
「他に……」
何かあるか、と記憶を遡っていると、ふと思い出した事があった。
「そういえば、ちょっとした揉め事がありました」
「揉め事、ですか?」
海藤と部下の目が一瞬輝く。待っていました、という心の叫びがひしひしと感じた。
「その、なんというか……佐藤さんが酷いことを言って、雰囲気が悪くなったんです」
「よろしければもう少し詳しく」
「会が始まって一時間ぐらいの頃かな。豊島さんがレ――紗栄子の死に泣いていると、佐藤さんが泣くのを止めろとか、死を受け入れろ、切り捨てろとか浴びせたんです」
「切り捨てろ、ですか。友達とは思えない発言ですね」
眉一つ動かさない表情のまま、とてもそうは思っていないように海藤の部下が答えた。そして続けて、と言うように海藤が目を向けてくる。
「そのせいで豊島さんは軽く錯乱してしまい、皆でなだめたり佐藤さんを止めに入りました」
「なるほど。それは豊島さんだけにですか?」
「いや……俺にも来ました」
再びその時の光景が思い出され、自然と握りこぶしが作られる。
「何て言ってきましたか?」
「死んだ人間は生き返らない。忘れずにいつまでも抱えるのは重荷になる、とか」
おそらく気分を害したのだろう。海藤の眉間に皺が寄り、顎を撫で始める。隣の部下は何事もないようにせっせとペンを走らせていた。
「直接言われたのは俺と豊島さんだけですが、たぶん他の人達も嫌な気分になったと思います」
今回は俺と豊島さん二人が狙われたが、もしかしたら普段から他の仲間にも同様な事を言っていたかもしれない。
「なるほど。深く考え過ぎるなという点では理解できますが、あまり感心しない性格ですね。日頃からそんな性格なら皆さんから嫌われていたでしょう」
たしかに、他のいくつかのやり取りを見ても、佐藤と皆の間には何かあるように思えた。
「となると、海藤さん」
「ああ。怨恨の線が高いかもな」
怨恨、か……。
ナイフで刺し、首にロープを巻いて吊るしてまでいるのだ。生半可な気持ちで出来ることではない。怨恨の可能性は充分にある。しかし、同時にそれは悲しい事実でもあった。
今日の会話を見るように、レイが生きていた当時は全員仲が良かったに違いないのだ。彼らは悼む会を開き、そしてレイも彼らに会わせてほしいと懇願してきた事からそれが窺える。それだけ親密な彼らの中に怨恨が生まれ、侵食していた。築き上げていた信頼が崩壊してしまったのだ。
仲間の一人が死に、仲間の一人が犯人。その事実にレイは今どんな心境なのだろうか。いや、言うまでもない、か。
レイの表情が、一瞬悲しそうに見えたのは気のせいではないだろう。
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